ミズキとルシエ
「乱暴だなぁ。聞いてた情報と違うんだけど」
ミズキの耳にその声が届くと、一旦攻撃する手を止める。
どこか中性的な声だ。
声の主は屋敷の屋根の上におり、文字通りミズキは見下されていた。
オレンジの髪にアイドルのような服。
可愛さというものを全面にアピールしているような衣装である。
「魔女ミズキ――大魔王アリアと関わりがある存在で間違いないね?」
「それがどうかしたの?」
「なら良かった。二度手間は嫌いだからね」
敵は目の前にいるのがミズキであることを確認すると、安心したような顔を見せる。
やはりアリアの言っていた通り、この敵は自分に用があるらしい。
さっきの口ぶりだと、アリアと関係があることが問題なようだ。
まだまだ情報が足りない段階で、今度はミズキから質問を投げかけた。
「貴女は何者なの? 私に何の用?」
「アタシはルシエ。南の魔王軍の幹部だよ。何の用って言われると難しいけど……君が邪魔になりそうだから先に片付けに来たってところかな」
「片付けに来た?」
「そそ。ガレウス様と大魔王アリアが戦っているところに、君が加勢してくると面倒くさいんだよねー」
ルシエは特に何も隠すことなく、自分の情報を詳細に吐き出す。
それは、ミズキを絶対に殺す自信があるからなのか。
とにかく、自分が舐められているということは完璧に理解できた。
「南の魔王は、魔王アリアに攻撃を仕掛けようとしているのね」
「そうだね」
「周りから狙い始めるのは、魔王にしては姑息すぎる気もするけど」
「口に気を付けなよ。ガレウス様は確実な勝利を求めてるの。ちなみに、君以外の存在にも攻撃を仕掛けてるから」
ミズキが南の魔王を馬鹿にするようなことを言うと、ルシエはヘラヘラとした態度を一変させてミズキを睨む。
その表情からは、明らかに不機嫌そうな気持ちが伝わってきた。
そして、それ以上に気になる情報が一つ。
ミズキ以外の存在にも攻撃を仕掛けている――とのこと。
ルシエが言っているミズキ以外の存在というのは、恐らく魔王アリアに関係している範囲の中での話であろう。
南の魔王軍は、それら全員を排除しようと企んでいるのだ。
これだけでも、アリア討伐の気合が見て取れた。
……同時に、南の魔王ガレウスの狡猾さも。
「南の魔王の噂は、そんな攻撃的なものしか聞かないね。西の魔王にも手を出したんだって?」
「……へぇ、よく知ってるじゃん。なかなか手強い相手だったけど、ガレウス様の敵じゃあなかったよ。結局最後には逃げられちゃったけど」
「フフ。魔王アリアを他の魔王と比べない方がいいよ」
「……ふーん。よっぽど信頼してるんだね。一応寝返る可能性もあるから勧誘してみろって命令されてたけど――聞くまでもないのかな?」
ルシエはやれやれと肩をすくめる。
彼女の言い草だと、ミズキを最初から殺そうとしていたわけではなかったらしい。
あわよくば、ミズキを南の魔王軍に引き抜くことまで考えていたようだ。
「そうね、聞く必要はないわ。貴女たちより魔王アリアの方が強いもの。もちろん、それ以外の理由もあるんだけど」
「それ以外の理由? 強い者に従うこと以外で理由なんてあるの?」
「貴女とは仲良くなれそうにないから」
「……なるほどね。じゃあもういいや」
ルシエは顔を少し引きつらせる。
かなり頭に来ていたようだが、何とか理性で持ちこたえた形だ。
逆にミズキは、言いたいことを言えてスッキリとしたような表情である。
アリアと出会う前のミズキであったら、この勧誘は即座に受け入れていただろう。
しかし。
アリアを知ってしまった後に、裏切るような行為は絶対できない。
たとえここでルシエに殺されたとしても、アリアには忠誠を誓う予定だった。
忠誠を誓い続ける限り、自分はアリアの元で何回でも生き返れるのだから。
「後から土下座しても絶対許さないから」
「貴女も、後から土下座しても絶対許されないだろうね」
「フン!」
ルシエは屋根の上からミズキに手をかざす。
その瞬間に、グラグラと地面が揺れ始めた。
まるで大地が恐怖しているような。
アリアにも匹敵し得るほどの強さだ。
これほどの殺意を向けられたのは、これが初めての経験である。
「――やばっ」
ひび割れる地面――ミズキは咄嗟に魔方陣を出現させる。
魔方陣で押さえつけて蓋をする形だ。
あまり自分の屋敷の前を破壊するわけにはいかない。
それに、ある程度の魔法ならこの魔方陣で吸収できるはず。
そうすると、その魔力は自分のものとして使うこともできた。
「そんなんじゃ甘いよ」
「え――」
ミズキが出現させた魔方陣。
それに地面と同じようなひびが入る。
嫌な予感。
そしてミズキの頬を伝う汗。
このままじゃマズい――ミズキは本能的にそれを理解してジャンプした。
……そこでパリンと魔方陣が割れる。
「《崩壊大地》!」
ミズキが元々いた場所が、噴火するように大きく爆発する。
もしジャンプするのが遅れていたら、その時点で勝敗が決まっていたであろう。
いきなり魔力全開で攻撃を仕掛けてくるとは。
早期決着を目指しているのか。
それとも、自分のスタミナによっぽど自信があるのか。
ルシエの性格だと、後者でも全くおかしくない。
むしろ、自分の実力を過信して無茶な戦法を仕掛けてきそうでもある。
とにかく、この魔法一つでルシエの実力は大体理解できた。
恐らく自分と同程度――もしくは少し上くらいだ。
「よく避けたね。というか、空飛べたんだ」
「魔法を研究してきた時間だけは負けてないからね。そんなに長くは飛べないけど」
「アタシがその魔法を覚えたら、君より何倍も長く飛べるのに」
「センスがいいのは羨ましいよ。つまらなそうだけど」
「……まあ、そんなお遊びの魔法を覚える気はないからいいや」
地に足を付けたらマズいと判断したミズキは、ルシエの攻撃が終わるまで空中でずっとやり過ごす。
空を飛ぶ魔法は魔力消費が桁違いに多いが、自分の身を守るためには仕方がない。
すると。
ルシエも意味がない魔法をずっと放てるほどの余裕はないらしく、意外とあっさり攻撃する手を止めた。
ミズキが得意とするのは、攻撃系の魔法ではなく防御系の魔法だ。
防御系の魔法であれば、様々な種類の魔法を習得している。
ルシエの攻撃に応じて最適な防御魔法を使い分けることも可能。
使い分けの難易度はかなり高いものの、今まで生きてきた経験によってその判断には自信があった。
逆に、ルシエが得意なのは攻撃系の魔法。
あの様子だと、《崩壊大地》以外にも沢山の攻撃魔法を覚えていることが想定できる。
それ故に、どのような攻撃をしてくるのか予想ができない。
ミズキがその場その場で瞬時に判断しなければ、ルシエの強力な魔法で打ち抜かれてしまうだろう。
「――あ。ちなみに、ガレウス様はアタシの何倍も強い魔法を覚えているから。対立したのは愚かだったね」
「……みんな魔女の私より強い魔法を覚えてるんだもん。嫌になるよ」
「ハハハ。ガレウス様に何か一つでも勝とうとすることが間違ってるの」
ミズキを嘲笑うように。
そして自分の主を崇めるように。
ルシエは得意げな顔をする。
自分は生まれてからずっと魔法の研究をしていたというのに、容易く追い抜かれているようでいい気分ではなかった。
「無駄話は終わり。燃え尽きろ! 《煉獄火炎》!」
「《水流壁》」
ルシエの放った炎に対して、ミズキは即座に水で自分の周りを包む。
名前の通り強烈な炎であったが、この壁を貫通することまではできない。
《煉獄火炎》が不発に終わったことを察したルシエは、こちらもまた即座に別の魔法で攻撃を仕掛けた。
「ならこっち! 《白雷電撃》!」
ルシエが選んだのは、ミズキをピンポイントに狙った電撃魔法。
自分の人差し指から放つため、正確にミズキを捉えることができる。
これなら水の壁でも防ぐことはできず、素早いため避けることも難しい。
先ほどのように空を飛べば、その瞬間にルシエの勝利が決まる。
「《避雷魔法》」
そんな中で、ミズキは魔力の玉を遠くに思いっきり放り投げた。
すると。
ルシエの放った電撃も、それに釣られてミズキから大きく逸れたのだ。
まさかこんな魔法まで覚えているとは。
ルシエも聞いたことすらない魔法である。
やはり知識だけはミズキに軍配が上がるであろう。
……しかしそれも知識だけだ。
「なるほどね。そんなマイナー魔法まで覚えてるなんて」
「褒めてくれてありがとう」
「別に褒めてないんだけど」
「ううん。誉め言葉だよ」
「……ふん。もういいや。終わらせる」
ミズキはぴょんとジャンプして屋敷の上に飛び乗る。
普通の魔法で攻撃していては、容易くミズキに対応されてしまうのは分かった。
ならば、ミズキでも対応できないほどの攻撃をすれば良いだけだ。
ここで求められるのは圧倒的な攻撃力。
小手先の技術などをぶっ壊せるほどの力があれば、ミズキも本来の魔力で対応するしかない。
ちょうどルシエの一番自信がある魔法と同じ形である。
「君のやり口は大体分かったよ。あと君の弱点も」
「弱点?」
「そう。こういう魔法には対応できないよね?」
そういってルシエは作り出したのは、これまでとは桁違いの魔力が込められている玉。
もう魔力を温存している様子はない。
もはやルシエの中にある全ての魔力を込めているのではないかとさえ思えた。
これがルシエの導き出したミズキ対策なのか。
悔しいが、その読みは見事に的中している。
「《暗黒地獄玉》!」
その魔力が詰まった弾は、ゆっくりと――しかし確実にミズキへと向かってくる。
段々とそのスピードは速くなり、逃げることは恐らく不可能だ。
きっと身を隠しても永久的にミズキを追跡してくるだろう。
それに、今までのように魔法の相性で打ち消すことも難しい。
炎魔法には水魔法で有利に対応することができるが、この《暗黒地獄玉》はそれにしっかりと対応していた。
(マズい、このままだと……)
この玉には、ルシエの使える様々な属性が混ぜられている。
炎、水、雷、氷などなど。
どれかに相性の良い防御魔法を繰り出しても、防げるのは数ある中の一つだけだ。
つまり。
これに対応するには、同程度の威力を持つ攻撃魔法を放ち――そして競り合いに勝利するしかない。
もし競り合いに勝利できれば、《暗黒地獄玉》を掻き消すことができるはずである。
しかしできなければ……考えたくもない。
「クソッ! 《閃光魔力砲》!」
ミズキが覚えている中で、最も威力の強い魔法。
使うと一週間は魔法を使えなくなるため、再度使うのは数百年ぶりだ。
屋敷の中から飛んできた杖をキャッチし、それを地面に思い切り突き立てる。
すると、その杖は地に根を張り、一つの砲台と化した。
そして、全ての魔力が埋め込まれている宝石の部分に溜まる。
これで準備は完了――文字通り自分の魔力は全てこの杖に移した。
今は立っているだけでもやっとの状態だ。
あとはルシエ目掛けて放つだけ。
ミズキは最後の気合を入れる。
「イグニッション!」
その掛け声と同時に。
《閃光魔力砲》はフルパワーで放たれた。
今の自分に出せる最大の火力。
それは《暗黒地獄玉》と正面からぶつかることになる。
「ググッ……!」
「……やるじゃん」
震える空気。
揺れる大地。
目を開けていられないほどの光。
たった二つの魔法がぶつかっただけで、凄まじい衝撃が訪れる。
ミズキの体も飛ばされそうになったものの、何とか杖にしがみついて耐えていた。
「でも無駄だよ」
余裕そうなルシエの笑み。
それは、ミズキの表情とは対照的なものだ。
どうしてこのような態度でいられるのか。
その理由は、目の前の現状が物語っている。
「嘘……」
ミズキがフルパワーで放った《閃光魔力砲》を、ルシエの《暗黒地獄玉》が吸収しているのだ。
相当のパワー差がないと、こんなことはありえない。
一度吸収され始めると、もう逆転する可能性もゼロ。
まさかここまで差が開いていたとは。
目の前でどんどん《暗黒地獄玉》は大きくなっていく。
「残念。とっととこっち側に寝返っておくべきだったね」
「……」
ルシエの言葉に、ミズキが言い返すことはない。
それは後悔しているというわけではなく、これからの自分を考えているからだ。
ミズキの敗北はもう確定している。
問題なのは、リヒトによって本当に生き返ることができるのか。
何かアリアに向けてメッセージを残しておくべきなのか。
わざわざ手紙が来たということは、アリアもミズキが襲われているという事実を認識しているだろう。
忘れられていない限り、きっと助かるはずである。
ならばもう不安に思うことはない。
痛いのは嫌だなぁ――というくらいだ。
なんて。
そんなことを考えていた時。
「――え?」
崩れ落ちたのはルシエの方だった。
口から血を吐き、赤く染まった胸のあたりを押さえている。
それは、ルシエ本人も何が起こったのか分かっていない様子だ。
当然ミズキにも何が起こったのか分からない。
とにかく、ルシエが何かに貫かれたという事実だけが残っていた。
「なに……これ」
溢れ出てくる血。
ルシエの呼吸が苦しくなる。
これ以上ないほどの致命傷だ。
一体どこから攻撃されたというのか。
この周りには誰もいなかったはず。
ミズキの仲間が来るには早すぎる時間帯でもある。
「――っう!?」
二発目。
混乱中のルシエに、再び謎の攻撃が命中する。
これによってミズキにもようやく確認できた。
ルシエを貫いたのは誰かが放った魔法。
それも、かなりの遠距離からのものだ。
魔法は威力が高くなればなるほど、命中させる難易度が上がっていく。
ルシエに致命傷を与えるくらいの魔法なら、それは暴れ馬を操るほどのコントロールが必要だろう。
それに加えてこの遠距離。
……一言で言えば化け物レベルである。
「そ、そんな……」
三発目。
最後――見せつけるように《暗黒地獄玉》が掻き消された。
目の前でそれを見せつけられたルシエは、絶望と激痛で顔を酷く歪めている。
ミズキの心にも、一瞬だけ可哀想という感情が生まれるほど。
恐らく、もうルシエの息は長くないであろう。
魔力も全部使い切ったはずだ。
ただ死を待つだけのルシエに、ミズキは回復したばかりの僅かな魔力で《睡眠》の魔法をかけた。
そして。
ルシエはもう二度と目覚めることのない眠りにつく。
「…………はァ」
ようやくつけるため息。
ミズキは杖にもたれかかるようにして地に膝を付ける。
百年は味わったことのない疲労感。
もう何もしたくない。
自分の運の悪さを憎む気持ちと、とりあえず勝利した安堵の気持ち。
その両方が心の中にあった。
「……一体誰の魔法だったんだろう」
いてて――と。
ミズキは心を落ち着けると、ルシエの死体を眺めながらそれを口にする。
その死体には、綺麗な穴がぽっかりと開いていた。
的確に急所を狙っており、これだけでも容赦のない性格だと分かる。
今の段階で分かるのは、その存在が只者ではないということだけ。
このタイミングでこんなことをできる存在は限られている――が。
「あ」
そこで。
ミズキの前に一体の死霊が現れる。
「これって……もしかしてドロシーの死霊?」
そうミズキが問いかけたところで、死霊が反応をすることはない。
聞こえてはいるのだろうが、答えるすべがないといったところだろうか。
ミズキもその様子を察して、それ以上何かを聞くことはしなかった。
対して肝心の死霊は、まるでやることが決められた機械のように、持っていた何かをミズキの前に落とした。
その行動に感情というものはない。
そして、役割を終えた死霊は段々と透明になっていき……消える。
ミズキはその光景をボーっと見ていたが、数秒後に我に返って死霊の落とし物を拾った。
死霊が落としていったもの。
「え!? これって……」
それは、魔力回復用のポーションだ。
しかし、ただのポーションとはわけが違う。
ミズキが久しぶりに驚きのリアクションをした理由は、そのポーションの価値にあった。
このポーションたった一つだけで、ミズキの魔力全てが復活してしまうほどの代物。
通常のポーションは回復できる魔力の量が決まっている。
ただ、このポーションはそんなことなど関係なく、自分の器の最大まで魔力を回復させることができた。
人間界でこのポーションを手に入れるなら、国でも丸ごと売らない限り手に入ることはないだろう。
それほど価値のあるものを、このようにポンと届けられるなんて、正気の沙汰とは思えない。
まさかとは思っていたが、ミズキの予想は間違っていないようだ。
「……敵わないなぁ」
予想が確信に変わった。
このポーションの元々の持ち主。
そして、ルシエを強力な魔法で葬った人物。
それこそ、自分の主である大魔王アリアだった。




