尻尾ケア
「……ほぉ、なかなかの造りではないか」
アリアは、ベルン専用の浴場を見ると、感嘆するように口をこぼした。
人間が造ったにしては、かなりの完成度を誇っている。
貧弱な存在であるものの、こういった分野であれば、それなりの能力があるようだ。
アリアの中で、人間に対する評価が僅かに上昇した瞬間だった。
「おっとと……魔王様、新しい服を用意しておきますね」
「助かるのじゃ」
ポイッと空中を舞うアリアの服を、ベルンは器用に受け止める。
魔王らしい豪快な脱衣。
正しい脱ぎ方ではなく、力にものを言わせて脱いだためか、その服はボタンがいくつか弾け飛んでいた。
タオルも持たず、堂々と浴場に向かうその姿は、とてもベルンに真似できるものではない。
ベルンはコソコソと服を脱ぎ、大きめのタオルを持ってアリアの後を追いかける。
「こ、このシャワーはどうやって使うのじゃ?」
「あ、それはですね――」
「――ぶへっ!?」
ベルンの説明を聞く前に。
アリアがシャワーのハンドルを捻ると、とてつもない勢いで熱湯が噴き出す。
初めてであるため加減を知らず、強く捻りすぎてしまったらしい。
全身をびちょびちょにしながら、アリアはベルンを睨んでいた。
「す、すみません! 説明が遅れてしまいました!」
「……いや、良い。おかげで目が覚めたのじゃ」
少し不満そうな顔をしつつも、アリアは魔王としての余裕を見せつける。
これくらいで怒りをあらわにしてしまっては、ベルンに幻滅されるはずだ。
濡れてピッタリとくっついた髪の毛をかき分け、アリアはベルンの説明に耳を傾けた。
「……え、えっと。ハンドルは強く捻らずに、ちょっとずつ勢いを合わせてください」
「ふむふむ」
「あと、その隣にあるボタンを押したらダ――」
「――冷たっ!?」
ベルンの言葉が終わるよりも早く。
アリアは、反射的に隣にあるボタンを押した。
その行為によって、お湯はすぐさま冷水に変わり、アリアの全身に突き刺さる。
どのような攻撃をくらっても怯むことがなかったアリアだが、この冷水だけは例外だ。
言葉にならない声を上げながら、冷水の当たらない領域へ避難することになった。
「……ベルン」
「すみません! 本当にすみません!」
ペコペコと頭を下げるベルン。
完全にアリアは機嫌を損ねてしまっている。
たとえアリアの自業自得だとしても、ベルンはただ謝ることしかできなかった。
「……仕方ない。体が冷えてしまったから、もう浸かっても良いか?」
「ど、どうぞ!」
何とか爆発しそうな感情を抑えたアリアは、気持ちを切り替えるという意味でも、湯船で体を温めようと試みる。
当然それは冷たいということはなく、ヒリヒリするほど温かかった。
「……ふぅ。ベルンはまだ浸からんのか?」
「はい。とりあえず、尻尾のケアだけをしてから浸かろうと思います」
「んー。妖狐というのも大変じゃな」
小さめの椅子に座っているベルンの手には、専用のブラシとシャンプーが握られている。
ゴシゴシと強く洗うわけではなく、一回一回を丁寧に繰り返すという洗い方だ。
ベルンが作業に集中するその姿は、一流の研ぎ師に通ずるものがあった。
その真剣さが、温まっているアリアの目を惹き付ける。
どれだけ見ていても、不思議に飽きることはない。
「それだけ丁寧に扱うものなら、高値で取引されるのも納得じゃな」
「お、恐ろしいことを言わないでください……!」
アリアの何気ない一言。
それを聞いたベルンの顔が、瞬く間に青く染まった。
尻尾を奪われる妖狐のことを想像してしまったのだろう。
少しだけアリアから尻尾を遠ざけている。
「安心せい。儂はそんな趣味の悪いことはせん」
「そ、そうですよね……」
「……その代わり、後でもう一回触っても良いか?」
「え?」
この後。
風呂上がりの尻尾は、アリアによって独占されることになった。
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