侵入者
「リヒトさん……起きてください」
ベッドの上でスヤスヤと眠るリヒト。
ロゼは耳元で囁くようにして起こそうとするが、全くそれが実る気配はない。
強引に起こすため肩に触れると、嫌がるようにして寝返りを打たれてしまう。
もしこの場にドロシーがいれば、ドロップキックでもして叩き起すのだろう。
しかし、ロゼにそのような真似はできなかった。
ユラユラと――リヒトの肩を揺すり続ける時間が続く。
「リヒトさーん……お昼になっちゃいますよー」
ロゼが言葉をかけたとしても、リヒトからの返事は一向にない。
むしろ、その言葉が深い眠りに誘っているようだ。
(どうしよう……起こさないと流石にダメだろうし。ドロシーさんを呼んできたら――リヒトさんが可哀想だし……仕方ないよね)
このままでは埒が明かないと判断したロゼは、覚悟を決めたようにリヒトの腕を取る。
そして、カプリと軽く噛み付いた。
眷属化を目的とした吸血ではなく、刺激を与えることを目的とした吸血。
痛みの調節には自信があるため、ドロシーの時のように文句を言われることはないはずだ。
「……んん」
いくら熟睡しているリヒトと言えど、体に起こる異変を無視できるほど野生を捨てているわけではない。
ロゼの狙い通り、パッチリと目を覚ました。
「――ロゼ……? な、何をしているんだ……?」
「リヒトさん! 起きてくれたんですね!」
「ま、まさか眷属化したのか!?」
「いえいえ、今回は使ってません」
「そ、そうか……」
リヒトはおかしな変化がないことを確認すると、ホッと一息つきながら布団へと戻る。
「ちょっと! また寝たら意味が無いじゃないですか!」
予想外の行動に、ロゼは布団を引き剥がした。
眠気が覚めてしまったということもあり、もう二度寝をすることは不可能だ。
酒によって与えられた痛みを我慢しながら、甘んじて朝を受け入れるしかない。
「まったく……昨日飲みすぎたんじゃないですか? お父様と同じペースだなんて無謀だと言いますのに……」
「そうだな……完全にミスだった」
「朝ご飯は食べられますか? もし無理そうでしたら――」
「いや、大丈夫。ご馳走になるよ」
「リヒトさんも相当お強いですね……」
リヒトは体の疲れを抜くように一呼吸置き、片腕で体重を支えながら立ち上がった。
こうなると、もう痛みは気にならなくなる。
「――あれ。その服……」
「……? どうしました?」
意識をハッキリと持ったリヒトが最初に目にしたのは、美しいドレスに身を包んだロゼの姿であった。
カミラと比べても全く見劣りしない。
露出を意識していたカミラとは対照的に、ロゼは露出の少ないお淑やかなファッションだ。
背伸びをすることなく、自分に合ったチョイスとなっている。
これが本来の姿だと考えると、わざわざ起こしに来てもらったことが申し訳なく感じた。
「ほら。行きましょう、リヒトさん。あまり遅いと、本当に食べられなくなっちゃいますよ?」
「わ、分かった」
ロゼに手を取られながら、リヒトはみんなの元へ向かうことになった。
****************
「あ。おはよー、リヒト」
「おはよう」
リヒトとロゼが到着したテーブルでは、ドロシーが一人で食事を楽しんでいた。
その皿には大量のパンが積まれている。
朝食にしてはかなり欲張った量だ。
「あれ? お父様とお母様はどうなされたのでしょう……」
「少し慌てた様子で出て行ったよ。何かあったのかも」
「し、心配ですね……何でもないと良いですけど……」
ロゼは、不安そうな面持ちで席へと座る。
いつもは傍で控えているはずのメイドも、今回は何故か姿が見えない。
何か悪い予感が二人の頭を過ぎった。
「流石に考えすぎじゃないか? きっとサプライズの準備をしてるんだよ」
「そ、そうだといいんですけれど……」
「リヒトは楽観的過ぎるんだよー」
用意された水を飲みながら、リヒトは余裕を持って席に着く。
これほど大きな吸血鬼城――攻めてくるとなると、よほど強い自負心を持っているような者だけだ。
わざわざ、虎の住処に近寄ることはしないだろう。
普段は予想を外しているリヒトだが、今回だけは妙な自信があった。
「やっぱり敵のせいってことは考えにくいな。そもそも、敵が来てるんだったらこれだけ静かなのもおかしいだろ?」
「なるほど! 確かに敵が来ていたら、私たちにも教えてくれるはずですしね!」
「一理あるかも――」
「皆さま! 侵入者が現れました!」
リヒトのロジックは、わずか数秒で崩されることになる。
気まずそうな顔をするロゼ。
またかという表情のドロシー。
リヒトは何も言うことなく立ち上がった。
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