105 クラン『冬景色』その7です。
「おっさん、お久しぶり」
「は、はじめまして」
序列6位のクラン、『巨人の剣』のリーダー、オーロル=マリオンは、つい2日前に『冬景色』と揉めた無限術師が、その揉めた原因である転移持ちの空間術師を連れて、『巨人の剣』の本部にやってきた時、年長者としての態度を崩しはしなかったが、内心では困ったなぁ……と、そう思った。
「ああ、久しぶりだね……」
当たり障りなく返しながら、どうしたものかと思案する。
『冬景色』との確執は知っている。6日後に決闘することも知っている。というより、目の前の当人が大々的に広めたのだ。『転移』のこともあって、『巨人の剣』でも、決闘の話題でもちきりだった。たぶん、何処のクランも似たように騒いでいるだろう。
そんな二人がうちにやってきたのは、おそらく、『冬景色』との決闘に力を貸して欲しいからだろう。
(いや、本当に困るな……)
以前に、困ったことがあるならうちに来なよ、と言いはした。それは間違いない。
ただ、今は状況が全然違う。
(確かに、勧誘はしたけどさ……よそのクランと戦争する気はないんだよなぁ)
まだ若い彼らを助けてやりたいと思いはするが、クランのリーダーとして、クランの面々を危険に晒す訳にもいかない。
場合によっては冷徹に突き放す必要もあるだろう。
そんなことを考え、しかし、表には出さずに問いかけた。
「それで、一体、なんの用なのかな?」
「それなんだけどさ……ちょっとお願いがあるんだけど……そちらのエースのアルマさんと戦って見たいんだけど、なんとかならないかな?」
「はっ?」
予想とは全然違う頼み事に面食らったオーロルは、それでも慎重に探りを入れた。
「それは、一体、何故かな」
「いや、俺たち、6日後に『冬景色』と戦うことになったんだけど、知ってる?」
「ああ、知ってるよ」
「それで、本番前に上級冒険者の正確な実力を知っておきたくて……。いや俺は基本、フルルとコンビでずっとやってきたから、そこらへん、いまいち知らなくて……」
「……君は、まさか、君たちだけで『冬景色』を相手にするつもりかい?」
「? そりゃ、もちろん……? 決闘状にもそう書いたし……」
危機感のない少年に、いくら何でも無謀に過ぎる。そう思う。
この暴挙が無知ゆえに起きたのなら、自分がどれだけの無茶をしているのか、私が教えてやらなければならない。
「いいだろう。アルマを呼ぶよ」
「……! ありがとうございます!」
ヒビキ君は晴れ晴れと笑った。
それから、アルマを呼びに行っている間に知りたいことについて聞くことにした。答えてくれないかもしれないが駄目で元々だ。
「ところで、そちらの少年が『転移』を持ってるんだよね?」
「はい。……でも、あげませんよ。俺たちはクランに入る気はないんです」
「いや、勧誘する気はないよ」
「そうなんですか?」
その意外そうな表情から、既に『冬景色』以外からもアプローチを受けたのだろう……そう察した。
「前にも言ったが、うちは穏健派でね、いくら有望だからと言っても、他所と争ってまで勧誘はしないよ」
「それは、助かります」
「ただ遠征がどれだけ楽になるかを考えると『転移』の事は気にはなるんだ。無理にとは言わないが、よかったら、そこまで空間術師を育て上げた手法を聞いてもいいかな?」
「あー……」
オーロルの問いかけにヒビキ君は困ったような顔をして、そして、
「今のところ、空間術師のレベルを上げる方法が二つあるんだけど、どっちも無限術師が必要なんですよね……それに、その内の一つが、ちょっとアレな手段で、広めていいかはアーレストの兄さんに聞いてからかなぁ……」
「……そのアーレストとは次期領主のアーレストかい?」
「そう、そのアーレスト」
のほほんとした返事に困惑した。次期領主の許可が必要とは穏やかじゃない。その反面、次期領主が認めているということは、違法でもないはずだ。どんな手段なのか、ますます気にはなったが今日のところは、これ以上聞き出せないだろう。
そう思ったところでアルマがやってきた。使いの人間に要件は伝えてあったので武装している。
簡潔に要件を告げた。
「早かったねアルマ。話は聞いたかい?」
「はい、一応は……」
「なら、彼と戦ってくれるかい?」
「わかりました」
アルマはそう答えて、ヒビキと向き合った。
お互い、軽く挨拶を交わした。
「さて、ヒビキ君。何処で腕試しをする? 決闘場にでも行くかい?」
「いや〜、結構遠いし、あんまり人目を引いて手の内を晒したくもないから……フルル、よろしく」
「うん」
ヒビキの指示でフルルが地面に手をかざして、しばらくすると、今まで見たこともない印が地面に刻まれた。
「じゃあ、先にいくから」
そう私たちに告げると、ヒビキ君は印の中心に立ち、その姿が消えた。次いでフルル君も消えた。思わず、唸った。
「なるほど、これが『転移』か……便利なものだ」
「私たちのクランにも欲しいですよね……」
「全くだ。だが、だからこそ止めとこう。安全第一だ。……それよりアルマ。ヒビキ君とは本気で戦ってあげなさい。なんなら、ちょっと痛い目を見せてやって欲しい。有望な若者ほど、調子に乗って転げ落ちるものだ。そうなる前にね」
「わかりました。……でも既に『冬景色』と争っているんですよね? 手遅れではないですか?」
「…………」
アルマの言葉を否定できなかった。
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「…………冗談きついなぁ……」
自分の口から出た言葉が、半分震えていた。
オーロルは当然ながら、自分のクランのエースであるアルマの実力は誰よりも知っている。
アルマは、この都市で間違いなく10指に入る前衛だ。レベル62の聖騎士は、防御面において鉄壁であり、攻撃面において優秀であり、治癒能力すら兼ね備えている。彼女が『巨人の剣』に加入してから一年と経たずにクランのエースと呼ばれるようになり、いつ、いかなる時も自分の期待に彼女は応えてきたのだ。
そんなアルマが、最早両足で立つことも出来ず、片膝をつきながら、化け物を見るような目で、ヒビキ君とその分身たちを見つめていた。
彼女のこんな姿は、これまでの付き合いの中でもはじめて見た。
対するヒビキ君の方は、特に疲れた様子もなく、ただ立っていた。
その背後に、何百という分身を従えながら。
「こ、こんな……こんな馬鹿な……」
アルマは普段の冷静さが粉々になるくらい動揺しているが、無理もなかった。
『転移』で人気のないエリアに渡ってから、早速、腕試しを始めた。
あちらの準備ももう整っていたらしく、フルル君が今度は亜空間ボックスの入り口を開けて、青い武具で完全武装した分身たちがわらわらと出てきた。
そして、あちらの要望に合わせ、まずは10対1で戦った。その時、既にアルマに余裕はなかった。分身の1人1人が無限術師とは思えないほど強かった。
次に20対1で戦った。それをアルマは全身全霊を振り絞り、なんとか捌いた。
そして今、30対1で戦って……どうにもならなかった。なんの捻りもない力押しに、圧倒的な数の暴力に飲まれた。
「おっけー、こんなもんか! おっさん。アルマさん。ありがとう! 参考になりました!」
そういって頭を下げて来るヒビキ君に問いかけた。
「……君は、一体、どれだけの分身を召喚出来るのかな?」
「えーと…………720人かな」
思わず笑ってしまった。これだけの強さを持つ分身が720人。最早、悪い冗談だ。
「ハハハ、君は本気で『冬景色』を一人で敵に回すつもりなのかい?」
「? いやいや、俺とフルルの二人でですよ。俺ら二人でぶっ倒します」
その返事で、いよいよ本気なのだと悟った。
「ちなみに、おっさんは俺らと『冬景色』どちらが勝つと思います?」
「どちらが勝つか……か」
ヒビキ君の質問に、少し迷って正直に答えることにした。
「わからないかな……ヒビキ君は信じられないくらいの強さを持っているが、『冬景色』だって、上級が30人からなる精鋭だ。それこそ、作戦一つで勝ち負けがひっくり返るんじゃないかな」
「なるほど……」
オーロルの意見に考えこんだヒビキ君は、次いで信じられことを言ってのけた。
「じゃあ修行かな……あと6日でレベルを上げて、更に倍の兵隊を揃えれば、まあ、勝てるだろ」
「……………………」
自分の息子と同じくらいの歳の青年の、底知れない強さに戦慄した。
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クランの本部に戻ってきたオーロルはアルマに謝罪した。
「悪かったね、アルマ。知らなかったとはいえ、無謀な頼みごとをしてしまった」
「いえ…………」
そう短く返すアルマは、その自己治癒能力も相まって、腕試しのダメージは既に抜けていた。しかし、心のダメージはそうもいかないだろう。
「なんだったんですか、あれ?」
その言葉になんと返せばいいのか……。
先ほど、ヒビキ君との別れ際の何気ない二人の会話を思い返した。
「じゃあ、フルル。とりあえず、ドラゴンでも狩りに行くか?」
「はい」
まるで、ゴブリンでも狩りに行くか? と言い換えても違和感がないような口調だった。フルル君の方も当たり前のように頷いていた。
おそらくは、既にドラゴンを狩った事があるのだろう。
(ハウゼル様と、どちらが強いかな?)
オーロルはかつて、天位の8番、ハウゼル=アートフラワーが戦うところを見たことがある。まだ、駆け出しの頃、偶々だ。そもそも皇族のハウゼル様が、自身で戦う機会など、まずないはずなので、本当に希少な体験だった。
ハウゼル様は老人と言っていい年齢だったが、その強さは 人外だった。老いを感じさせない……いや、もしかしたら老いて衰えていたのかもしれないが、それでも駆け出しのオーロルには計り知れない存在だった。
そして、クランのリーダーを務める今になってもそれは変わらない。
戦い方は天と地ほどにも違うが、ヒビキ君の強さは、かつてのハウゼル様と通じるものがある。
それは、つまり……。
「新しい時代が、やって来たのかも知れないね……」
そんな抽象的な返事に、生真面目なアルマは、困ったような表情を浮かべた。




