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四面楚歌


「――クソッ! 化け物か!」


 正体不明のダンジョンで兵士たちを待ち受けていたのは、一人のヴァンパイアだった。

 部隊の半分程は侵入に成功したものの、残りの半分はたった一人に押さえ込まれている。


 そもそも、このヴァンパイアを無視することはできない。

 ここで殺しておかないと、後ろから攻撃を受けるだけだ。


 このクラスの強敵がゴロゴロいるようなダンジョンなのか。

 そう考えると、吐き気がしてしまいそうな場所である。

 地獄と表現しても過言ではなかった。


「ヴヴ……」


「……おい、どうした!?」


「――ヴァア!」


 兵士は味方の剣を受け止める。

 殺意を持った攻撃――決して冗談などではない。

 このダンジョンに近付くにつれて、狂ったように剣を振り回す兵士が増えていた。


 判明している原因は一つだけ。

 ヴァンパイアによる吸血で、眷属化されてしまったというものだ。

 噛まれてしまったら最後、元に戻す方法は存在しない。


「この野郎! あのヴァンパイアには噛まれてないはずだろ!」


 兵士は何度も練習してきた体術で、剣を奪いながら蹴り飛ばす。

 武器を失ったとしても、元味方の戦意が喪失されることはなかった。


 この様子――眷属化の症状とは少しだけ違う。

 眷属化されたとしても、ここまで凶暴になるという話は聞いたことがない。

 また、ヴァンパイア特有の牙も生えていないため、疑問点が多くなっている。


「クソ! 死んどけ!」


 一時的な混乱かとも考え、とどめを刺さずにいた兵士だったがもう我慢の限界だ。

 奪い取った剣で元仲間の心臓を一突き――その直後に、無防備な喉を切り裂いた。


 その手ごたえは、正に人間のままである。



「どうなってるんだ……眷属化してないってのに――うおっ!」


 力尽きた元仲間の体から、何やら光るものが飛び出すように現れた。

 その存在の正体は見当すらつかないが、兵士に選択肢は残されていない。


 空中に漂っている光を真っ二つに両断する。

 殺すことで能力が発動する可能性もあったが、長年の経験が剣を振り下ろすように叫んでいた。


「あら。殺しちゃったんですね」


「――!? ヴァンパイア! 貴様いつの間に!」


 剣を突き付けての威嚇。

 それは、全くと言っていいほど効果がなかった。

 怯むどころか、気にしている様子すらない。


 剣を武器として見ていないようだ。

 そもそも、敵として見てもらえているかどうかさえ怪しい。


 子どもが枝を持っているのと、同じ光景が広がっているのだろうか。

 ついつい剣を持つ手が震えてしまっている。


「人間は数が多いんですね。かなりディストピアの中へ侵入させちゃいました。もしかして、援軍とか来たりしますか?」


「黙れ!」


 渾身のひと振り。

 このヴァンパイアに勝つためには、とにかく先手を取るしかない。

 油断しているであろう今しか、攻撃を当てるチャンスはなかった。


「――チッ」


 しかし――そんな淡い希望もそこまで。

 剣は服を掠らせるだけで終わる。

 あと数センチでも横にズレていたとしたら、ヴァンパイアの血を見ることができたはずだ。


「あの、援軍は――」


「――知るか!」


 ヴァンパイアの言葉を無視しながら、兵士は剣を振り続けた。


 怒りを動力源に変えて。

 全身全霊の攻撃だったが、どれも命中するまでには至らない。

 むしろ、一振りまた一振りとしていくうちに、ヒットから離れてゆく。


 ヴァンパイアの遊びに付き合っているかのような感覚であった。


「援軍は来ないんですか?」


「……フン、好きに想像しろ」


「なるほど、来ないってことですね。それなら、ずっとここにいなくても良さそうです」


 見事に見抜かれてしまった兵士。

 濁そうとする口調が、判断の決め手になったらしい。


(マズイぞ……このままだとかなりマズイ……)


 兵士はゴクリと唾を飲み込む。

 ここで負けてしまえば、このヴァンパイアは後方から仲間たちを殺しに向かうだろう。


 いくら信頼している仲間たちでも、化け物に挟み撃ちにされたら、ひとたまりもないはずである。

 文字通り一網打尽だ。

 つまり、ここで勝負を決めるべきであり、最低でも時間を稼ぐ義務があった。


「……イリスやティセが片付けてくれてますし、そろそろ行ってもいいのかな」


「ま、待て!」


 呟くようにヴァンパイアから出てきた言葉を、兵士が聞き逃すことはない。

 イリスやティセと呼ばれた存在が何なのか――それは分からないが、恐らく他の兵士たちを凶暴化させている元凶であろう。


 その二人に蹂躙されるのも時間の問題だ。


「……まだ何か?」


「敵を易々と見逃すわけがないだろ! 貴様はこの地で死ぬ運命だからな」


「死ぬのは貴方だと思いますけど――あ」


 ヴァンパイアが声を上げるのと共に。

 常軌を逸した倦怠感が、兵士の体に襲いかかる。

 立っているのですらやっとであり、目の前にいるヴァンパイアが分身して見えた。


 まぶたが重い。

 音も聞こえなくなり、膝はいつの間にか地についている。

 薄れゆく意識の中で兵士が最後に見たのは、何故か心配そうにしているヴァンパイアの姿であった。



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