ラトタ国
「リヒト。人間界に行ってみんか?」
「ア、アリア? 今、なんて言ったんだ?」
アリアの口から出てきたのは、ついつい聞き返してしまうような言葉だった。
人間界という単語は、今のリヒトの心臓に悪い。
嫌な汗がリヒトの頬を伝う。
「じゃから、人間界に面白い場所があると言っておるのじゃ」
「面白い場所って言われても……あの国はなぁ……」
「……? あぁ、心配せんでも良い。ラトタ国っていう国じゃから、お主と関係は別にないじゃろう」
ラトタ国。
記憶の片隅に存在していたその国の印象は、不気味という一言だった。
何度かラトタ国の冒険者に関わろうとチャレンジしたことがあるが、その全てが失敗に終わっている。
冒険者の質が高いという噂も、結局確かめることが出来ずに終わってしまった。
リヒトが知っているのはこれだけで、全くと言っていいほど情報がない。
普通の国ではないということだけは確かだ。
「ラトタ国がどうしたんだ……? アリアが興味を持つなんて、相当なことだと思うけど」
「いやぁ、儂も未だに信じられんのじゃ。一応聞いておくが、ラトタ国って人間の国じゃよな?」
「そう……だと思う」
「自信なさげじゃな」
人間の国である――とまでは言い切れなかった。
アリアの口調から、何かがあるというのは分かっている。
内戦でも起きているのか、魔物にでも支配されているのか。
考えていてもキリがない。
「もしかして、ラトタ国の国民は全員が魔物って言うんじゃないだろうな?」
「惜しいのじゃ」
「惜しいのか!?」
さらに考えがまとまらなくなる。
冗談のつもりで言った答えだったが、この反応は予想外だ。
魔物が関係しているのは間違いではないらしい。
「ラトタ国の国民は普通に人間なのじゃ。問題はその国王じゃな」
つまり――と、アリアは人差し指を立てる。
「ラトタ国の国王は魔族だったのじゃ」
「……え?」
すぐには、リヒトの理解が追いつかない。
ラトタ国を統治している者が魔族である――確かにアリアはそう言った。
「一応聞いておくけど、魔族が力で支配しているってわけじゃないんだよな……?」
「違うようじゃぞ。人間に擬態して普通に暮らしておる。儂も初めて見た時には驚いたのじゃ」
驚いたのはリヒトも同じである。
ラトタ国の国民が魔物であったというよりも、衝撃が大きいかもしれない。
それほどまでに、信じられない情報だった。
魔族と人間との間には、どうしても感性の違いというものが存在する。
魔族が国王となったあかつきには、確実に問題が発生するはずだ。
国が崩壊してもおかしくないだろう。
「魔族が人間に適応してるってことだよな……」
「じゃから気になっておるのじゃ。ただの魔族ではない――というのは確かじゃがな」
アリアの話を聞いていると、リヒトの心はラトタ国のことしか考えられなくなっていた。
これから関わらないであろうと考えていた人間界だが、まだまだ逃れられる運命ではないようだ。
「儂も一緒に行ってやるから安心せい。ほれ、行くぞ」
「え? い、今から!?」
「――離すでないぞ!」
リヒトの手を強く握りながら、アリアは窓から飛び立つ。
最初から答えを聞く気はなかったらしい。
リヒトが空を飛ぶのは、これで二回目の経験だった。
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