第4話 草むしりのついでに
この時期にしては珍しく晴れた日の放課後。コレタマ部の面々は裏庭に集合していた。
「第一回、ボランティアたいかーい!」
永が威勢よく宣言すると、星弥もそれに乗って歓声とともに拍手を送る。
そんな二人をよそに、ジャージ姿の蕾生と鈴心は気がのらず白けていた。
「やっぱ、こういうのもやるのか」
蕾生が肩を落として溜息を吐くと、軍手を手渡しながら永が軽快にそれを打ち消そうとする。
「まあね、たまにはやっとかないと部室取り上げられたら大変じゃない──と言う訳で、今日は校内草むしりをしまーす!」
「さすがハル様、尊い精神です」
言葉と裏腹に鈴心の顔は強張っている。
「お前、真顔でお世辞言うのやめろ」
「失礼な。私は本心から言ってます」
憮然とした表情で睨み合う蕾生と鈴心の間に星弥が割って入った。
「すずちゃん、わたし達はあっちの植え込みやろう」
「いえ、私はライと組みます」
「──は?」
思いもよらない鈴心の言葉に、蕾生は思わず声がうわずった。
驚いたのは星弥も同様だったが、意外にもすんなり納得して蕾生の二の腕を叩く。
「そっか、わかった。唯くん、くれぐれもよろしくね!」
「あ、ああ……」
蕾生がとまどっていると、鈴心が顎でついて来いとでも言うように歩き出す。
「僕らは組まなくてもいいか」
あてが外れたのは永も同様で、星弥と目が合ったけれども特に感情を出さずに確認した。
「うん、そうだね」
星弥も短く返答して、永とは別の方向を目指す。
そんな二人のやり取りを見た鈴心は心配そうに蕾生に尋ねた。
「ライ、二人は仲が悪いんですか?」
「いや……合わないだけだろ」
その話題を掘り下げることはなく、鈴心はしゃがんで草をむしり始めた。蕾生もそれに倣って隣で草を摘んでいく。
「で? 何か用かよ」
蕾生は視線は地面に置いたままで、鈴心に自分と組んだ意を問う。
「ええ。貴方と認識の擦り合わせをしたくて」
「ふうん」
「今回はどうなんですか、力の方は」
「なんでお前知ってるんだ?」
唐突に直球で聞かれて、思わず蕾生は手を止めて鈴心の方を向く。
「あ、すみません。ハル様はそれもまだ貴方に伝えてないんですね。ええと、大丈夫ですか?」
鈴心も些かの驚きを隠せずに、やや動揺した後蕾生を気遣った。
「何が? 永もお前も心配し過ぎじゃねえの?」
「まあ、それは慎重にやらないといけないので。でも、そうですね、大丈夫そうですね。ハル様には後で謝らないと」
永も同じようにそうやって蕾生をいちいち気遣うが、当の本人は食傷気味になっている。だが不満を言っても仕方ないので、蕾生は続きを促した。
「で? 俺の怪力って毎回出てる力だったのか?」
「いえ、最初からではありません。私達の尺度ですけど、あなたが剛力を持って生まれてくるようになったのはごく最近です」
「へえ、そうなのか」
永から聞かされていない情報が聞けるかもしれないと、蕾生は少し緊張した。
「最初は人より少し力が強い程度でしたが、ここ数回の転生のうちにどんどん力が強くなってきていました」
「へー」
それでも永に釘をさされているので、蕾生は平静でいようと努める。指先で雑草を摘みながら相槌を打った。
「今回もだいぶ強そうですね」
そんな蕾生の作業を見ながら鈴心がそう評する。
「まあな、俺は比較できねえし、だいぶ前に永に力は使うなって言われてここまできたからマックスはわかんね」
「一番古い記憶では?」
「ええ? そうだな、ガキの頃──親父の単車くらいは余裕で持ち上げたかな」
そこまで掘り下げるかと思いながらも蕾生は古い記憶を辿る。幼少の頃、父親のオートバイをふざけていじり、自分に倒れてきたので思わず掴んで放り投げた事を思い出した。
おかげでバイクは大破してしまったが、父はそんな蕾生の力を恐れることもなく、真っ当にこっぴどく叱って夕飯を食べさせてもらえなかった。
「親御さんはそれをご存知で?」
「ん。まあ、でも、別に普通に暮らしてる。しょっちゅうドアとか壊すけど」
思えば両親は蕾生の怪力に困ることはあるが恐れることはない。だから蕾生は永に会うまで自分の力が人と違うことを知らなかった。それはきっと幸せなことなんだろうと思う。
「そうですか。前にハル様を片手で持ち上げていたので、今回も強そうだなとは思っていました」
「ああ、あん時な。そういえば、途中ででかい植木はどかしたな」
鈴心の言葉に初めて会った時の事を思い出す。あんなに焦ったのはバイク事件以来かもしれないと蕾生は思った。
「重かったですか?」
「全然」
植木の重さなど今となってはさっぱり思い出せない。
「そうですか……」
「俺からも聞いていいか?」
「ものによりますが、なんです?」
鈴心が少し押し黙った隙に、永に聞く機会を逃していることを蕾生は聞いてみた。
「雷郷ってどんなヤツだった?」
「──気になるんですか?」
鈴心は少し目を丸くして聞き返す。
「そりゃあな。俺は記憶がねえんだ、前世の情報は聞けるもんなら聞きたい」
「ライは今のままでいい、とハル様ならおっしゃると思いますよ」
「そういうことじゃねえ。俺はこれからどう行動すればいいのか、その根拠になり得る事実を少しでも知っておきたいんだ。永のために」
はぐらかそうとする鈴心の瞳を見据えて、蕾生はそう主張する。
その心を汲み取ったのか、鈴心は息を吐いて少し笑った。
「私に聞いて正解ですよ、ライ。ハル様のため、と言われたら教えない訳にはいかない」
「おう、教えてくれ」
「ハル様には内緒ですよ。少しだけですからね」
そう念を押すと、鈴心は思い出を語るように少しずつ話し始めた。
「雷郷は──確か当時の私より四つか五つ程年上でした。私と同じ境遇で治親様に仕えるようになったと聞いています」
「ああ、それは永から少し聞いた。戦争孤児だったんだろ?」
「そうですね、農民の出だとも言っていました。ですが、私が治親様に拾われた頃にはすでに郎党衆の筆頭のような位置にいました」
「それってすごいのか?」
少し蕾生が期待をこめて聞くと、鈴心は言いにくそうに語る。
「まあ……治親様は変わり者だったので、私達のような後見のいない者でも、功を立てればそれなりの待遇を与えてくださいましたから。ただ、腕っぷしで上がっただけなので、私達に武家の部下のような発言権はありませんでした」
「そりゃそうだな」
けれど、と前置いて鈴心は柔らかな表情で言う。
「雷郷は常に治親様のお側に仕え、どんな戦場でも必ず武勲を上げていました。事実上、貴方は右腕だったんです──今のように」
「──そっか」
その言葉に蕾生は満足感を覚える。
「だからそんなに変わりませんよ。貴方は常にハル様のために行動してきた。今回もそれをすればいいだけです」
「その行動ってのを具体的に知りてえんだ。で、その後は?」
「その後、とは?」
鈴心は小首を傾げているので、蕾生はもどかしくなって急かす。
「だから、鵺が出てきた後は?鵺を倒した時のことも教えろよ」
すると鈴心の表情が途端に曇った。
「……貴方が止めを刺したことは聞いていますね?」
「ああ、だから俺が一番呪いを強く受けてるんだろ?」
「ならば、私から言えることはまだありません」
突然の遮断だった。このまますんなり聞けそうだと思っていた蕾生はあてが外れて落胆する。
「えー、お前までそれかよ」
「それ以上はハル様がお話してくださるのを待ちなさい」
「いつまでだよ?」
「さあ、それは……」
鈴心が言葉を濁していると、後方から永の声が聞こえた。
「おーい、そろそろ終わりにしようかー」
「──時間切れですね」
それを受けて鈴心は立ち上がり、膝についた泥を払った。
「おい、結局たいした話は聞けてねえぞ」
蕾生が不満をぶつけると、涼しい顔で鈴心は答える。
「そうですか? 私は一応満足ですが」
「くそぉ」
悔しがる蕾生に、よく通る声で付け加える。
「時が来ればいずれ知ることになります。それまでにもっと強くなりなさい」
「はあ?」
「その時、貴方がどうするかで私達の運命が決まる」
「それ、どういう……」
酷く抽象的な言葉の意味を蕾生が理解できるはずもなく、もっと聞き出そうと思った所で星弥がこちらに駆けてきた。
「すずちゃん、お疲れ様! お膝汚れちゃったね、着替えよ?」
「星弥、子ども扱いしないでください。草むしりしたんです、膝くらい汚れます」
あからさまに嫌がる鈴心にも、星弥は動じずに笑顔でその肩を掴んで連れていこうとする。
鈴心も結局は諦めているのだろう、それ以上文句を言うこともなく星弥に従った。
「うんうん、わかった。じゃあ唯くん、また後でね」
「あ、ああ……」
鈴心が連れ去られる姿を見送りながら呆けていると、永がニヤニヤしながら近づいてくる。
「有意義なおしゃべりはできたかな?」
「いや、全然」
「そう? リンは楽しそうだったよ?」
「あの仏頂面でか?」
蕾生が憎まれ口を叩いても、永は笑顔で返す。
「うん、とっても」
「──俺にはわかんねえな」
わからない。
永を守るにはこれからどうしたらいいのか。
鈴心が言う「強くなれ」とはどれくらいなのか。
鵺は、どこまで近づいているのか。
蕾生にはまだ何もわからない。
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