祝勝会
「リヒトさん! お魚の方お持ちしました!」
「ありがとうございま――」
「リヒトさん、こっちの人手も足りてないなの」
「わ、分かった」
今宵のリヒトは大忙しだ。
東の魔王祝勝会は、魔王軍の復活祭も含めているため、かなり大掛かりなものとなっている。
リーファという助っ人はいるものの、焼け石に水の状態だった。
魔王軍総動員で準備を行っているのにも関わらず、作業は半分も終わっていない。
「あ、リヒトさん、私も手伝いましょうか?」
「うーんと……それは嬉しいけど、そっちの仕事も大変だろうから――」
「――キャア!?」
息をする暇もないこの状況で、奥の方から皿が割れるような音が聞こえてくる。
この声からして、犯人は恐らくロゼだろう。
またもや空回りしてしまっているようだ。
慣れていない作業というのもあるが、これでもう五枚目であった。
「……ということで、行ってきます」
「が、頑張ってください……」
リーファに見送られながら、リヒトはロゼの様子を見るために近付く。
当然、そこには予想通りの光景が広がっていた。
「ロゼ、大丈夫か?」
「リ、リヒトさん! すみません……また割っちゃいました……」
申し訳なさそうに下を向くロゼ。
このままだと、仕事は増えていく一方であろう。
明らかに向いていない作業であったが、そんなことを言っていられるような余裕はない。
リヒトは、一緒に割れた皿の破片を片付け始めた。
「今日はとっても忙しいですね……今までの作業で、忙しいなんて言ってた私が恥ずかしいです」
「いや、ロゼの仕事量は異常だったぞ……」
「そんな無理に褒めてくださらなくてもいいのに……フフ」
ロゼは照れるように笑う。
どうやら、自分の労働量を理解していないらしい。
不自然なほどに、ロゼへと仕事が回される理由が、分かったような気がした。
「……とにかく仕事を終わらせよう。あんまり待たせると、アリアが怒り出すかもしれないから」
「そ、そうですね。こんなことで時間を消費しているわけにはいきませんし」
他愛のない会話を終わらせて、リヒトは破片を全て回収する。
他の作業班に比べて明らかな遅れだ。
ここからは、かなりスピードアップしていかないといけない。
「よし。何とか巻き返すぞ、ロゼ」
「はい、リヒトさん!」
そこには、謎の結束力があった。
************
「お姉さま、ちょっと疲れた」
「あら……もう少しよ、イリスちゃん。頑張って」
「……うん、頑張る」
果実の準備を任されているイリスとティセ。
慣れたような手つきで、硬い皮の処理を行っている。
この作業をできる者は、ハイエルフである二人しか存在しなかった。
かつてリヒトが挑戦したものの、全く歯が立たなかったという結果しか残っていない。
「何でか分からないけど、魔王様はこのレクナの実が好きなのよね。もうちょっと高価な実だってあるのに」
「好みは人それぞれ。レクナの実は沢山あるし、好都合かも」
「それはそうなんだけど」
イリスとティセが準備しているのは、レクナの実という果実だ。
驚くほど硬い果皮で包まれており、変に傷を付けてしまうと、実の甘みが消え去ってしまう。
かなり技術が求められる食材であった。
そして、この果実はアリアの大好物である。
放っておくと、絶滅させる勢いで食べ尽くすことになるだろう。
特に中毒性は無いはずだが、魔王にだけは効果があるのかもしれない。
「お姉さま、見て見て。レクナの実、魔王様仕様」
「あら、大きすぎないかしら……魔王様なら一口で食べれそうだけど」
イリスが持っていたのは、大きく育ったレクナの実だ。
普通なら細かく切り分けるのだが、その作業に飽きてしまったらしく、特別仕様という言い訳で何とか乗り切っている。
形だけならアリアのためとなっているので、ティセも注意しにくい。
「そうだ、リヒトさんに見せてくる」
「コラコラ。それはサボる気でしょ、イリスちゃん」
「えへへ」
トテトテと逃げ出そうとしたイリスを、ティセはしっかりと捕まえた。
やはり悪知恵が働いていたようだ。リヒトなら簡単に騙せたとしても、姉であるティセを騙すことはできない。
「あんまりゆっくりしてる時間ないんだし、ちゃんとしないとね?」
「ごめんなさい……」
めっ――と叱られるイリス。
ティセを怒らせた時の恐ろしさは、アリアにも匹敵する。
これ以上怒らせないためにも、イリスは素直に謝った。
「それじゃあ、私たちも急ぎましょ。リヒトさんとロゼはもう終わってるはすだから」
「はーい」
こうして。
二人は作業へと戻ることになる。
この時点で、ロゼとリヒトには追いついていた。
************
「まったく……遅いよー、リヒト」
少し遅れて祝勝会に参加するリヒト、そしてロゼ。
もう既に祝勝会は始まっており、アリアによって半分の食器が平らげられている。
その中でドロシーは、リヒトとロゼの到着を待っていたらしい。
文句を言いながら、やっとフォークを手に取った。
「ごめんごめん、皿の掃除してた」
「――はうっ!」
遅れた言い訳として、リヒトは正直に真実を伝えるが、ロゼには耳が痛い言葉のようだ。
隣でなぜかダメージを受けている。
「何だか良く分からないけど、大変だったみたいだね。お疲れ様――色んな意味で」
「ありがとう。今回はめちゃくちゃ疲れたよ……」
「みたいだね。ボクは中には入らなかったけど、悲鳴とかが聞こえてきて凄かった」
「死闘だったからな……」
リヒトは、魔王城の中で蔓延っていた死霊を思い出す。
フェイリスとリヒトが、ドーバとしか鉢合わせなかったのは、ドロシーの死霊による影響が大きいだろう。
「まぁ、勝てて良かったね。負けるとは思ってなかったけど、あそこまで苦戦するとも思ってなかったよ」
「そうだ、ロゼ。東の魔王ってどれくらい強かったんだ?」
「……えっと。動きを読まれてるので、私の攻撃は当たらなくて、魔王の攻撃は当たる感じです」
「それはキツいな……」
リヒトやドロシーが知らないところで、ロゼはとてつもない強敵と戦っていた。
そして、この強敵に勝利したアリアはどれほど強いのか。
実際にアリアの戦いを見たことがない二人では、想像することすらできない。
「ねぇ、リヒト。東の魔王がいるんだから、西の魔王とかもいるのかな?」
「……かつての勇者が封印した――っていう伝説は残ってるよ。嘘か本当かは分からないけど」
「もし戦うってなったら、魔王さんの戦闘を近くで見てみたいなぁ。リヒトが模擬戦みたいなのを申し込んでくれたら、すぐに済む話なんだけど――」
「絶対にしないからな」
リヒトは、ドロシーの願いを食い気味に断る。
確かにアリアの戦闘には興味があったが、体験するとなったら話は別だ。
何をされているのか分からないうちに殺されてしまうであろう。
「――おーい、リヒト。お主もこっちで飲まんかー?」
「……戦わないからな?」
「ちぇっ」
タイミング良くアリアに誘われたリヒト。
期待するような視線をドロシーは向けていたが、しっかりと釘を刺しておいた。
この後。
悪酔いしたアリアに絡まれるのは、別のお話。
詰め込んだ(*´・ω・`)=3
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