タイムリミット
「――というわけなの。だから、三日間は部屋に入ってこないでね。他のメイドにも連絡しておいてちょうだい」
「か、かしこまりました……ですが、大丈夫なのでしょうか……?」
ベルンは、扉の隙間からアンナに指示を出す。
これで、部屋に入ってくる従者はいないはずだ。
最後に見るアンナの顔が、この悲しそうな顔だと思うと残念だが、自分の命には代えられない。
アンナも、それは理解してくれているようだ。
「心配しなくて大丈夫。もし何か問題が起きたら、扉越しに伝えてね。ここに来ることを許しているのは、アンナだけなんだから」
「が、頑張ります!」
「…………」
その二人のやり取りを聞いていたアリアとリヒトは、何とも言えない顔でお互いを見つめ合っていた。
ベルンが最も信頼している従者として聞いていたため、アンナのようなタイプのメイドだとは思ってもいなかったらしい。
アリアとリヒトの頭の中にあったのは、クールで感情を表に出さない巨漢である。
つまり、アンナとは真逆の存在だ。
「お待たせしました。これで大丈夫だと思います」
「おいおい。あんな口の軽そうな小娘で大丈夫なのか? 何かドジを踏む未来しか見えんぞ……?」
「い、いえ。あの子はそういう風に見えるかもしれませんが、口はかなり硬いんです。これだけは自信を持って言えます」
「……それなら良いのじゃが」
真っ直ぐな瞳で答えたベルンに、アリアは大人しく引き下がった。
ベルンがここまで信頼しているのなら、わざわざアリアが言うことは何も無い。
忠誠心が低いというわけではなさそうなため、ギリギリセーフのラインだろう。
「でも、女王って案外融通がきくんだな。三日間も引きこもるって、なかなかできないと思うけど……それだけ信頼されてるってことか」
「まぁ、話ができなくなるというわけではないからな。変に詮索されんから、こちらとしてはかなり楽じゃ」
「恐らく、冒険者たちの混乱で手一杯なのでしょう。やっぱり人間は愚かです」
「違いないな」
人間たちの慌てぶりを、高みから笑う魔王と妖狐。
リヒトがこの輪の中に加わるのは、まだまだ先になりそうだが、それでも人間たちに対する情は湧いてこなかった。
「それじゃあ、準備も終わったしどうする?」
「何かした方が良いですよね……? トランプくらいならありますけど、すぐに飽きてしまうでしょうし」
「儂は寝ておるから、二人で自由にして良いぞ……ふぁう」
小さくあくびをしながらベッドに落ちるアリア。
リヒトが止めようとした頃には、もう夢の中にいる。
ここで無理矢理起こすと、ほぼ確実にアリアの機嫌が悪くなるため、もう手をつけることが不可能だ。
残されたベルンとリヒトは、気まずそうに椅子へと腰かけた。
「えっと、トランプ……しますか?」
「いや、ルールが分からないから……」
「あっ、すみません……」
沈黙の時間。
この空気を払えるほど、リヒトにコミュニケーション能力があるわけではない。
ましてや、あまり話したことのない妖狐が相手である。
「あ、あの。リヒトさんの能力のことなんですけど……」
最初に沈黙を破ったのは、気遣いができるベルンの方だ。
話しかけたのはいいものの、聞いても良いことなのか不安そうな顔をしているベルンに、リヒトは目で話を続けるように促す。
「し、死者を生き返らせるなんて凄いですね!」
「あ、ありがとう……」
「それで……ですね。もし私が死んでしまった時に、蘇生できるタイムリミットのことを知っておきたいんですけど……」
ベルンが気になっていたのは、《死者蘇生》のタイムリミットだった。
暗殺者がどのような手を使ってくるか分からないため、蘇生が遅れてしまう可能性も考えると、どうしても確認しておきたい情報である。
リヒトのことを信じていないわけではないが、慎重なベルンの性格がそう質問させていた。
「タイムリミットなんてないよ。少なくとも百年間は大丈夫」
「え? そ、それなら使用制限は――」
「それも大丈夫。昔、ネズミで何回も実験したから」
アハハ――と、笑うことしかできない。
これまでに自分がやってきた――敵から身を守る技が、全て馬鹿らしく感じてしまうベルンだった。
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