モブ女子、お酒は20歳になってから!
今回もお読み頂き、ありがとうございます!!
本家悪役令嬢の悪役も書いて見たかったかなと、少し思ってしまいました。
エリザベスとダンスを踊りながら、視界にはあの2人の踊る姿がちらつく。
「・・・・・ッ!!」
「ほら、やっぱり気になってるんじゃありませんの?」
「あぁ、気になるさ」
エリザベスとはお互いにダンスのステップは全て体に染み付いている為、考えことをしていてもよそ見をしようとも体は勝手に動く。
「それでは、認めますのね?」
「あぁ・・・だが、お前はそれでいいのか?」
「わたくしは、どんな環境でも自分で決めた道を行くだけですわ」
「エリザベス」
こんな風にエリザベスと目をしっかり合わせながら真剣な話をするのは、もしかしたら初めてかもしれない。
彼女のまっすぐな強さや、公の為に自分の感情を律することができるその誇り高い美しさを、俺はこれまで何も見えていなかった。
「・・・・・ありが、とう」
「いやだわ。まさかあなたにお礼を言われる日が来るなんて、明日は槍でも降るのかしらね?」
もう、婚約者として彼女と知り合ってから何年も経つというのにーーーーーーー。
大広間にいるほとんど全ての者を魅了してやまない、美しい彼女の持つ真なる賢さや意志の強さ、そして優しさを俺はようやく少し知れた気がした。
許せない!許せない!許せませんわッ!!
あの庶民の女、無理やりジークフリート様にエスコートをさせてばかりか、ファーストダンスの相手まで強要するなんて!!
絶対に許しませんわッ!!!
ギリッ!!!!
口に加えたハンカチを、引き千切れんばかりにギリギリと噛み締める。
心に湧いた怒りと憎しみを全て込めて、あの人と踊るあの女に向けて全力で睨みつけてやったわ!!
そしたら目があったのに、あの女は白々しくも涙を流して、ジークフリート様に同情をひいたのだ!!
なんて女なのっ!!!
あんな女は絶対にジークフリート様にふさわしくない!!
やっぱり女性として認められるのは、先ほど見事なダンスで社交界の者達の心を奪ったエリザベート様だろう。
あれぐらい美人で知的で品もあり、王子を幼き頃より慕って婚約者としても一途に思い続ける、芯の強さと美しさを持つ完璧な淑女の彼女ぐらいのレベルでなければ、ジークフリート様には釣り合わない!!
あんなろくにダンスも踊れない、泣いて男の同情を引くしか出来ないような低俗な娘をこれ以上ジークフリート様に近づけてなるものですか!!
あ、ほら、見てくださいまし!!
さすがのジークフリート様もダンスは最初だけで、2回目からは別の女性と踊り始めましたわ!
きっとあの女はジークフリート様にその本性がバレて冷たくおい返されたのよ!
だって表情が暗いし、目には涙が浮かんでるわ!
それに、自分からジークフリート様のいるダンスホールの場から離れて、飲み物や食事のテーブルへと向かっている。
そうよ、今が絶好のチャンスじゃない!!
そもそも庶民がこの場に入ることこそが全ての間違いで、王様からの格別な配慮な大きな勘違いをしていた愚かな女なのだ。
「ルネッタ、リンダ、行きますわよ!!」
「は、はい!マーガレット様!!」
「アレの準備もできてます!!」
待ってなさい、庶民の女!!
わたくしがあなたのような低俗な女は、あの方の前からは一掃してやるんだからっ!!
マーガレットは取り巻き2人を連れて、大広間の端で食事をつまむ『庶民の女』の元に全身を怒りで沸騰させながらそれでも見た目は優雅で軽やかな足取りでまっすぐに向かう。
「ちょっと、そこのあなた!!!」
「へ?」
わたくしの声に振り向いたその女は、今まさにパーティーで用意された料理をくちいっぱいに頬張っているところだった。
な、な、なんて下品なのっ?!
淑女たるもの、食事をする時すらも品良くと厳しく幼い頃から躾けられたマーガレットからすれば、今目の前にいる姿は本能のままに食べ物を貪る野蛮なモノにしか映らない。
「なんでこんな所に、あなたみたいな低俗な庶民が紛れているのかしら?」
「そうよ、庶民なら城下の祭りに行けばよろしいじゃない!」
「まぁ、なんて品のない食べ方ですのっ!?」
「・・・・・・は、はぁ」
わたくしが口を開いたと同時に、ルネッタとリンダも彼女への攻撃を始める。
「それに、そのドレス!!確かにモノは大変よろしいようですが、それを身に付ける方が低レベルでは、せっかくの高貴なドレスも台無しですわね!!」
「そうですわ!たとえどれだけ着飾ろうとも庶民は庶民!育ちの悪さが隠しきれずに滲み出ておりますわ!」
「・・・・・・・」
わたくし達の言葉に、庶民の女はポカンと間抜けな顔で返す言葉もなく見つめ返してくる。
本当のことを言われて、衝撃を受けているのでしょうがもう遅いですわ!
思い上がったその行動に後悔して、誰よりも惨めな顔で泣きながらこの場を出て行けばいいのよ!!
「・・・・・そうですよね」
庶民の女が、ようやく口の中の料理を飲み込んだようで声を出す。
その声は震えていた。
そしてーーーーーーー。
「そうなんですよ!!それが正しい反応なんです!!よくぞ言ってくれました、ありがとう!!」
「・・・・・・は?」
ガシッ!!っと、庶民の女がわたくしの手をその両手でしっかりと握りこむ。
「いや〜〜もう、ずっとモブなのにそうじゃない扱いをされ続けたもんだから、体が緊張で全身こっちゃって!!」
ニッコリと、庶民の女は眩しい笑顔を見せた。
「ーーーーーー」
「ちょ、ちょっとあなた、マーガレット様になんてことを!!」
「その汚らしい手を今すぐに離しなさい!!」
「・・・・そ、そうですわ!!このわたくしに低俗な庶民が気安く触らないでちょうだい!!」
バシッ!!とその手を強めに払って放したというのに、目の前の女は『これがつんでれのつんか!』とかいうわけのわからないことを言いながら、ニコニコ笑っている。
「この方を誰だと思ってるんですの?!あのグラッツィア家に次ぐ権力を持つリッカルド家の1人娘ですのよ?!」
「そ、そうですわ!庶民が簡単に口を聞いていいような相手ではなくってよっ?!図が高いわ!」
「・・・・・・おぉ!」
わたくしの左右に控える、オレンジのドレスを着た背が高く細身のルネッタと、濃いピンクのドレスを着た少し太めの体型のリンダが庶民の女に詰め寄ったが、それにも『うんうん、やっぱり3人は王道だよね!』とニコニコ笑うばかりで全くこたえてない。
我がリッカルド家の権力を持ってすれば、こんな庶民など家族ともどもすぐさま路頭に迷わせることだってできますのに、その名を聞いてもなんの反応もないなんて!!
これだから何も知らない庶民は憐れで愚かなのだわ!!
それなのに、わたくしの憧れてやまないあの方とのファーストダンスを、なんの苦労もせずに踊るなんて!!
「・・・・・・ッ!!」
許さないわっ!!
庶民の手に中身の入ったワイングラスを見つけ、マーガレットはルネッタの持っていたグラスを奪い取るとそのまま庶民の女の顔に勢いよくぶちまける。
パシャッ!!
「!?」
「フンッ!!庶民のあなたでは、わたくし達の嗜む高級なお酒は口に合わないでしょうから、わたくしが特別にあなたにぴったりのお酒を用意して差し上げましたわ!」
「・・・・・・」
「それでもあなたには十分に高級なものでしょうが、感謝してお飲みなさい!!」
おーーーーーほっほっほっ!!
あっけにとられた、庶民にぴったりな間抜けな面にわたくしは腹の底から笑いがこみ上げてきて、口に手を当てて高笑いをあげる。
だが、いつもならすぐ後に続くルネッタとリンダの笑い声が聞こえないことが気になり、横目で見ると2人は真っ青な顔をして下を向いていた。
「ちょっと、ルネッタにリンダ!なんて顔をしてますの?」
「ま、マーガレット様・・・・う、うしろ」
「うしろに、あの方が・・・・ッ!」
何やら2人とも全身を小さく震わせて怯えている。
いったい何をそんなに怯えているのかと振り返ってみればーーーーーーーー。
「あなた達、わたくしの大切な友人に何をしていらっしゃるのかしら?」
「!!??」
先ほどまで、優雅で華麗な指の細部まで芸術のように完璧な動きでマーガレットの心を魅了したあの美しき貴婦人が、怒りを含んだ鋭く強いそしてどこまでも冷たい眼差しでマーガレットを見下ろしていた。
「え、エリザベート・・・・さまっ!?」
マーガレットの心臓が大きく鳴り響き、冷や汗が流れる。
グラッツィア家との間に何かあれば、いかにリッカルド家に権力があるといってもただでは済まない。
それぐらい、公爵家である名門グラッツィア家の権力と影響力は絶大だった。
しかも今の彼女はあのアルフレド王子の婚約者であり、次代の王妃候補。
その令嬢が自分に対して、強い怒りを向けている。
その意味が分からないほどマーガレットはバカでも愚かでもない。
「あなた、わたくしの声が聞こえていませんの?わたくしの大事な友人に、いったい何を飲ませたのかしら?」
「・・・・・・!?」
エリザベスからの強い威圧感に体が勝手に緊張感を高め、マーガレットは言葉を失う。
「あれ〜〜??エリザベスだぁ〜〜どうしたの??」
「!!??」
呼吸をするのも苦しくなった時、マーガレットを救ったのは皮肉にも憎くて仕方がなかったその庶民の娘だった。
「どうしたの?ではありませんわ!あなた顔中がびしょ濡れじゃないのっ!!」
「へ・・・・わぷっ!!」
「!?」
あの誇り高いグラッツィア家のエリザベート様が、庶民の顔を繊細なデザインで美しい花の刺繍がレースに施してある純白のハンカチで手早く拭いている。
「だって〜〜ヒック!けっこうこれ、なめたらおいしくて♪ねぇ〜〜これもうないの??」
エリザベスに顔をゴシゴシと丁寧に拭き取られながら、真っ赤な顔でニコニコと笑う庶民の女は、怯えた顔のルネッタに話しかけていた。
「あ、あの・・・・こ、これなら!」
そしてエリザベート様が怖くて仕方がないルネッタは、隠し持っていた瓶を震えるその手で女にすぐさま手渡す。
「あはは〜〜ありがとう♪」
「ちょっとクロエ!あなたいったい何を飲んで・・・・・ッ!?」
彼女の姿に疑問を持ったエリザベート様が話しかけた時には、その瓶の入り口はご機嫌な様子の彼女の口元へドバドバと勢いよく注がれていた。
「い、いけません!!それは原液ですわっ!!」
すぐさま驚愕の表情でリンダが悲鳴のような声を出すが、もう間に合わない。
大人の女性の手首から肘までの、青い瓶に半分以上入っていたはずの液体は、すでに空の状態まで減らされていた。
それを見たルネッタは、もういつ失神してもおかしくないぐらい顔が青白い。
「げ、原液って、いったいあなた達はなにを・・・・ッ!?」
「で、デス・ディーバです!!」
ついに、リンダが泣きながらその名を叫んだ。
「なんですってっ!!!!」
『デス・ディーバ』
麦やジャガイモを原料に作られたお酒で、本来は水のように滑らかで飲みやすいもののはずだったが、ある店がその純度を高めて最強に強いお酒を作ることに成功した。
だが、あまりにそのまま飲むには危険過ぎると、アルカンダル王国では基本果実を漬け込んだり、戦の際に傷口の消毒液代わりにと利用されている。
デス・ディーバにもし火を近づけたら、すぐさま大火事や爆発に繋がる為、一般の家では国からの許可がない限りおいてあることすら禁止しているほどの危険物だ。
「あ、あなた達・・・・なんてものをクロエの顔にっ!!!!」
全身を怒りに震わせたエリザベスが、眉間に深いシワを刻み拳を強く握りしめる。
「さ、さっきかけたのは、本当にものすごく薄めたもので・・・・!!」
「お黙り!!今さら醜いいいわけはおよしなさい!!」
顔を真っ青にしたルネッタが床に頭を下げてなんとか声を出して叫ぶが、エリザベスに一括されたショックでその場で泣きだしてしまった。
そんなルネッタとさっきからずっと泣きっぱなしのリンダに侮蔑の顔を向けつつ、エリザベスは近くのテーブルに置いてあった水の入っているグラスを手にクローディアの元へと慌てて駆けつける。
「クロエっ!大丈夫ですの!?とにかく今すぐ、水を・・・!!」
ゴオォォォッ!!!
「!?」
その時、クローディアの手に握りしめられていたその瓶がその手の中で激しく燃え上がる。
「ひ、火がぁっ!!!」
「キャァァァーーーーーー!!!」
それを見たルネッタとリンダがお互いの体を抱きしめながら叫んだ。
「く、クロエッ!!」
その中で唯一、その炎を発した少女の身を案じたエリザベスが彼女の側へと近づくが、それをニッコリと顔を上げた彼女の伸ばした手により、それ以上進むことを止められる。
「だぁーーーいじょぉーーーーぶっ!!!」
「へ?」
顔をこれ以上はないくらい、真っ赤にしたクローディアと呼ばれた女性が口元に手をやり口笛を吹くと、大広間の二階にある空いていた窓から全身が炎でできた鳥が風のような勢いで入り込み、彼女の元へと舞い降りる。
「ちょっと、体が熱いから〜〜〜すこーーし散歩してくるね〜〜〜♪」
「ちょ、ちょっとクロエ!!待ちなさい!!」
そして、その炎の鳥の側へと近寄るとクローディアはその背に寄りかかって、エリザベスが止める間もなく一緒に大広間の入り口から外へと空を飛び上がって再び風のような勢いで出て行った。
「・・・・く、クロエ!」
「失礼します!今のはっ!?」
騒ぎに気がつき、奥にいたジークフリートがすぐさま駆けつけたその時には、もう彼女の姿はどこにもない。
「エリザベス様、いったいこの場で何がっ!?」
「・・・・何があったのかは、そこで青い顔して震えてる、リッカルド家のお嬢様に聞いてくださいまし。わたくしはクロエを探しにいきます」
「!?」
真っ直ぐな瞳で大広間の入り口に目を向けたエリザベスは、ドレスの裾を持ち上げながらすぐさまそちらへと向かい歩き出す。
マーガレットの前を通り過ぎる時も目線は決して合わせず、彼女にだけ聞こえるように一言だけ添えていく。
「自分がしたことの責任は取りなさい」
「・・・・・っ!!」
わ、わたくしは悪くないわ!
確かに顔にはかけたけどあれは薄めたものだし、原液を勝手に飲んだのはあの女じゃない!
わたくしは悪くないわ!!
庶民のくせに、立場もわきまえないでわたくし達の世界に入り込んだあの娘が悪いのよ!
「・・・・リッカルド家の、マーガレット様とお見受けいたします」
わたくしの名を正しく呼び、その人が側に近づいてくる。
何度もその名を呼ばれることを夢見ていた。
わたくしの名を呼び、あの方が側に来てわたくしに臣下の礼をとって跪くことを。
「この場にいたクローディア=シャーロットはわたしの連れです。彼女に何があったのかを教えて頂けませんか?」
「!?」
憧れて、憧れて止まなかったジークフリート様の瞳に、わたくしの姿が映る。
「あ、あの人は」
ずっと夢に見ていた光景がようやく叶ったというのに。
「あなた様の・・・・なんなの、ですか?」
ようやく、この時が来たのに。
こんなはずじゃなかった。
「彼女はわたしにとって、とても大切な女性です」
「!?!?」
ずっと見続けたあの人が、初めて見せる顔で笑った。
いや、笑ったといっても少し表情が柔らかくなっただけで、他の人が見たらそうは見えないかもしれない。
でも、マーガレットには分かってしまった。
自分じゃない人のことを思って、愛おしいとその目が何も言葉で説明しなくとも言っていると。
そんな目で見てもらえる彼女が、ただただ自分は心の底から羨ましかったのだ。
「・・・・・・・・・ごめんなさい」
マーガレットはその場に泣き崩れ、自分たちが彼女に何をしたのかを全てありのまま話した。
ジークフリートがそのことで3人を責めることはなく、すぐさま大広間を飛び出していく。
「ごめんなさい・・・・ごめんなさい!!」
ジークフリートがいなくなってからも、マーガレットはその場で泣きながら謝り続けた。
顔はもうぐしゃぐしゃだが、それを気にするような余裕はもうどこにもない。
自分がしたことの大きさを感じ、心が絶望に染まっていた。
「ーーーーーーいくら後悔しても、したことはもう戻らない」
「!?!?」
マーガレットの前に、品の良い水色のハンカチが差し出される。
そのハンカチの持ち主を見上げてみれば、そこには遠目からしか見たことがなかったこの国の王子が目の前にいた。
「お前に謝る気持ちがあるのなら、それはきちんと本人に直接言え。あいつはその気持ちを無下にするような女じゃない」
「!?」
マーガレットがそのハンカチを無言で受け取ると、王子ーーーーアルフレドはこの騒ぎにざわつく何十人といる貴族達の間を堂々とした様子で歩き、そのまま王と王妃の前へと静かに膝をついて頭を下げる。
「父上、母上・・・・お二人ににどうしても聞いて頂きたいことがあります」
いつにない王子の真剣な様子に広間全体に緊張が走るが、しばらく黙って王子を見つめていた王がゆっくりと立ち上がり穏やかに笑った。
「アルフレド、今はマーサの為の宴の途中じゃ。話はこの宴の後にきちんと聞こう」
「・・・・父上」
「皆の者、聞いた通り今はまだ宴の途中じゃ!先ほどの火や炎の鳥は今回の余興の1つ。何も問題はないゆえ、安心してこの時間を楽しむが良い!!」
オォォォーーーーー!!!
王の言葉に大きな歓声と拍手が沸き起こり、再び盛大な音楽とともに華やかな舞踏会が始まる。
そう、宴の夜はまだ始まったばかりだった。
すいません。この世界では、クローディアの歳ではすでに飲酒が許されているので飲んでます。
次回、酔っ払いクローディアの大暴れ!
って、それはただの酒乱ですね。




