路地裏
「……チッ。見失ったか。多少の気配は残っておるが……」
アリアが城下町に降り立った頃には、男は既に身を隠し終わっていた。
気配はまだあるものの、暗殺者というだけあってかなり薄い。
また、人間たちが活発になる時間帯であるためか、飲み込まれてしまいそうな人混みが完成している。
この状態でたった一人の男を見つけることは、恐らく不可能に近いだろう。
しかし、やっと掴んだ尻尾を手放すということを、アリアのプライドが許さない。
崩れた服装を直しながら、堂々と人混みの中へと向かって行った。
「――お嬢ちゃん。一人? はぐれちゃったの?」
(なんじゃこの女……? いや、むしろ好都合か)
暗殺者の気配を辿っているアリアの元に、一人の女が声をかけてくる。
身に付けている物から考えると、かなり一般的な市民であるようだ。
アリアの目線に合わせるためしゃがんでいることから、悪人というわけではないらしい。
単純に、一人で歩いているアリアのことが気になったのであろう。
無視するかとも考えたが、この機を逃してしまえば、アリアから話しかけることができないため、甘んじて会話を続けることになった。
「さっき、ここを怪しい男が通らんかったか?」
「怪しい男の人……? うーん、見たような見なかったような」
「もういいのじゃ」
「えっ? あっ――」
これ以上話しても無駄だと悟ったアリアは、悩むことなくバッサリと切り捨てる。
あまり時間をかけてしまうと、気配が消えてしまうかもしれない。
気配とはかなり曖昧な情報であるが、この女はそれ以下の情報だ。
呆然としている女に、アリアは振り返ることなく歩き続けた。
(――ん? 動きが止まった?)
気配の動きが止まる。
自分の感覚が間違っていなければ、暗殺者は動くことをやめたということだ。
近くに住処があるのか、それともまた何か別の理由なのか。
その真実は不明だが、どちらにせよアリアからしたらありがたい状況だった。
ドロシーのような存在がいないため、一つ一つ探していかなければならないが、確実にゴールは見えている。
その気配を頼りに、薄暗く空気の重い路地裏へと入り込む。
(いかにもな場所じゃの。野良犬やら浮浪者やらが好みそうじゃ)
路地裏に広がっていたのは、全く文化的ではないアウトローな光景であった。
もう使うことができない家具や、動物の死体、ガラスの破片などがそこら中に散らばっている。
言うまでもなく、人が近付きたがるような場所ではない。
「おい、お嬢ちゃん。家出かい?」
「……フン」
路地裏を奥に進むと、一人の男がアリアを見つけた。
何か珍しそうな表情だ。
その身なりを見ると、ずっとこの路地裏で暮らしていることが分かる。
もし普通に暮らしていたとしたら、何人でも女が近寄ってきそうな顔。
髭や小汚い服でなければ、今すぐにでも引っかけることができるだろう。
「無視するなよ。どうしてこんな所に一人でいるんだい? 来ちゃいけない場所だっていうのは、もう分かる年齢だと思うんだが」
「人探しじゃ。ここの近くを、怪しい男が通らんかったか?」
「もちろん知ってるよ」
男はヘラヘラと笑う。
アリアの直感が、この男が暗殺者の仲間であると瞬間的に判断した。
少なくとも、暗殺者と関わりは持っているはずだ。
でなければ、考える素振りすら見せずに、ここまで即答できるとは思えない。
「知りたいか? 知りたいよな?」
「……そうじゃな」
男は立ち上がり、ジリジリとアリアに向かって近付く。
「俺がもし案内するって言ったら?」
「ぜひお願いしたいのお」
「――了解」
男は不気味に笑いながら、即座にアリアの首を絞めた。
かなり手馴れている動きであり、元々兵士のような職業であったことが分かる。
しかし。
当然ながら魔王に通用するはずはなく、アリアは苦しいとすら感じない。
自ら探す手間が省けるというメリットのために、わざわざ受け入れているだけだ。
汚い服が体に当たる不快感を我慢しつつ、一応苦しんでいるということをアピールするため、ペチペチと男の腕を叩いていた。
「……ふぅ、かなり楽勝だったな。兄貴はこんなのにビビってたのか」
(……我慢我慢我慢)
アリアを肩に担ぐ形で、男は少し離れた地下室への入口へと向かう。
その間、アリアはなけなしの忍耐力で気絶したふりをしていた。
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