ラストコール
「お姉さま。なんだか敵が多い気がする」
「そうね、イリスちゃん。私もビックリしちゃった」
そこには、姉妹らしきエルフが二人。
この二人も、アルシェと同じように他のエルフとは全く違ったオーラを放っている。
明らかに只者ではない。
エルフの国にこれほどの実力者は確認していなかったはずだが……調査ミスがあったようだ。
そしてその調査ミスは、致命傷と言わざるを得ないほど大きな影響を与えるだろう。
「あ、お姉さま。大変なことになってる」
「……これはマズそうね、イリスちゃん」
二人は血で汚れたアルシェを確認すると。
一歩ずつシフィルへと近付いてくる。
何も迷いのない足取り。
敵として認識されているかも怪しい。
一体この二人は何者なのか。
シフィルは満を持して口を開いた。
「それ以上動くな! 僕の魔獣たちを倒したのはお前たちか!」
「そうだよ。邪魔だったから」
「……お前たちは何者だ!」
「私たちはまた別の魔王軍です。南の魔王軍さん」
「――っ!? なるほどにゃ。わざわざ来てくれるなんてね」
シフィルは納得するように頷く。
イリスとティセのことをエルフの国の住人だと思っていたが、それはどうやら大きな間違いだったらしい。
二人とも自分たちが戦おうとしている魔王軍。
それならば魔獣を一瞬で蹂躙する強さにも納得だ。
ここでシフィルに与えられた選択肢は二つ。
今すぐに戦いを始めるか、それとも一旦退いて態勢を整えるか。
……この状況でみすみすと退かせてもらえるとは思えない。
そうなると、答えは一つだけしかなかった。
「ファーストコール」
「?」
シフィルは一言呟く。
三人にも聞こえる声の大きさ。
まだシフィルが何をしようとしているのか分からない。
しかし、何か遠くから大きな足音が聞こえた。
「セカンドコール」
「イリスさん! ティセさん! 周りを警戒してください!」
二言目。
遂にここでアルシェは口を開く。
それはイリスとティセに警戒するよう伝えるもの。
異常に発達しているアルシェの耳は、周りで起こっている異変にいち早く気付いた。
「ラストコール」
「……お姉さま。足音がすごい」
「そうね、イリスちゃん……」
シフィルが全てを終えたところで。
ようやくイリスとティセも今起こっていることに気付く。
これでも十分に早く察知した方なのだが、それでも対抗するには時間が足りない。
あっという間の出来事だった。
「……はは。もう終わりだよ」
「なるほど、テイマーだったんですね」
「今さら気付いても無理かにゃ。ここら一帯の魔獣がやって来るよ」
かなり疲弊しながらもシフィルは笑みを見せる。
これは勝利を確信してのものだ。
三回に渡るコールによって、数十キロ圏内の魔獣全てに命令をした。
もちろんその中には弱い魔獣まで含まれているが、圧倒的な数で押し切れないわけがない。
そうこうしている間にも、魔獣たちの進撃は進んでいる。
まずは一匹目。
「いけ! 食い殺せ!」
シフィルの言葉に反応して、早速現れた大きな牙を持つ魔獣がイリスとティセに飛びつく。
「《妖精使役》」
それに対応したのはイリス。
ティセとアルシェを庇うよう前に立ち、妖精を瞬時に出現させた。
知能の低い魔獣は、妖精を見ても止まろうとしない。
イリスからしてみれば、こういうタイプが一番やりやすい相手だ。
魔獣は何も考えず妖精に触れ、泡を吹きながら倒れる。
「チッ、役立たずが……全員でいけ!」
「ガアアアアアアァァァ!!」
それを目の当たりにしても、シフィルが呼び寄せた魔獣は関係なしに突っ込んでくる。
普通の魔獣なら多少なりとも躊躇するはずなのだが、この魔獣たちにそのような様子はなかった。
それほどシフィルのテイムが強力なものなのか。
これに関しては、流石は南の魔王軍と言わざるを得ない。
「お姉さま、来るよ」
「分かってるわ。《精霊使役》」
ティセの精霊によって、魔獣たちの動きが止まる。
やはり魔獣の強さに問題はなかった。
耐性も特に持っておらず、殺し損ねる方が難しいくらいだ。
……しかし、それを補うかのような量。
本当にここら一帯の魔獣を呼び寄せているらしい。
陸、海、空。
馬鹿げた数の魔獣がこの地になだれ込んでくる。
「イリスちゃん、耐え切れると思う……?」
「分からない。でも、頑張るしかない」
「ニャハハ! 無理に決まってるでしょ! 僕の勝ちだよ!」
「アナタが勝つことはありませんね」
「?」
ティセがそう返事すると。
勝ちを確信していたシフィルの体に明らかな異変が生じる。
「――にゃ?」
猛烈な吐き気。
雷に打たれたかのような感覚。
ぼやけていく視界。
そして何よりも、のたうち回りそうな痛み。
「い、いったいにゃにが――」
そこで。
フッとシフィルの意識が途切れる。
喋る余裕すらない。
何をされたのか分からないまま。
シフィルは――二度と目を覚ますことはなかった。
「お姉さま、本体を殺しても意味はないみたい」
「そうね、イリスちゃん。どちらにせよ魔獣の相手は必要みたいだわ」
「イ、イリスさん、ティセさん! まさかもうあの獣人を倒したのですか!?」
アルシェは珍しく驚いた表情をしながら問いかける。
あまりにも決着が呆気なさすぎて、数秒は何が起こったのか把握できなかった。
かなりの強敵だったはずのシフィル。
そんな彼を、まるで迫りくる魔獣のついでかのように倒した。
抵抗する暇も――喋る暇すら与えずに。
いくら大量の魔獣の招集で神経がすり減っていたとしても、信じられないスピードだ。
「そうですよ、お姫様。何かマズかったでしょうか……?」
「い、いえ……そんなことはございません。あまりにも早すぎて驚いてしまいました……」
「なら良かったです――が、まだ戦い自体は終わっていません。魔獣は私たちで何とかしますので、安全な場所に隠れておいてください」
ティセは、ポカンとしているアルシェに指示を出す。
シフィルを倒したことに何も感情を持っていない。
そもそもシフィルを強敵として認識していなかったかのような。
そんな様子だ。
魔王軍に所属している者同士でも、ここまで実力に差があるとは。
……格が違いすぎる
「私も何か手伝えることは――」
「お姫様にそんなことはさせられません。気にせず避難してください」
それに――と、ティセは付け加える。
「ここにいると、魔獣よりもイリスの妖精の方が危険です。万が一がありますから」
ティセの言葉を聞いて、アルシェは悟った。
自分が一緒に戦おうなんて百年早い。
この二人にとって、自分は邪魔者でしかないのだな、と。
アルシェは賢い存在だ。
自分のするべき行動をすぐに理解する。
「……分かりました。この場はお任せいたします。ご武運を」
「ありがとうございます、お姫様」
「ばいばい」
イリスとティセは、魔獣を捌きながらアルシェを見送る。
どちらもアルシェに心配をかけないような笑顔だ。
彼女たちの優しさには感謝しかない。
アルシェは魔獣に対抗する二人を確認しながら、避難しているエルフたちの元へ向かったのだった。




