お城探検
「リヒトー、待ってよー」
「あ。ご、ごめん。早足になってたか?」
「うん、雰囲気に飲まれすぎだって。二日目だよ?」
リヒトとドロシーは、巨大な吸血鬼城の内部を散歩という形でさまよっていた。
広すぎて、自分たちが今どの辺りにいるのかすら分かっていない。
本当に各部屋を見て回るとしたら、残りの休暇を全て捧げることを覚悟するレベルだ。
言い出しっぺのリヒトは、申し訳ない気持ちでドロシーを見る。
「それにしても、ただの廊下なのに凄い輝きだね。このカーペットとか、土足で進んでも良いのかなぁ……?」
「そんなこと言いだしたら、触って良いのかすら分からないものまであるぞ。ロゼは気にするなって言ってたけど、やっぱり無理だよな」
庶民を代表するかのような二人は、目に映る高級そうな物全てに釘付けにされていた。
やはり、数日で慣れるほど生温いものではない。
雰囲気だけでもお腹が痛くなってくる。
「ロゼさんはどこをオススメしてくれてたっけ? そこに行ってみようよ――道が分かればだけど」
「確か……図書室が凄いことになってるらしいぞ。色んな本で埋まってるみたいだから、俺たちが気に入る本があるかも」
「あ、それは楽しみ」
二人の目的地は、特に衝突することなく無事に決まった。
辿り着けるかどうかは不明だが、向かってみる価値はある。
特にドロシーは、ネクロマンサーとしての知識を深めるため興味津々だ。
「……で、道は分かってるの?」
「……分からないから、誰かに聞いてみないと――」
「――お呼びでしょうか、リヒト様」
「――わっ!?」
リヒトが誰かに頼ろうとした瞬間。
それと完全に同じタイミングで、背後から声がかかった。
冷静に後ろを向くドロシーに、情けない声を上げるリヒト。
二人の視線の先には、一人のメイドが立っていた。
ロゼとは対称的な銀髪を肩にかけながら、リヒトの次の言葉を待ち続けている。
「えっと、メイドさん……ですよね?」
「はい。私はカノと申します。ロゼ様の指示で道案内を任されまして。これからよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそ……」
どうやらロゼは、二人のことを気遣ってメイドを一人貸してくれたらしい。
案内担当であるカノは、真面目な表情でとても頼りになりそうな存在だ。
少しだけリヒトの気が楽になった。
「図書室に行ってみたいんですけど、ここから遠いですか?」
「いえいえ、すぐそこですよ。付いてきてください」
カノはそう言いながら、右へ左へと進んでいく。
リヒトたちと違って一歩一歩に迷いがない。
恐らく、頭の中にこの城の情報が詰まっているのだろう。
どれほどの時間をメイドとして務めているのかは分からないが、生半可な経験では身につかないものだ。
と。
そのようなことを考えているうちに、三人は図書室の扉の前にいた。
「こちらです。リヒト様、ドロシー様」
カノが扉を開けたその先には、本で溢れる空間が広がっている。
ここにフェイリスがいたとしたら、本棚に向かって突進してしまいそうだ。
フェイリスの領域も片付いていれば、このように壮観な光景になっていたのだろうか。
断られる未来は見えているが、掃除を提案してみるべきなのかもしれない。
「おおー。二百年も前の本が普通に置いてある! ネクロマンサーの本とか無いかなー」
フェイリスだけでなく。
ここにも、本棚に向かって突進する存在が一人いた。
図書室の中を掃除している他のメイドが、ドロシーの声にビクリと反応してしまっている。
全く周りが見えていない。
「……おーい」
リヒトの声も届かず。
ドロシーは、蜜に誘われる昆虫のように奥へと進み続けた。
あの状態では、もう何を言っても無駄だ。
「ドロシー様、とても勉強熱心な御方なんですね」
「そうみたいです――って、あそこに飾られている本……見てみても良いですか?」
「はい! 勿論です!」
ドロシーの好奇心に呆れているリヒトが見つけたのは、明らかに他の物とは毛色の違う本であった。
その巨大さは本棚に収まるようなものではなく、その本専用の台が設置されている。
表紙には加工されたドラゴンの皮。
そして、それに埋め込まれている宝石。
一国の宝として扱われていても違和感がないほど、とてつもない存在感である。
そんなものが、気にならないわけがない。
嬉しそうなカノの了承と共に、リヒトはその一ページを開けた。
「…………なるほど」
この本は、ロゼの成長を記録している写真集だった。
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