羨望
「リヒト! この本凄いよ。初めて見るような知識が沢山ある。もし譲ってもらえるなら、いくらでも払っちゃうよ」
「……そうなのか? 俺にはよく分からないけど」
リヒトは十分ほどの捜索のすえに、本を読み漁っているドロシーを発見した。
ここに積まれている本は、ネクロマンサーにとって国宝級の存在なようだ。
何でもない人間であるリヒトからしたら、ただの古本にしか見えない。
軽く数ページほど捲ってみても、解読不能な文字が目に映るだけである。
「……ドロシーはここに書いてある内容が分かるのか――というか、読めるのか?」
「当たり前だよ。ちょっと翻訳する必要があるけど、ある程度の能力があれば大丈夫なものだし。義務教育レベルだよ」
ドロシーは、当たり前のようにリヒトへ答えた。
義務教育レベル――生きていた年代が違うため、ドロシーの言葉がどこまで正確なのかは分からない。
それでも、ドロシーの能力が非常に高いということは理解できる。
ペラペラとページを捲り、それを一瞬で翻訳して頭に焼き付けていた。
「リヒトも、読み終わった本はそこに置いてて良いよ。勝手に戻しておくからさ」
「……普通はそんな短時間で読み終わらないよ」
圧倒的な読書スピードで、ドロシーは次から次へと本に手をつける。
ドロシーの使役している死霊たちが、読み終わった本を戻し、また新たな本を取ってくるため、無限にそのループは続くことになるだろう。
図書室で――そして、他人の家で死霊を出しても良いのかという疑問はあったが、掃除しているメイドたちが気にしている様子もないので、リヒトが口を出すことはできなかった。
「リヒト。試してみたいものがあるから、動かないでもらってて良い?」
「いやいやいやいや――うわっ!」
リヒトの返事を聞く前に。
ドロシーは覚えたばかりの技術を、隠すことなく見せつける。
無数の白い手が、地面から生えるようにしてリヒトの足に絡みついた。
とてつもない力であり、リヒトでは引き剥がすことができない。
長年隠されていた術が、天才ネクロマンサーの手によって今やっと開花する。
「――解除!」
ドロシーが命令した直後、白い腕は溶けるようにして消えた。
リヒトの足には、何とも言えない痺れが残っている。
覚えたばかりであるにも関わらずこの完成度。
もう少し時間をかければ、完璧に近い出来になるはずだ。
「いてて……これが書いてあったことなのか?」
「これだけじゃないよ。もう一つあるんだけど、死体が必要なんだよね。ここには無さそうだから、今度試してみる」
驚きを隠せないリヒトに、少し残念そうな顔をするドロシー。
ドロシーはこの短時間で、既に二つの術を身に付けたらしい。
死体が必要とは、かなりネクロマンサーらしい能力だが、この城の中でその願いは叶わないであろう。
リヒトが死体になることもできないため、試す機会はまた今度になりそうだ。
「はー、敵が来れば試すこともできるんだけどなぁー」
「怖いことを言うな……それに、死体を使って何をするんだ?」
「ここに書いてある内容だと……死体に魂を入れ込んで、操ることができるんだって」
まあでも――と、ドロシーは付け加える。
「リヒトがいるならこの術は必要ないか。時間制限もあるし、死体も必要だし、何回も使えるわけじゃないから」
リヒトの《死者蘇生》と比べることで、ドロシーは諦めがついたようだ。
それは同時に、時間制限も使用制限もなく、死体すら必要としないリヒトのスキルの異常性を示していた。
「……ちょっと嫉妬しちゃうかも」
「ん? 何か言っ――」
「何でもないよ」
リヒトにはドロシーの才能が。
ドロシーにはリヒトのスキルが。
お互いがお互いに、羨望の眼差しを向けていた。
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