寝坊
「イリスちゃん、起きて。ねぇ、イリスちゃんってば」
「……お姉さま? あと五分……」
「駄目よ。あんまり遅くなると、ロゼが怒っちゃうから」
ティセは木製の窓を開けて、外の光を部屋に入れる。
その光はイリスの寝顔を照らし、夢の世界から現実の世界に引き戻した。
今日は人間たちが攻めてくる予定の日であり、確実に忙しくなるはずだ。
間違っても寝坊することなどできない。
「よし。偉いわね、イリスちゃん」
「うん……おはよう、お姉さま」
眠そうな目を擦りながら、イリスはムクリと起き上がる。
ティセではなくロゼが起こすのであったら、恐らくあと五分は粘られていたであろう。
ピンと跳ねた金髪の寝癖を直しつつ、ベッドからペタリと足を下ろした。
「ん。《妖精使役》」
イリスのスカートの中から、妖精たちが次々に溢れ出す。
やるべきことはもう分かっているようだ。
ヒラヒラと入口に向かって飛んで行く様子を、イリスは半開きの目で見送っていた。
「やっぱり眠い?」
「少しだけ。でも、そろそろ目が覚めてきそう……」
「まったく、夜遅くまで起きてるからよ。運んであげるから……ほら」
いつまでも、ここにいるわけにはいかない。
まだ目が覚めきらないイリスを、ティセはおんぶする形で持ち上げる。
何度も繰り返してきた行為であるため、何も言うことなくイリスはティセに体を預けた。
「イリスちゃん、少し重くなった?」
「……お姉さま。それ以上言ったらイリス怒っちゃう」
「アハハ」
何か思い当たる節があるのか。
イリスは、ティセの腕に負担をかけるようにして体の重心を動かす。
しかしその程度の抵抗では、ティセの鼻を明かすまでには至らなかった。
「お姉さま。イリスが言うのも何だけど、もうちょっと急がなくてもいいの? 敵は来てるっぽい」
「大丈夫らしいわよ。ロゼが頑張ってるみたいだし、妖精と精霊も向かわせたし」
「……そうなんだ。それなら良かった」
安心したように、顎をティセの肩に乗せるイリス。
追加で妖精を向かわせることも可能だが、この様子だとその必要もなさそうだ。
先程イリスが放った妖精は〈狂乱〉の効果を含んでいた。
完全耐性を持っていない人間であれば、この妖精を取り込んでしまった瞬間に、敵味方関係なく殺戮を行うことになる。
今頃入口付近では、血で血を洗う同士討ちが行われているはずだ。
「……あれ? 妖精が一匹死んじゃった。何人か手練がいるみたい」
「そればっかりは仕方ないわね。リヒトさんたち、無事だったら良いんだけど……」
「やっぱり急いだ方が良いかも。お姉さま、下りる」
おんぶされている状態から、イリスはスタリと地に足をつけた。
リヒトやフェイリスを信用していないわけではないが、少しだけ嫌な予感がする。
《妖精使役》は、妖精との距離が遠くなるほど精密性が欠けてくるため、今はただ近付いて行くしかない。
眠気はもう完全に消え去っていた。
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