拘束
「よっと。後は兄貴を待つだけか」
アリアを椅子に縛り付け終わった男は、一息つくように机へと座った。
かなりボロボロの机であったが、男の体重はギリギリ支えられる強度を持っているらしい。
唯一この部屋でまともな家具は、アリアに使ってしまっている。
(おいおい……まさか帰ってくるまで待たんといけんのか……?)
「しっかし、こんな子どもが兄貴のことを追ってたとは。暗殺者として育てたら、結構いい線いくと思うんだが……流石に厳しいか」
男の独り言に、アリアはシンプルな不快感を覚えていた。
大きな理由として、この状態で長時間耐えなければならないことが挙げられる。
その気になれば、この程度の拘束など一瞬で脱出することが可能だ。
そしてそれが行われるのは、暗殺者と思われる男が現れた瞬間である。
「お嬢ちゃん、まだ寝てんのか?」
「……今起きたのじゃ」
「――へぇ、目覚めるのが早いな。普段から訓練でもしてないと、考えられないほどのスピードだ」
最初から気絶してはおらん――という言葉を、アリアはゴクリと飲み込む。
どうやら男は、アリアのことを同業者的な存在であると勘違いしているようだ。
最初に出会った時よりも、好意的な感情が顔から読み取れた。
「もしかして、お嬢ちゃんも暗殺者としての生まれだったりするのかい?」
「……うむ」
アリアは一つの賭けとして、あえて男の話に乗っかる。
どう転ぶかは分からないが、男の様子を見ていると、この答えが妙手に思えたからだ。
男がわざわざ質問してくるということは、心のどこかでそうあって欲しいと望んでいる可能性が高い。
人間の気持ちなど全く予想できないアリアだが、この心理は人間でも魔族でも同じであった。
「そうか! やっぱりそうだと思ってたんだ。普通の女は、こんな路地裏になんて入って来られないからな。そう考えると、お嬢ちゃんを育てた奴はかなりのやり手だな」
「……」
「あ、俺はピートって呼ばれてる。お嬢ちゃんは?」
「アリアじゃ」
明らかに饒舌になったピート。
アリアの読み通り、同業者ということを喜んでいる。
暗殺者というのがどのような職業なのかは知らないが、どうやら仲間意識が高い職業であるらしい。
「アリア、ね。師匠の名前を教えてくれたりしないかい?」
(いや、おらんし……適当に答えた方がいいんじゃろうか)
「――って、まあ答えるはずがないか。基本はしっかり分かってるみたいだな」
ピートは感心したように机へ座り直す。
その頭の中は、アリアのことでいっぱいだった。
子どもの暗殺者というのは、使い道が無限に存在する。
基本的に買うようなことはできないため、奪うか自分で育てるかの二択しかない。
今回のように、自分から向かってくるパターンは奇跡とも言えた。
「お嬢ちゃん。このままだと、君は殺されてしまうかもしれない。それは分かっているだろ?」
「うむ」
「ただし、仲間になるっていうなら助けてやってもいい。利口に生きろよ」
「分かったのじゃ」
特にアリアは悩むことなく。
最後までピートの話に合わせた。
今の最終目標は、元々の暗殺者を殺してベルンを守ることだ。
その過程で楽をできるなら、全く迷う余地はない。
「――フフ、面白いな。後は兄貴だけか」
(……二人か。二人だけで女王を狙うとは、なかなか自信があったようじゃな。不運な奴らじゃ)
ピートに哀れみの視線を向けるアリア。
早くこの苦痛から逃れたいがために、一歩踏み込んだ質問を加える。
「その兄貴とやらは、いつ頃帰ってくるのじゃ?」
「それは兄貴に聞かないと分からねぇ。ただ、失礼のないようにしろよ」
「……はぁ」
アリアの戦いは、もう少しだけ続くことになった。
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