哲学
「うわっ、リヒト。どうしたのそれ? 誰か入ってる?」
「ああ、中に聖女が入ってるらしい」
「聖女……? また凄い人を連れてきたんだね」
死霊の確認を行っていたドロシーの前に現れたのは、大きな棺桶を持つアリアとリヒトであった。
アリアが上部を、リヒトが下部を持って運んでいる。
中に入っている聖女は、道中で騒ぎすぎてスタミナが切れているようだ。
「アリア、もう開けてもいいんじゃないか? 暴れたりはしないだろうし、ディストピアの中だから逃げられないし」
「そうじゃな。よっと」
ドスン――と、音を立てて棺桶を地面に落とすアリア。
運が悪ければ、リヒトと聖女に大ダメージが入っていたかもしれない行動だ。
リヒトは心の中でヒヤリとしながら、慎重に棺桶の蓋を開ける。
「ひっ――あ、あれ? 人間? あっ!? 魔王がいるのです!」
眩しそうに外の世界と再会した聖女。
そしてしっかりとアリアの方に指をさし、魔王であることを言い当てた。
リヒトが人間であることも見抜いている。
たった数秒の出来事であるが、聖女としては本物らしい。
「な、なななんで魔王がいるのですか! はわわわわ……神よお助けくださいぃ……」
「リヒト、こやつを落ち着かせることはできんのか?」
「無理そうかも」
アリアもリヒトも、慌てふためく聖女にお手上げの状態だ。
話しかけようとしても、狂ったような祈りの声にかき消されてしまう。
いつものアリアなら、パシンと頬でも叩いて黙らせてしまうであろうが、今回ばかりはそれも火に油を注ぐ行為になるだろう。
それを見かねたドロシーは、気を利かせて一歩前に出た。
「ねぇ、聖女さん。ボクたちは敵じゃないから、あまり驚かないでほしいな。急に生き返ってビックリするのは分かるけどね」
「……貴女は誰なのですか? 私は……二度生を受けるという禁忌を犯してしまいました。神に背いてしまったのです……」
「ボクはドロシーっていうんだ。ネクロマンサーをやっているよ」
「ネクロマンサー!? あ、あの命をゆがめている存在……! 貴女は間違っているのです!」
「え? えぇ……?」
ドロシーはチラリとリヒトの方を見る。
その目からは、助けてくれというメッセージがヒリヒリと伝わってきた。
まさかドロシーまで通用しないとは、リヒトの想像を遥かに超える面倒臭さだ。
それほど、神に対しての忠誠が厚いのだろう。
「えっと……貴女の名前は? あと、どこの教え?」
「私の洗礼名はラエルです! ガブラエル教の教えを信仰しています!」
「ガブラエル教なら……恩は絶対に返せって教えがあったはずだよね?」
ドロシーは少し考えると、ラエルに対してガブラエル教の教えを問う。
適当に作った教えではなく、たまたまドロシーの頭に入っていたものだ。
だからこそ、ラエルもハッと真面目な顔に戻る。
「確かにあるのです」
「なら、リヒトがラエルさんを生き返らせたことはどうなるのかな? ラエルさんを、暗闇の中から救い出したとも考えられると思うんだ」
「そ、そんなことは……!」
「神様が運命を決めているなら、ラエルさんが生き返ったことも神様の決めたことじゃないかな? だから、リヒトは良いことをしたと思うよ」
「う、ううっ……」
うわあああん――と、ラエルは棺桶から飛び出して駆けて行く。
今すぐ答えを出すには、難しすぎる問題だったらしい。
生き返ったばかりで、このような問題に直面すれば、頭がパンクするのも無理はなかった。
「……ドロシーって哲学者だったのか?」
「いや、ボクも自分で自分が何を言ってるか分からなかった」
宗教や哲学の難しさを知る二人だった。
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