番外編 サボタージュ
「あら? 魔王様?」
「どうしたの、魔王様? ここに来るなんて、ちょっと珍しい」
イリスとティセの部屋。
自然が溢れるこの領域に訪れたのは、平和に飽きた一人の魔王だった。
「あまりにも暇じゃからな。イリスとティセは何をやっておるのじゃ?」
アリアは、ため息を漏らすようにして二人の疑問に答える。
ずっと止まっていることができないアリアは、この領域のようにのどかな場所は好まない。
イリスのペットである動物を狩ろうとした前科もあるため、敷居も少しだけ高かった。
それでも訪ねざるを得ない現状。
どれほど退屈しているのかを、イリスとティセは即座に理解する。
「イリスたちは遊んでるの」
「こ、こらっ、イリスちゃん! 仕事してるって言わないと――」
「――あっ」
ティセは慌ててイリスの口を塞ぐが――時すでに遅し。
アリアの耳には、大胆すぎる自白がしっかりと入っていた。
二人のサボタージュが、アリアにバレていないということはないだろう。
それでも、目の前で堂々と宣言するのは自殺行為とも言える。
イリスとティセの頬を、嫌な汗がゆっくりと伝った。
「構わん構わん。敵が来てるわけでもないからな」
「……え? あ、ありがとうこざいます。魔王様……」
意外なことに。
アリアは笑顔のままで軽く聞き流す。
どのような心境なのか――二人には到底分からないが、ホッとティセは口を塞ぐ手を緩めた。
「魔王様、見て見て。花かんむり。お姉さまと作った。魔王様にもあげる」
イリスは丁寧に作られた花かんむりを、部屋の奥からトテトテと持ってくる。
黄色の大きな花を中心にして、その回りを小さな白い花が包んでいた。
エルフらしい趣味であり、貿易品と考えても恥ずかしくない完成度だ。
「おお、すまんな――これで良いのか?」
「すごい、とても似合ってる。ね? お姉さま」
「そうね、イリスちゃん。さすが魔王様だわ」
アリアは、イリスの促すままに花かんむりを頭の上に乗せる。
紫の髪色と対称的な花かんむりは、またイリスたちとは違った色を引き出していた。
このように、アリアが自分を着飾るようなことは珍しい。
少し照れた顔をしながら、イリスとティセの賞賛を受け止めている。
「しかし、いつも二人はこれを作って過ごしておるのか?」
「ううん。ペットと遊んだり、そこの池で釣りをしたりしてる」
「魔王様。釣り竿はありますので、遊んでいかれますか? その窓からでも釣れますので」
「そうじゃな。折角じゃし……やってみるのじゃ」
アリアは、ティセが持っていた釣り竿を受け取ると、開けられた窓から釣り糸を垂らす。
池のすぐ隣に家が建っているため、景色を見るついでに釣りをすることができた。
そして。
入れ食いとも言えるスピードで、魚が食いつくことになる。
「うわっ! ど、どうすれば良いのじゃ?」
「こうやって――こう」
魚が食いついたのはいいものの、その後何をしたら良いのか分からないアリア。
そこを、イリスは手馴れたようにフォローする。
震えている釣り竿を持ち、寄り添うようにして軽く釣り上げた。
「やったのじゃ! 美味そうじゃが、焼いた方がいいのか?」
「ううん。この魚は美味しくないから、食べない方がいい」
「それじゃあどうするのじゃ?」
「こうするの」
そう言うと、イリスは釣れた魚を天高く投げ捨てる。
ティセからしたら見慣れた行為らしい。
目を丸くしているのはアリアだけだ。
「あっ!」
三人が、クルクルと宙を舞う魚の行方を見つめる中。
どこからか現れた巨大鳥が、その魚をパクリと胃の中に飲み込む。
魔王でも驚くほど、ダイナミックな餌やりだ。
「あの魚に糸をつけておったら、あの鳥が釣れたかもしれんのお」
「魔王様、イリスのペットにそんなことしちゃダメ」
アリアの暇な午後は、こうして自然の中で過ごすことになった。
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