モブ女子、夢にまで見た舞踏会
いつも読んで頂き、本当にありがとうございます!
社交ダンスは体験で一度だけやってみましたが、全身を使いすぐに筋肉痛がきてしまいました。
「皆の者、今日は急な開催だというのに快く集まってくれて、心より感謝じゃ!たくさんの者のお陰で、我が妻である王妃マーサがこうして元気な姿で再び皆の前に立つことができておる。今日はその祝いと礼を込めてのパーティーじゃ!思う存分、楽しんでいって欲しい!」
王からの挨拶のあと、大広間全体から大きな拍手とマーサ王妃への喜びの歓声が上がり、その音が鳴り止まぬうちに王室御用達の演奏団における荘厳な音楽が鳴り響く。
それを合図に、貴族たちは飲み物を取りに行ったり、本日のダンスのパートナーを探しに行ったりと、優雅な雰囲気の中でそれぞれが動き出した。
私たちはと言えば、ジークフリート様が飲み物を持ってきて下さるということで、お酒以外のものでとお願いして、迷子にならないようにとおとなしくここで待っている。
またあのファンクラブに揉みくちゃにされないかとヒヤヒヤしたのだが、どうやら誰が一番に声をかけに行くかと皆で牽制し合っていて、動くに動けないらしい。
そういう部分が『淑女』らしい気がして、いっそ微笑ましく見えた。
前世の現代なら、今頃はなんの遠慮もなく肉食女子達に襲われて逃げ回っていたことだろう。
そして、大広間の一番奥にある立派な椅子には、その中心に王様とマーサ王妃。
少し離れた右側にアビゲイル様とラファエル様。反対側の少し離れたところにアルフレドとエリザベスが座っていた。
「・・・・・・ッ!?!?」
エリザベスと目が合うと、口元だけニコッと笑ってから、人差し指が1本まっすぐ上に立てられ、無言で『姿勢!!』と正された私はすぐさま背筋がピンと伸びる。
これも地獄の特訓の成果の賜物だろう。
その隣のアルフレド様と目が合えば、赤くなってすぐさま顔ごと横に背けられた。
そんなに嫌がらなくたっていいのに。
そして、王様とマーサ王妃はとても温かな笑顔で見つめ返してくれていた。
マーサ王妃の口元が動いていたので、何事かと見つめていれば、艶めいた美しい唇は『たのしんで』とゆっくり動く。
「はい!!」
「・・・・ん?どうかしたか?」
「い、いえ!なんでもありません!!あ、ジュース、ありがとうございます!」
マーサ王妃がそっと人差し指を口元に当てて秘密よ?と合図をしたので、思わずドリンクを持って来てくれたジークフリート様には、ワイングラスを受け取ると首を横に振ってしまった。
『気になる人が側にいるのなら、口元にもきちんとしたお手入れが必要だわ』
特訓中にそう王妃様から言われて、少し荒れていた唇に蜂蜜で潤いをしっかりケアされた後、元の色よりも赤みのある口紅を塗られた。
それを思い出して、顔が火照るのが分かる。
何せ、王妃の言う『気になる人』は今まさに隣にいるのだから。
「クローディア?顔が少し赤いようだが?」
ジークフリート様の、ワイングラスを持っていない方の大きな手が私の頬を包み込むように、そっと頬に触れる。
「・・・・・だ、大丈夫です」
その手のひらの温かいぬくもりに、まだしばらくこの火照りは冷めない気がした。
そんな2人の様子に、先ほどまで顔を逸らしていたアルフレド王子は拳を強く握りしめながら眉間にしわを寄せて見つめている。
「・・・・・そんなに気になるのなら、なぜ顔を逸らしたりしましたの?」
「!?」
エリザベスが視線を前に向けたまま、アルフレドにだけ聞こえるように声をかけた。
「べ、別に気になってなどいない!!」
そう言いながら横を向くものの、目線だけはどうしても彼らから離せないようでチラチラとそちらへ無意識に向いてしまっている。
「今日のお二人はいつもよりすてきですから、きっとどこぞの貴族達からダンスを申し込まれますわね」
「な、なんだとっ?!」
慌てて振り返った先では確かにクローディアにどこかの貴族が声をかけ、その手に挨拶のキスを送っていた。
「なっ!!」
ガタンッ!!!
勢いよく立とうとしたせいで、アルフレド王子の座る椅子がバランス崩す。
その音に王様と王妃様が何事かとアルフレドの方へ向くも、すぐさまがエリザベスがニッコリとなんでもありませんわ、と美しい笑みで答えた。
その向こうでは、不敵に笑うアビゲイルがいる。
その意味をこの王子は何も見えていない。
「もっと冷静におなりなさい、アルフレド」
「え、エリザベス!俺は冷静だ!」
「それならもっと堂々となさいませ」
「・・・・・・ッ!!」
唇を噛み締めたアルフレドが、前のそこを見てみればーーーーーー先ほどの貴族の男性と彼女の間にジークフリートが入り、そのまま貴族の男は逃げるように去っていく。
そして、ジークフリートが彼女の元に跪き、ファーストダンスを申し込んでいる姿が目に混んできた。
「くっ・・・・!!」
その姿に身体が勝手に前に出ようとするが、その腕を素早くエリザベスがつかんで離さない。
「エリザベス!!」
すぐさま、離せ!!と講義の強い目を向けるが、エリザベスはさらに強いまっすぐな目で彼を射抜いた。
「・・・・・今、あなたの婚約者は誰ですの?」
「え、エリザベス!」
「感情のままに動くことも大事ですが、わたくし達はそれだけで動いてはならない立場の人間です。まさか、このわたくしに恥をかかせるつもりですか?」
「ーーーーーーー分かった」
エリザベスの言葉の意味を理解したアルフレドは、そのままエリザベスの元にひざまずくと貴族の礼を取りながらファーストダンスを申し込んだ。
「喜んで」
鈴のような笑い声をあげながら、差し出されたアルフレドの手の上にエリザベスがその白く美しい指を乗せると、2人は広間のダンスホールの中心へと優雅な足取りで向かっていく。
「・・・・・エリザベート様」
その2人の背中を、アビゲイルの横で小さくなっていた少年が顔を赤らめながら、羨望の熱い眼差しで見つめていた。
「まぁ!アルフレド様と、エリザベート様よ!!」
「お二人がご一緒に踊るなんて!これはなんて珍しい!!」
「さすがだわ!!なんて絵になる2人なの〜〜!!」
まさにアルカンダル王国が誇る宝石だと、それぞれがその美貌から例えられた美男美女の2人が並ぶと、誰もがその目線を奪い取られる輝きを放って離さない。
ジークフリート一筋だったあのマーガレットも顔を真っ赤にして、2人が踊る完璧なステップとそれ以上に人の心をつかんで離さないエリザベスの内面から溢れる凛とした強さと美しさに見惚れていた。
「そろそろ、俺たちも踊るか?」
「・・・・・えっ?!あの中でですか!?」
ここでまさかの爆弾発言ッ!?
「この中でだからだ。今ならそんなに目立たないだろう?」
「いや、そんな、あなたがいて目立たないわけが!!」
「俺と踊るのは、嫌か?」
「・・・・・・ッ!?」
も、もう!!
なんでこの人はこんなにも自分の魅力が分かっていなのかっ!?
しかも、なんでそんな、ちょっと傷ついたような顔してるんですか!
「い、嫌なわけないじゃないですか!!」
「そうか・・・・それはよかった」
「!?!?」
いつになく柔らかな表情を浮かべたジークフリート様に、私の心臓は一気に鷲掴みにされる。
そのまま、腰と手にそれぞれジークフリート様の大きな手が添えられ、音楽に合わせてステップをゆっくり動き始めた。
「あ、あの、私・・・ダンスは踊ったことがなくてっ」
子ども頃にやった、オクラホマミキサーとマイムマイムくらいしか知りません!!
「そうか。それなら、力を抜いて俺に身を任せておけばいい」
「えっ?!」
ぐいっ!!
と、私の腰を自分の方に引き寄せると、身体を支えるように手を背に添えながら、音楽に合わせて私を自然にリードしてジークフリート様が動きはじめた。
お互い反対側の手は力強く握られ、ドキドキと安心感が入り混じる。
「ちょ、ちょっとあれっ!!!」
「い、いやっ!ジークフリート様がっ!?」
「あ、あの一緒に踊ってる娘は一体何者ですのっ!?!?」
あちこちで次々と悲鳴があがり、中にはショックで倒れるとんでもなく繊細な令嬢まで遠くで見えた。
あぁ、このダンスが終わったら間違いなく殺されるな。
ほら、あそこでは噛み締めたハンカチが今にもちぎれそうなほど、怒りに震える令嬢まで見えた。
真っ赤な生地に黒薔薇模様のドレスに、金髪のフワフワの髪の毛が余計にお互いの美しさを引き立て合っていて、遠目でも目を引く可愛らしい女の子。
彼女も私と同じように、彼のことがただただ好きなのだ。
「おい・・・・お前は誰とダンスを踊ってるんだ?」
「!?!?」
ジークフリート様がわざとじゃないかというくらい、耳元でいつもより低くいい声で囁いてくる。
くっ!!ヤバい!!
腰が抜ける!!
顔が真っ赤になるとともに思わずフラついたその身体は、ジークフリート様のの大きな手がしっかり支えて崩れ落ちることはなかった。
「・・・・す、すみません」
どうしよう、あまりに嬉しくて恥ずかしくて、顔がまともに見られない。
「皆が見ているのはアルフレド様とエリザベス様だ。気にするな」
「・・・・は、はい」
そんなはずはなかった。
皆はアルフレド様とエリザベスを見ながらも、ジークフリート様へと何度も目線が向かってきている。
ジークフリート様の素晴らしいリードのおかげで、社交ダンスなど一度も踊ったことのない私がなんとか転ばずにステップらしいものを踏みながら一緒に踊れていた。
「・・・・・・ッ!」
ようやく落ち着いてきた心で、その温もりを合わさった肌からしっかり感じながら、私は彼のその端正な横顔に改めて見惚れる。
そうだ。
今はただ、しっかり焼き付けておこう。
きっと彼をこんなにも強く感じるのは、もうこれが最後かもしれないから。
荘厳なクラシックに似た音楽に合わせて、次第に踊るペアが次々と増えてダンスホールは一気に舞踏会へと変化していく。
演奏家達も盛り上がる舞踏会の様子に、さらに気合いを入れてより素晴らしい音の旋律を大広間中に響き渡せる。
「クローディア・・・・泣いてるのか?」
「えぇ、嬉しくて」
涙は自然と流れていた。
ここでこの人と踊るのは、本来はピンクの可愛らしいドレスを着た『ローズ』。
この人と見つめ合い、愛を語り合うのも温もりを与え合うのもーーーーー私じゃない。
「・・・・・・・」
きっと、涙が出るのはこの音楽のせいだ。
心に響くこの音楽が終わったらおしまいにしよう。
彼の死亡フラグは、影からでも折れる。
自分の役割を思い出せ!!
赤と黒のドレスに身を包んだ金髪の少女の、心の底から全力で私を憎み睨みつける強い目線にーーーーーーそう言われているような気がした。
色んな人の視点と気持ちが行き交いながらの、舞踏会です。
もうすぐ100話のことにビックリしてます!




