命令
「私はロゼと言います――もしかして、そのナイフって毒が塗られてますか? 少しヒリヒリするんですけど」
最初の質問は、ほとんど答えに辿り着いているものだった。
答えは勿論イエスであり、それはロゼというヴァンパイアも分かっているだろう。
しかし、たとえバレているとしても、馬鹿正直に答えて良いのか。
手の内を明かすというのは悪手だが、下手に嘘をつこうとしても徒労に終わりそうだ。
余裕を持って堂々と答えた方が、変に舐められず、良い方向に転ぶかもしれない。
「……そうだ」
「ですよね! 良かったです、私がおかしいのかと思いました」
数秒悩んだ結果――ヴェートは隠すことなく素直に答える。
すると、ロゼは安心したような様子を見せた。
その様子からは、純粋な女の子というイメージしか湧いてない。
ノーと答えていたら、そのまま信じていたのではないかと思ってしまうほどだ。
(……毒が効いていない? 確かに一本分だと微量ではあるが、それにしても効果が無さすぎる)
ロゼの疑問に比例するように。
ヴェートの中にも一つの疑問が浮かび上がる。
不自然な程の毒への耐性。
痩せ我慢しているだけかもしれないが、もしロゼの言っていることが本当ならば、かなりマズい状況だった。
毒が効かないとなると、純粋な戦闘能力で戦うしか道が残されていない。
平凡なヴァンパイアであれば、勝機は十分にある。
問題は、目の前にいるロゼがその例に漏れないかだ。
「でも、この毒じゃ弱過ぎると思いますよ?」
「……余計なお世話だ。そもそも、この程度なわけがないだろう?」
「……そうですね。すみませんでした」
やはり、ロゼに毒は効いていなかった。
ヴェートの咄嗟に出たブラフによって、何とか底を知られることだけは逃れたが、これからどのように勝つかのイメージが浮かばない。
まだロゼの攻撃すら見ていない状態にも関わらず、ヴェートは動けないままだ。
「じゃあ、二つ目です。貴方たちを倒したら、もうこの城に吸血鬼狩りは近寄らなくなるんでしょうか?」
「危険視はされるだろうな。まぁ、俺たちによって滅ぼされるんだから、無駄な心配でしかない」
「……はーい」
ヴェートは困っていた。
この会話の中、全くと言っていいほどロゼに隙が生まれない。
今まで対峙してきた中のヴァンパイアでも、明らかに別格だと考えられる。
付け込めそうなのは、精神的な幼さの部分のみ。
何か動揺させることが出来れば、ヴェートにもチャンスが回ってくるはずだ。
いくら毒が効かないと言えど、心臓を直接破壊すれば関係ない。
逆に言うと、そこしか狙う場所はなかった。
ここでヴェートは一つの嘘を考える。
「質問はもう終わりでいいです。早くリヒトさんとドロシーさんの所へ向かいたいので」
「……それも無駄だと思うぞ。俺の仲間が捕獲したらしいからな」
「……え?」
狙い通り。
顔を青く染めるロゼ。
嘘ではないかと考える前に、二人に対しての心配が優先されている。
それほど、リヒトとドロシーという存在が大事らしい。
「な、何を言っているんですか! 貴方はリヒトさんとドロシーさんを知らないはずです! 適当なことを言わないでください!」
先程までとは別人の気迫で、ロゼはズカズカと近寄ってくる。
明確な怒りの感情がそこにはあり、触れると爆発してしまいそうだ。
「捕獲自体は簡単だったらしいぞ。今頃どうなってるんだろうなぁ」
「――また適当なことを!」
ロゼの噛み付きを、右腕で受け止めるヴェート。
念の為に装備していた着込みによって、ギリギリ肉が食いちぎられるのを防ぐ。
血は流れているが、痛みは特に感じない。
(まだだ……コイツが仲間を確認するために背を向けるまで……それまで耐えられれば)
今はヴェートの思惑通り、事が進んでいる。
ロゼは冷静さを失っており、仲間のことが気になって仕方がない様子だ。
そして。
この場から離れる一歩を踏み出した時――ロゼの心臓は、背後から間違いなく破壊される。
ロゼの判断を待つ緊張が、ヴェートの心臓を動かしていると言っても過言ではない。
「おっと。俺は報告されたことを言っただけだ。俺の言葉が信じられないなら、その目で見てきた方が良いんじゃないか?」
「――クソッ! リヒトさん!」
ヴェートの一言をきっかけに、バッとロゼは駆け出す。
ヴェートはこの瞬間をずっと待っていた。
考えている時間はない。
そんなことをしているうちに、的は遠くへ行ってしまう。
殺すという強い気持ちを込め、なお落ち着いて狙いを研ぎ澄ます。
『貴方はそのまま死んでください!』
ヴェートはそのまま。
持っている投げナイフを全身全霊で――自分の心臓に突き刺した。
心臓に直接打ち込まれた毒に、紛い物のヴァンパイアが耐えることはなかった。
いつも『死者蘇生』の物語をお読みいただいてありがとうございます。
この度、書籍化することが決定致しました。
これも、いつも応援してくださっている皆様のおかげです。
本当にありがとうございますm(_ _)m
今後とも、同じように更新していく予定ですので、よろしくお願いします。




