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約束の樹の下で 4

いつも読んでいただき、ありがとうございます!


今回も少し人によっては心を痛ませる箇所があるかもしれないので、読む際はお気をつけください。


次に目が覚めた時に、私が見た天井は今まで見たこともない場所だったわ。


いえ、そこにいる人達もその場所がある町すらも、全てが見たこともない光景だった。





『かわいそうに、あんたはここに売られてきたんだよ』


『あら〜〜今回はずいぶん育ったのが来たじゃない?』


『あんな細っこい体で、ここで生きていけるのかしらね?』




そこにいたのは、どこを見ても女性ばかり。


みなどこか気だるげな雰囲気で肌の大部分を露出させた少ない布地に身を包み、『女』を惜しげもなく前面に出している。


村にいた娘やおばさん達とは大違いだ。




『ここ、は・・・・??』


『あんた、何にも知らないでここに連れてこられたのかい?』



女達の中では割と大人な、黒く長い髪と深い赤色の布を真白の肌に巻きつかせた、切れ長の瞳とどこまでも紅いくちびるをした女が私に話しかける。



『ここは、自分の身ひとつで男に色を売る場所さ。一度入ったら、決して出ることはできない蜘蛛の巣。あんたも・・・・早く腹をくくるんだね』



気怠げな中に、どこか諦めを感じさせる光のない目。



『色って、出られないって、どういうことなの?』


『・・・・すぐにわかるわ』




その女は、小さく笑って私のそばから離れた。



そして私は、その日の夜から毎日毎日、知らない男に身体を無理やり好き勝手に汚され、身も心もあっという間に汚れていった。


それでもヨハンのことを思わない日はなかったし、とうとう約束の時が来てしまったその日だけは、朝から晩まで泣き続けた。



そんな日でも容赦なく、この体には別の男が私に触れ、心を壊していったーーーーーーーー。




そんな毎日が、たんたんと過ぎていく。



相手の顔と体が違うだけで、私がすることもされることも毎日が同じこと。


感情を使うことにも疲れていき、だんだんと自分の心が動くことも少なくなった。



私のいる『蜘蛛の巣』と呼ばれるこの店がざわついたのも、だいぶ前にどこかのバカが店に乗り込んで来て、乱闘騒ぎがあったと聞いたことくらい。



ヨハンのことも、私の客として来た男の中に『ソフィーネ』の村近くに住む者がいて、酒に散々酔わせたら全部教えてくれた。


ある日、村にどこからか流行病が持ち込まれ、村長のライアットの跡を継ぐはずだったあの3ブタの兄どもも病に倒れて亡くなり、なんとあのヨハンが跡を継いだという。


そして親の決めた女と結婚し、子どもにも恵まれて幸せに暮らしていると。




その話を聞いた明け方ーーーーーー客が帰ってから、私は布団の中で久々に声を殺して泣いた。









「・・・・そ、それで、どうしたんですか??」




懐かしい思い出から目を覚ませば、目の前には今にも泣きそうなくらいに顔を歪ませた、あの頃の自分にもよく似たまっすぐな少女。


きっと、ご両親にも大事に愛されながら育てられたのだろう。


時折見せる彼女の純粋な笑顔は、今の自分にはとても眩しかった。




「どうもしないわよ。でも、どうしてももう一度だけ、ヨハンに会いたくなっちゃってね」



「会いに、行ったんですか?」



「・・・・・・・」




そうね。それができれば、どれだけ。




「まだよ。そのためには、返すお金がまだ足りてないの。もう!野党ならお金を持ってると思ったのに、アテが外れたわ!」



パシャン!



イザベルの手が、お湯の表面をはねて水しぶきが上がる。




「えっ?!ま、まさか、あの時って夜盗からおいはぎ、じゃなくて盗もうとしてたんですかっ?!」


「だって・・・お宝を持ってそうじゃない?」


「そ、そうですけど、危ないですよ!!」


「あら、心配してくれてるの?ありがとう。さっ、そろそろ上がりましょう?これ以上はさすがにのぼせちゃうわ」




ザバァッ!!!




まずは私から、その後元気のない様子で彼女が湯の中から出てきた。


乾いた洋服を手早く身につけながらも、何かをずっと考えている様子の彼女の目線が私の『ある場所』に向いているのに気がつく。



本当に、分かりやすい子ね。




「・・・・これが、気になるのかしら?」


「!!??」




身につけた布地の深い切れ目から覗くソレがよく見えるように布をめくり肌を露出させると、彼女が息を飲むのがわかる。


きっと、こんなものは初めて見たんでしょうね。


コレのついている意味を知っている者なら、そんな顔はしないわ。




「・・・・・これは奴隷の焼き印。店に出るのが嫌ですぐに逃げた私に、あいつらがつけたのよ」


「!?」



初めは心底びっくりしている顔、そしてその後の彼女は悔しそうにくちびるを噛み締めて、その印を真剣に見ている。


私の昔の話を聞いたから、同情でもしているのかもしれない。


この印を見たとたん、普通は蔑んだり嫌なものを見るような露骨な目で見るものもいる中で、この子はそういうこととは無縁の『キレイな世界』で生きてきたのだろう。


私もあの店に行くまでは、そんな場所があることを聞いたことはあっても、何も分かっていなかった。


私のような環境で生まれ育った子はその場所では珍しくなく、むしろヨハンという救いがあった私はとても恵まれていたのだと思えるぐらい、さらに過酷な世界で生きてきた女もたくさんいた。



そんな世界は、目の前の彼女は想像もできないかもしれないわね。




その後ーーーーーそんな彼女は、私の予想もつかない行動に出る。




「・・・・・イザベルさん。これがあなたにとって、少しでも役に立つことになるかはわからないけど」


「???」



彼女は突然、よくわからないことを言いながら私の前に来てしゃがむと、その焼印に自分の掌を乗せて目をつむった。



「ちょ、ちょっと!あなたいったい何をっ!!」



「勝手をしてすみません。すぐに終わると思うから、少しだけ私の手が触れるのを許してください」


「!!??」



そこから、なぜかとても温かいものが流れ込んでくる。



これは、何なの?


魔法?


全身が暖かいもので包まれたような感覚を覚える私に反して、焼印に手を当てた彼女はとても辛そうな顔をしていた。




「・・・・・ぐあっ!!あぁっ!!」



時々上がる、悲鳴のような声。


その姿は、私がこの焼印をつけられたその時を鮮明に思い起こさせた。





『この野郎!!さっそく逃げようとしやがってっ!!』


『自分の立場ってもんが、なんもわかってねぇようだなっ!!』



『・・・・・痛い!離してっ!!』



無理やり連れて行かされた店の地下にある部屋で男達は私の手を後ろで縛ると、髪の毛を乱暴に掴んで上を向かせる。



じゅわぁぁぁ。



目の前では、他の男が何かの焼ごてを炭火の中に入れて熱していた。




『・・・・嬢ちゃん、これが何の印か知ってるかい?』


『そ、そんなの知らないわ!!お願いだから、今すぐ家に帰してっ!!』


『くっくっくっ。こいつ、まぁ〜〜だ家に帰れると思ってんのか??』


『この焼印はなぁ、お前がこの店の奴隷になったという証だ。しかもこの印が体についた者は、たとえこの店を出ようともまともな人としては扱われず、待っているのは一生誰かの奴隷にされて生きる人生だ』


『!!??』


『痛みと一緒に、お前の立場ってもんをよぉーーーく、考えるんだなっ!!!』




そして下卑た笑みを浮かべた男が、熱していた焼ごてを私の太ももの内側にあてつける。




ジュァァァ!!!!




『ァァァーーーーーッ!!!!』



『おう、おう、いい声で鳴くじゃねぇか!!』



『ハァ!ハァ・・・・や、やめて!!』



『恨むんなら、死んだ親父を恨むんだなっ!!!』


『い、いやっ!来ないで!!いやだっ!!』




ジュァァァ!!!!




『ぁぁぁーーーーーーーッ!!!』




焼ける!私の皮膚が!肉が!!


痛い!痛い!痛い!痛いっ!!



こんな痛みは、味わったことがなかった。


父に殴られ、蹴られた時の痛みの方がどれだけマシだったことか。




あの日からーーーーーーーこの焼印は私の人生を何よりも狂わせたモノへの恨みと憎しみの、全ての象徴になった。






「やった!!消えたっ!!」



「・・・・・・え?」




クローディアの声につられて、先ほどまで彼女が触れていた自分の太ももの部分に目を向けると、信じられないことにあの焼印が跡形もなくなっている。



「・・・・・・な、い?」



その場に座り込み間近でどれだけ目を凝らしても、何度両手でその部分を触っても、焼かれた時のやけどの跡は何もない。


そこにあるのは、滑らかなありのままの自分の皮膚だけ。



「・・・・・うそ、でしょう?」



無意識に、声が震える。



私の、地獄の中で積もりに積もった数年分のあの憎悪の対象が、たった一瞬で消え去ってしまった。




「・・・・・・・ッ!!」




本当にーーーーーーなんて、なんて全部がハチャメチャな子なの?




「よかったぁ〜〜!刺青みたいのだったらどうなるか分からなかったけど、焼印だったらやけどと同じでケガで治るものだから、いけると思ったんですよね!」



「・・・・・・・」



「勝手なことしてごめんなさい!でもほら、やっぱりイザベルさんの足はすごくキレイ!」



「・・・・・・・・ッ!!!」



黙り込んだままの私が、そのまま勢いよく彼女の首元に腕を回してその体を強く抱きしめる。



「い、イザベルさんっ!?」


「・・・・・・ッ!!」



そしてそのまま、2人して草原の上に倒れ込んだ。



「・・・・・・・」



全身が小さく震え、声を殺しながら泣くことを止められなくない私の姿に、彼女は何も言わずにそっと背中に手を回して抱きしめ返す。


その後、私の涙が止まるまで彼女は一言も発せずに、ただ黙ってそのままでいてくれた。





どうしよう、ヨハン。


彼女のせいで、私の決心が揺らいでしまいそうよ。




レストラン系のバイトをしていた時に、熱い鍋の裏が腕の上に乗っかって、大きな火傷をしたことがありましたが、本当にすごい痛みでした。


しかもその時よりも、後々の方に痛みが強くきたりと。みなさまも、やけどには本当に気をつけてください。

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