第2話 独断
中に入ると広い廊下が奥まで伸びている。その左右にいくつも部屋が並んでいるようだった。外見に反して随分広い造りのようだが、照明もつかず薄暗いので全貌は見えてこない。
「すげえ数だな」
左右に並ぶドアの数々を見回して、蕾生が声を上げる。
「時間が惜しい。手分けして探そう。リンは銀騎さんと一緒に」
「御意」
永、蕾生、鈴心と星弥の三手に分かれて端の部屋から調べていくことにした。
幸い各部屋は施錠されていないので容易に見ることができた。部屋は古い本が並べられていたり、植物標本が保管されていたりと、用途別になっているようだった。
その中で永が踏み入れた部屋には様々な動物の剥製が並べられていた。それらをざっと見て、特に異常はないので部屋を出る。
「すごいな、博物館並だ……」
独り言のように呟いた後、蕾生が入ったであろう部屋を通り過ぎる時、そこから震えた蕾生の声が聞こえた。
「永──なんだこれ」
「何かあった?」
足を止めて永もその部屋に入って驚いた。中には壁と見紛うほどの大きな石板が、ドミノのように整然と数枚並べられている。一番前の石板の中央には、動物の上半身を彫刻したようなものがあしらわれていた。
「彫刻……? でもやけにリアルだな……まるで生身の動物が封印されたみたいな──」
永が思わずその顔の部分に触れると、瞳が紅く光り、次の瞬間周りの石板が音を立てて崩れていった。
「──!」
一歩後ずさった永の目の前には、生きたライオンのような生物が立っていた。その獰猛な瞳は永を見据えて低く唸っている。
「永!」
蕾生がすぐさまその間に割って入る。その背の後ろで永も背負っていた竹刀に手をかけた。
「永、どいてろ」
その一言で永は竹刀から手を離し、ゆっくりとその生物から目を離さずに後退りながら部屋を出る。
蕾生も同じように生物から視線を逸らさずに、比較的広い廊下に出た。ライオンのような生物は蕾生に続いてゆっくりと前へ進む。
「どうし──ヒッ!?」
奥の部屋から出てきた星弥が、目の前の生物を見て顔を引き攣らせる。
「銀騎! 来るな! 鈴心、守れ!」
蕾生が怒鳴ると、遅れて出てきた鈴心は即座に星弥の前に躍り出た。星弥を守るように立ち、その生物の後ろで息を潜める。
「こっちだ、来い!!」
蕾生の声に反応して、ライオンのような生物は真っ直ぐ蕾生に飛びかかる。蕾生はその動きを見定めて一撃必殺の拳をみぞおちに叩き込んだ。
「ガアァッ──」
幅のない廊下で、自分の後ろには永が控えているので身を躱すことはできないという状況で、蕾生がとった行動は的確だった。真っ直ぐに叩き込まれた蕾生の拳を受け、その生物は動きを止め僅かな呻き声とともに倒れ込んだ。
「ヒュー!」
永は口笛を鳴らしてその健闘を讃える。
鈴心も息を吐いて緊張を解いた。
「す、すご……こんなにもだったなんて」
星弥は目の前で起こったことに頭がついていかずにその場で座り込んでしまった。
「なんだ、こいつ」
息ひとつ乱さずに蕾生はそれを眺めていた。
「どれどれ」
「ハル様! 危険です!」
倒れ込んだ生物に近づこうとする永に鈴心が喚くが、永もすでに落ち着いていた。
「あー、だいじょぶだいじょぶ、完全に沈黙してる」
「ライオンか……?」
「頭はそれっぽいけど……体に斑点があるね、ヒョウかな? するとこいつはレオポン?」
屈んでその生物をしげしげと見た後、首を傾げながら永が言った。聞き慣れない言葉に蕾生も疑問を口にする。
「なんだよ、それ」
「昔、ライオンとヒョウを掛け合わせた動物が見せ物にされてたんだよ。今ではもちろん禁止されてる」
「動物実験までやってるってことか……」
蕾生の言葉を訂正しながら永は生物の下半身を指差した。
「動物、ではないね。石から出てきたし。こいつの尻尾見てよ」
「──蛇?」
蕾生が覗き込むと尻尾があるはずの場所には違うものが生えている。尻から出ているそれは鱗状の細長い胴で、尻尾の房であるはずの部分は蛇の頭だった。
「これじゃあ、まるで鵺の出来損ないだ」
頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎──という鵺の姿に、この生物は酷似している。
「これが……?」
初めて見る鵺のようなものに、蕾生は少しの間目を奪われた。鈴心もそれを聞いて一歩足を前に進めて、その姿をよく見ようと目を凝らしている。
「まさか、銀騎研究所は鵺を造ってる……?」
永の言葉に、蕾生も鈴心も言葉を失った。星弥は一人取り残され呆然としている。その背後から黒い影が蠢いた。
「銀騎!!」
「え?」
蕾生が気づいて、星弥が振り返るとその目の前にまた別の生物──今度は黒い犬のようなものが牙を剥いていた。
「星弥ァ!!」
鈴心が振り返った時にはその黒い犬は星弥に飛びかかっていた。鈴心の絶望を孕んだ声がこだまする。
そこに一陣の青い風が吹き抜けた。
「──ルリカ」
涼しげな声とともに、青く大きな鳥が黒い犬を、その牙が星弥を捕える前に押さえつけた。
力で圧倒する青い鳥は黒い犬の眉間に嘴を刺す。すると黒い犬の体は霧のように散り跡形もなく消えた。
「あ……」
「星弥!」
震えてへたり込んだ星弥に駆け寄ってその無事を確認した後、鈴心は明るくなった入口を注視する。
星弥を助けた青い鳥は一回りほど小さくなって飛び、入口に立っている人物の肩に乗った。
「に、兄さん……」
「お兄様……」
二人に呼ばれた人物──銀騎皓矢は乾いた靴音を立てながら近づいた。
「怪我はないかい? 星弥」
「あ、うん、大丈夫……」
あっという間に永と蕾生を通り越して、星弥に手を差し伸べて立たせる。
「今のは──?」
一連の不思議な光景に蕾生が呆けている横で、永は皓矢を睨みつけていた。
その様に困ったような笑みを浮かべて皓矢は一礼した。
「こんにちは、周防永くんと唯蕾生くんだね? 星弥と鈴心がお世話になってます、兄の皓矢です」
「ああ……」
何事もなかったように落ち着き払った皓矢の態度に蕾生は面食らった。
「こうも簡単にレオポンが倒されるとは、ね。おかげで第二のセキュリティが発動してしまったようだ。すまなかったね」
「俺達を試したのか?」
蕾生の問いに、皓矢は全てを見透かすような笑みを浮かべている。
「凄いね、予想以上の力だ」
「こ、の──ッ!」
カッとなった蕾生はそのまま皓矢に掴みかかろうとしたが、永がその肩を掴んで制しながら悔しそうに言った。
「──そうか、僕らはまんまと一杯食わされたんだね、銀騎さん?」
その言葉を聞いて蕾生も鈴心も驚いて星弥に視線を投げる。
「え──?」
「星弥?」
注目された星弥は罰が悪そうにしつつも息を整えた後、落ち着いた声に戻って言った。
「ごめんなさい、さすがにバレバレだったかな」
「いや、そんなことはない。君は中立の立場だってわかっていたつもりだったんだけど、油断してたな」
永は頭を掻きながら歯噛みしていた。鈴心も驚きを隠せずにいる。
「星弥はお兄様が来ることを知ってたんですか?」
「うん、ごめんね、すずちゃん。私が兄さんに頼んだの。彼らと話し合って欲しいって」
謝りながらも冷静に説明する星弥に、鈴心はただ驚いていた。
「兄貴が今日留守ってのは嘘だったのか?」
蕾生が尋ねると、それまで落ち着いていた星弥はピクリと肩を震わせて俯きながら謝った。
「──うん、ごめんなさい」
「……」
油断していた、と永が言った言葉が蕾生の頭に響いている。これまで星弥があまりに協力的だったから、当初の彼女のスタンスを忘れていた。
いや、鈴心が戻ってきた時点で星弥も味方になったのだと、錯覚していた。それを今実感して、蕾生は少し哀しかった。
「星弥を責めないで欲しい。この子は懸命に君達とお祖父様の間に立とうとしている。僕個人としては妹を巻き込まれて少し困惑しているんだけど」
皓矢の擁護はそれまで黙って悔しがっていた永の逆鱗に触れた。
「は? 先にリンを掻っ攫ったのはそっちだろ? そのお返しに人質にとったって良かったんだぜ?」
「喧嘩腰なのは元気で結構だけど、冷静になってもらえないと僕はますます困るな」
二人の交戦的な空気を読み取ったのか、皓矢の肩に止まっている鳥がチチチと小さく鳴いた。それを素早く察して星弥が声を荒げる。
「兄さん! やめて! わたしのお友達に酷いことしないで!」
「ああ、すまない。この子は僕の心を汲みすぎるところがあってね」
言いながら皓矢は肩の鳥の喉元を撫でる。鳥は気持ちよさそうに頭を皓矢の頬に擦り寄せた。
「周防くん、お願い。冷静に、話し合って欲しい。お互いの妥協点がきっとあるはずだから」
永に向き直って言う星弥の顔は真剣だったが、永はそれを一蹴した。
「前も言ったけど、そんなものがあるなら銀騎とここまで拗れない。──だけど、僕らはその話し合いとやらに応じないと無事では済まなそうだ」
皓矢とその傍の鳥から、威圧のようなものを感じた永はため息を吐いて観念した。皓矢は慇懃無礼な笑みを浮かべて言う。
「本当に申し訳ない。実はお祖父様がとても乗り気で、早く君達と会いたいとおっしゃっている」
「ジジイもいるのか?」
「……ではついてきてくれるね? お祖父様が自室でお待ちだから」
永の詮充郎に対する反応の早さに苦笑しながら皓矢は入り口に向かって歩いた。
「永……」
蕾生が出方を窺っていると、永は二人に向き直って意を決する。
「ライ、リン、行こう。とりあえずあのクソジジイにリンの件について文句言ってやる」
「わかった」
蕾生の返事に続いて鈴心も無言で頷いて、一同は倉庫を後にした。
外に出た途端、湿っぽい風が吹き抜けていく。蕾生は永の剣幕が少し怖かった。
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