同業者?
「チッ……流石に広すぎたか? 誰もいないぞ」
アルフは、ブツブツと呟きながら広大な城内をさまよっていた。
十分ほど歩いてみたものの、ヴァンパイアどころか下僕とさえ出会うことがない。
ドンドンと落ちていく集中力に、アルフは自ら喝を入れる。
「……それにしても凄い内装だな。人間界ならいくらするんだ……?」
そんな緊張感の中で目に入ったのが、一定の間隔で置かれている花瓶だ。
飾られている花も当然美しいが、それより何倍も花瓶の方が美しい。
完全に花の方を食ってしまっている。
もしこれだけを盗んで帰ったとしても、それなりの金は手に入るだろう。
それほどの価値を持つ芸術品が、まるでついでのように置かれていた。
この場に長くいると、アルフの感覚まで麻痺してしまいそうだ。
「――ドロシー様! こちらです!」
静寂の中で響く声。
その声の元には、メイド服を着た一人の女が立っている。
純粋なヴァンパイアではない。
恐らく眷属化した元人間であろう。
この様子だと、アルフたちが侵入したことにはもう気付いているようだ。
ヴァンパイア以外なら見逃していたが、ヴァンパイアと分かると話は別だった。
「おい、喋るな」
アルフは一瞬でメイドの背後に回り、チクリと短剣を突き立てる。
ヴァンパイアと言えど、心臓を貫いてさえしまえば死は免れない。
これで多少は押さえつけられるはずだ。
まずは主人の情報を聞き出すことから始まる――はずだった。
「ドロシー様!」
「――なっ!? この女!!」
アルフは我慢できずに心臓を貫く。
まさかこの状況で怯まずに声を上げるとは予想していなかったため、かなり勢いに任せてしまった選択である。
死んでしまった以上、流石にこれ以上声を上げるようなことはないが、もう手遅れだと直感的に分かっていた。
この場から一旦逃げ出すべきか、それとも余裕を持って待ち構えるべきか。
これまでの経験を頼りに、頭の中でこれからの展開を作っていく。
「――ん? 何だ……?」
そこでアルフを突然襲ったのは、足に何かが絡みついているかのような感覚。
このまま放っておけるはずがない。
胸のあたりを血で染めているメイドを投げ捨てながら、アルフは急いでその箇所に目を向けた。
「うおっ!?」
そこにあったのは、地面から生えた真っ白な腕。
細く――そして妙に力強い。
泥沼の中央で立っているのと同じように、体がズブズブと引き込まれている。
本能的に危険を感じたアルフは、力いっぱいにその腕を蹴り払った。
「……あ、メイドさん。間に合わなかった……ごめんなさい」
「出たな、ヴァンパイ……ア?」
アルフが睨みつけた相手は、死んでいるメイドの方を申し訳なさそうに見つめていた。
走って駆けつけたため息が荒く、戦う準備さえまともにできていない。
ましてやアルフの方すら見ておらず、戦場とは思えないほど隙だらけの状態。
アルフほどの実力者なら、いつでも殺すことができる。
しかし。
アルフはその一歩を踏み出せないでいた。
ドロシーと呼ばれていた女が、ヴァンパイアではなかったからだ。
(この女……間違いなく人間だ。同業者か……? いや、それならこのメイドに謝るようなことはしない。敵であるのは分かったが、どうしてこんなところに……)
アルフは頭の中で考えを巡らせるが、それでも結論は出てこない。
そもそも、このように不気味な術を使う者を相手にしたことがないので、何もかもが初めての経験である。
「貴様、人間だな。手を後ろに回して跪いたら、命だけは助けてやるぞ」
「これなーんだ?」
「――チッ! この野郎!」
ドロシーは遅れてやって来た死霊から、一つの大きな杖を受け取る。
大胆すぎる宣戦布告。
この行為が、戦いの始まりを示す着火剤となった。
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