番外編 花嫁修業
「フェイリスさん? 何をしていらっしゃるんですか?」
アリアの食事を準備するため、厨房にやって来たリーファ。
食事を担当するように言われているリーファ以外は、なかなか立ち寄らない場所であるが今回は先客がいるようだ。
少し嬉しい気持ちでフェイリスに話しかける。
「花嫁修行なの」
「え!? ご結婚なさるんですか!?」
「……まだだけど、近い未来かもしれないなの」
フェイリスの口から出るビッグニュースに、リーファは驚きの声を上げた。
エルフというのは、結婚というものに強い憧れを抱いている。
当然それはリーファも例外ではない。
目をキラキラとさせながら、フェイリスに羨望の眼差しを向けていた。
「花嫁修業だなんて、とても羨ましいです! 私には出会いというものがまだありませんから……」
「焦らなくても大丈夫なの――いたっ」
返事をしようとフェイリスが振り向いた瞬間、使っていた包丁が人差し指に数ミリの傷をつける。
まだ扱いに慣れていないということもあり、別のことと同時進行するには早すぎた。
反射的に手を引いたため、食材に血の味が染み込むことはないだろう。
それでも、フェイリスは不満げに血の流れ出る自分の指を眺めている。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……うん。でも、どうしていいのか分からない。難しいなの。イリスに貰った魚も無くなっちゃいそうだし……」
リーファが駆け寄ると、そこには魚の惨殺死体が数匹分転がっていた。
内蔵を取り除くという知識はあるものの、実際に取り除く技術を持っていないらしい。
体内にまだ内蔵が残っている状態で、ぶつ切りにされた魚。
無理やりに取り除こうとしたせいで、身がボロボロになっている魚。
何故か包丁が刺さったままになっている魚。
目を覆いたくなる光景である。
「これは……」
リーファの言葉は、どうしてもすぐに出てこなかった。
小さい時から料理に触れてきた身からすれば、どうしたらこのような惨状になるのかが分からない。
ここまで不器用だと、軽く指を傷付けるだけで済んだのが奇跡とも思える。
「独学じゃ少しだけ厳しいなの――はい」
フェイリスはそう言うと、それ以上何も言うことなく包丁をリーファに手渡した。
無言の圧力――手本を見せてほしいということなのであろう。
リーファがそれを断る気はサラサラない。
フェイリスのためにも、そしてその恋人の命のためにも。
リーファは強く包丁の柄を握る。
「このタイプの魚は初めてですけど、お腹を開けば大抵の魚は大丈夫です――ほら」
「おお、背中から取ると思ってたなの」
「それは逆に難しいと思います……」
リーファは慣れた手付きで内蔵を取り出す。
イリスから貰ったという魚――少々珍しい形をしているが、構造はほとんど同じだ。
よいしょ――と。
一つだけあるドス黒い謎の臓器を捨てると、リーファは流れるように三枚におろした。
お手本としてなら完璧だが、教えるとしたらスムーズ過ぎたかもしれない。
感動しているようなフェイリスの顔が、唯一の救いである。
「これで多分食べられるようになったと思います」
「――あ」
リーファは、薄く一口サイズに身を切り取ると、パクリと口の中に指を運んだ。
「――うげっ! 不味っ!」
「それは食べない方が良いなの。練習用に貰っただけなの」
魚とは思えない苦味を喉に感じながら、リーファは犬のように舌を出す。
何とか吐くのは我慢したが、かなりギリギリのラインだった。
「でも、これでリヒトさんに喜んで貰えるイメージができたなの」
「え!? お相手ってリヒトさんだったんですか!?」
リヒトがいない間に。
ディストピアでは取り返しのつかない勘違いが始まっている――のかもしれない。
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