変貌
「なるほど、まだ諦めていないのか。やはりアタリだったようだ」
そう呟いて、ガルガは嬉しそうに立ちはだかった。
これまでの相手は、ガルガの能力を知ると、ほとんどが絶望したように諦める。
ロゼのように、勝利を模索するタイプは初めてだ。
戦闘を求めるガルガにとって、これほど良い相手はいないだろう。
「それでどうする? お前の考えている通り、魔王の到着を待つのが一番いいと思うぞ」
「――くっ! 静かにしてください!」
またもや言い当てられてしまった心の中。
ロゼは顔を赤くしながら手を伸ばし続ける。
心を読まれたことよりも、アリアに頼ろうとしていた自分が恥ずかしかった。
全く当たらない攻撃も相まって、怒りの感情がドンドンと積もってくる。
「――キャッ!?」
最後の一撃を躱したところで、動きを完全に見切っているガルガは、足をかけるようにしてロゼを転ばせた。
冷静さを失っている今では、まるで子どものように尻もちをつく。
普段の高貴な見た目とは、真逆とも言えるほど無様な姿である。
「いい加減にしたらどうだ? 貴様が本気じゃないのは分かってる。弱者をいたぶるのは趣味じゃないんでな」
「……そうですか」
地面に腰をつけているロゼを見下ろしながら。
ガルガは呆れを隠すように問いかけた。
こればかりは心を読まれたというわけではない。
数多の戦闘経験から、ロゼの不自然な動きを感じ取ったようだ。
「余計なお世話です――ウッ!?」
ガルガの言葉を無視して、ゆっくり立ち上がろうとするロゼ。
そのロゼのみぞおちに、ガルガのつま先が深く突き刺さった。
呼吸が止まり、得体の知れない気持ち悪さがこみ上げてくる。
今すぐにでも、苦しみでのたうち回りたい。
反撃をすることはおろか、吐くのを我慢するだけでやっとだ。
「本気を出さないのなら、そのまま死ぬぞ。つまらん理由で失望させてくれるなよ?」
「…………分かりました」
お腹の辺りを押さえながら、何とかロゼは立ち上がる。
何もかも見抜かれているこの状態では、力を隠す意味もない。
近くにディストピアの仲間もいないため、本来の姿になる決断を済ますことができた。
「これは……楽しめそうだ……」
ガルガは息を飲む。
あまりの変貌に、動揺してしまったとすら言えた。
二足歩行は四足歩行へと変わり、口元は限界まで裂けて牙が剥き出しである。
先ほどまでの高貴な少女は、もうどこにもいない。
完全な魔物がそこにいた。
「――ガァ!」
脅威のバネで襲いかかるロゼ。
これまでなら、心を読むことで攻撃のパターンを知ることができた。
しかし、今の状態では何も見ることができない。
野生の本能で行動しているのだろう。
考える知能すらない魔物を相手にしているかのような感覚だ。
「チッ!」
ガルガは、瞬時にロゼの首を掴む。
鋭いツメが腕の肉を抉るが、気にしている場合ではない。
血を吸われてしまった時点で、ガルガの負けを意味していた。
接近戦に持ち込まれてしまった以上、多少のダメージは覚悟している。
この戦い――噛まれること以外はかすり傷だ。
「――ヴァァッ! ギャルルッ!」
牙の隙間からポタポタと唾液を落としながら、鬼のような形相でガルガを睨む。
魔王を一瞬でも怯ませてしまうような迫力。
ガルガの心には、形容できない満足感が湧き上がっていた。
「離れろ!」
腕に走る痛みに耐え、投擲の要領でロゼを投げ飛ばす。
少女の体ということ自体は変わっていないため、まるで羽毛のように軽い。
壁に大きなヒビを作り、ロゼは血を吐いて倒れた。
「オオカミだな、まるで……」
ガルガは自分の腕に残っている傷を見る。
興奮状態により気付かなかったが、半分の肉が抉れてしまっていた。
骨まで見えてしまいそうな傷跡だ。
「グルル……」
早々と復活するロゼ。
ガルガは能力で心を読むも、そこからは恨みの感情しか読み取れない。
この腕のダメージでは、先ほどのように受け止めることはできないだろう。
ロゼが到着するまでの数秒間で、ガルガは覚悟を決める。
「〈鬼滅両断〉!」
ガルガの一刀。
血で染まっているロゼの右腕を、虫でも払うかのように跳ね飛ばした。
その右腕は、二人分の血を撒き散らしながら宙を舞う。
これで怯むかと思われたが――そうは問屋が卸さない。
「――!」
跳ね飛ばされた右腕には目もくれず。
ガルガの首元を狙って、ロゼは抱き着くように襲いかかる。
心を読むことができるガルガ。
想定外の動きをされたのは、これが初めての経験だ。
抵抗する暇すら与えられず、馬乗りになる形で押し倒された。
「ガルァ!」
ロゼは、野生らしくシンプルな攻撃を繰り返す。
しかし、それで首を取れるほど甘いガルガではない。
ツメでの攻撃を器用に弾き、ダメージを免れている。
そこで、違和感がガルガの左腕に走った。
その違和感の正体は――ロゼの牙だ。
「――チッ!」
咄嗟の判断で、ガルガは左腕を切り落とす。
あと少し遅れていれば、血を吸われて眷属化していたであろう。
流石にこの行動は、野生でも予想できていなかったようだ。
反射的に腕から口を離してしまう。
そして、その瞬間を見逃すガルガではない。
「〈暗黒撃〉!」
ガルガの拳が、ロゼの牙へとヒットする。
ヴァンパイアの牙と言えど、魔王の拳の前では分が悪い。
命とも言えるその武器は、あまりにも簡単に奪われてしまった。
「終わりのようだな」
武器を失ってしまったロゼに、もう勝ち目は残っていない。
噛み付いたとしても、血が吸えなければ眷属化させることも不可能だ。
お互いに片腕を失うほど激しい闘争。
血で血を洗う戦いの終わりを告げていた。
「トドメだ」
ガルガの右腕がロゼの胸を貫く。
生命力の高いヴァンパイアを殺すには、心臓を破壊するのが一番手っ取り早い。
この一撃で、ロゼはピクリとも動かなくなる。
「ふぅ……なかなか厄介だった――」
「――おい、楽しそうじゃな」
勝利の余韻に浸ろうとしたところで。
背後から、怒りを含んだような声が聞こえてきた。
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