信頼関係
「お父様やお母様と紅茶を飲むのも、久しぶりで楽しいです」
「そうね、ロゼ。まさか帰って来てくれるなんて……未だに夢みたい」
「仕事に疲れたら、いつでも帰って来るんだぞ? 父さんは怒ったりしないから」
ロゼ、アリウス、カミラの三人は、一つのテーブルを囲んで午後の時間を楽しんでいた。
メイドが淹れた最高級の紅茶に、焼きたてのクッキー。
どれだけ量があったとしても、簡単に食べ切れてしまう。
「私がいない間に、何か大変なことはありませんでしたか? 実はそれが心配で……」
「あらあら。そんなことロゼが心配しなくても良いのに……」
「そうだぞ、ロゼ。多少問題はあったかもしれないが、大抵のことは父さんが解決してきた」
アリウスの言葉を聞くと、ロゼは安心したようにクッキーへ手をつける。
メイドたちの元気そうな顔から、答えは何となく分かっていたが、それでも確信に変わるのは喜ばしいことだ。
「そうだ。ロゼは魔王様と上手くやってるの? 悪い人じゃないと思うけど、母は少し心配だわ……」
「大丈夫ですよ、お母様。魔王様はとても優しい御方ですから。仕事を沢山任されるってことは、信頼されてるってことでしょうし――なーんて!」
ロゼは口元を両手で隠しながら、嬉しそうな笑顔を作った。
アリアのことを話題に出すと、毎回のようにロゼはご機嫌になる。
それほどアリアのことが好きなのだろう。
父母からしたら、一人娘が同性に恋をしているようで複雑な気持ちだ。
「どうやら、心配しなくて良さそうだな。カミラは考えすぎだ」
「……そうね」
「――ロゼ。それでなんだが、リヒト君のことをどう思ってるんだ?」
突然話題に出るリヒト。
これには、アリウスの親心が極限まで詰まっている。
このままだと、ロゼに恋人ができる気配が見えない。
ロゼとアリアの仲を邪魔するというわけではないが、ずっと独り身の娘のことを考えると、アリウスは動かずにいられなかった。
「……へ? リヒトさんですか?」
「そうだ」
「確かにリヒトさんは命の恩人ですけど、どうして急に……?」
予想通り、不思議そうな顔をするロゼ。
頭の中にはアリアのことしか無かったため、いきなり現れたリヒトに困惑させられる。
どちらかを選ぶことなど不可能だ。
アリウスの真意を汲み取ろうとしても、結局謎のままだった。
「リヒト君とロゼなら、なかなか上手くいきそうだと思ってな」
「………………ふぇ?」
ロゼは、ボフッと爆発するように顔を赤く染める。
アリウスの真面目な顔――冗談や、からかっているような雰囲気では一切ない。
その真剣さが、恥ずかしさを際立たせていた。
「な、ななな何を言ってるんですか!? 私なんてリヒトさんには釣り合いませんから!」
「まあそう言うな。リヒト君は、ロゼに興味があるように見えるぞ?」
「ほ、本当ですか!」
「私の勘だが」
「勘じゃないですか……」
最高潮から最底辺まで一気に落ちるテンション。
一瞬でも喜んでしまったことが、一生の不覚となるだろう。
生まれて初めて、アリウスに腹が立った瞬間かもしれない。
「私もリヒト君には賛成よ。あの子かわいいし」
「お、お母様! リヒトさんにも迷惑がかかるんですから……」
ここで、カミラがフォローするようにロゼを説得する。
リヒトの能力を知った今――ロゼを思う親として、どうしても近くに置いておきたかった。
一度ロゼが死んだという事実が、更にその考えを強くさせる。
「でも早く取っておかないと、他の人に取られちゃうわよ?」
「よ、余計なお世話です! リヒトさんをそういう目で見ないでください!」
それに――と、ロゼは紅茶を飲み直す。
「リヒトさんは仲間なんですから」
「……カミラ。流石に急ぎすぎたみたいだ」
「ご、ごめんなさい」
ロゼのその一言で、ディストピアの関係性が分かったような気がした。
リヒトのことを、心から信頼しているらしい。
娘のためと思っていたが、やはりまだ早いようだ。
ライバルという存在を考えなければ、ロゼの成長を待つ時間は十分にある。
親が焦っても仕方がないため、アリウスは静かに一歩引いた。
「とにかく、ロゼが楽しそうで良かったよ。魔王様にもよろしくと言っておいてくれ」
「は、はい」
カミラとアリウスは、何も変わっていないロゼに安心しながら、再度紅茶に手をつけることになる。
ブクマ、評価、感想よろしくお願いします!




