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氷の神と赤髪の少年 5

読んで頂き、ありがとうございます。


氷の神の過去編最後となります。



運命は時に奇跡を生み、絶望を与えてくる。



私はそのことを知っていたはずなのに、忘れていたのだ。





『え?カタドールの近くにある街が戦になってる??』


『うん。今日、工房にカタドール方面から逃げてきたって人がいて、話してたんだ。カタドールって確かかなり大きな街だよね??』


『・・・・・あ、あぁ』




カタドールはここから南に向かった、無の山の近くにある街で、海も近くにある為に他国との貿易の場所としてとても栄えていた国だった。



『そこに他国から兵が攻めてきてるみたいで、カタドールはまだ無事だけど、その近くの村が被害を受けたらしいよ。王都から、今迎え撃つ兵が送られてる所みたい』



『・・・・・・ッ』




いつの世も戦は無くならない。


必ずどこかで争いはおこっており、命は失われていく。


そのことを自分は昔から知っていたはずなのに、平和なグランの村に慣れてつい忘れてしまっていた。




『イヴァーナ、気になるの??』


『あ、あぁ。カタドールの近くには無の山があって、そこには黒い魔女が住んでいるんだが、そいつがもしその戦に関わっていたらまずいことになる』


『黒い魔女??って、伝記とかに出てくる??』


『あぁ、そうだ』




この国にいる、4人の魔女のことは伝記や絵本にも書かれており、はるか昔から語り継がれているものだ。


各魔女達も代替わりがあるようだが、誰がそれぞれ何代目なのかは誰も知らない。


そう、神である私ですらも。


だが、黒い魔女は代々性格が病んでいるものが多く、戦が始まると自分の国だろうがその争いを大きくして人々を絶望へ導くことがある。


彼女達が、死神の魔女とも呼ばれるのは、そこからだ。




『もしそこに黒い魔女が関わっているなら、カタドールだけではなく、そこから連なる山脈の中にあるここも危ない』


『・・・・イヴァーナ』




グランの村も、その隣にある『シェーナ』の街も平和でとても優しい人々の住む街だ。


ここを戦火に巻き込むわけにはいかない。


何より、ここには『エレナ』がいる。


私とジャックの、愛する愛しい我が娘を絶対に守らなくては!




『・・・・・イヴァーナ、行くんでしょ?』




カタドールに。




『えっ?!』




まだ何も言葉を発していないのに、ジャックには全部ばれていた。




『カタドールは何万人って人が住む大きな街だから、イヴァーナの助けが入ったら本当にたくさんの人の命が助けられるよ!それに、もしそこを超えてこっちにまで戦火が来たら、グランとシェーナの街が狙われる』


『あぁ、その通りだ。エレナのいるこの街を焼かせるわけにはいかない』


『イヴァーナ・・・・』




ジャックが私を抱きしめ、少し長めのキスをする。


私も、ジャックの背中に手を回してそのキスに応えた。




『イヴァーナは強いから心配ないと思うけど、でも気をつけてね』


『あぁ。人の姿では全力は出せないが、それでも十分な魔法を使える魔力はある』


『イヴァーナ??元に戻っていいんだよ?』





君の命が何より優先じゃないか!!と話すジャックに、小さな笑みを浮かべながら、その手を自分のお腹へと触れさせた。





『ジャック、まだ医者に診せてはいないが、たぶんここにいるんだ』


『えっ???』


『私が今、元の姿に戻ってしまったら、ここにいるかもしれない生命を、なかったことにしてしまうかもしれない』


『ま、まさか・・・・ッ!!!』


『あぁ。ようやく、エレナに兄弟が作ってあげられそうだ』


『い、イヴァーナッ!!!』





ジャックはまた涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、ひどい顔で第二の命の誕生を喜んだ。


まだ確実ではない為、ぬか喜びはさせてはかわいそうとエレナにはまだ言えないが、近々嬉しいことがあるかもしれない、とだけ伝えた。




『えぇ??お母さん、遠くにお使いに行くの??』


『あぁ、エレナ。その間、少しだけお父さんのことを頼むな』




エレナは今年で10歳になっていた。


呼び方もママからお母さん、パパからお父さんへと変わり、家事のほとんどを手伝ってくれる、とてもしっかりしたいい子に育っていた。





『分かったわ!でもお父さん、お母さんがいないと夜に寂しくて泣いちゃうんじゃないかしら??』


『え、エレナ〜〜!!』


『だって、昨日もお母さんが近所のお父さん達に囲まれて、モテモテだったって影で泣いてたのよ??』




それも、近所で有名なイケメンパパに囲まれてたって!




『エ、エレナ!!!それは黙ってるって、約束だったじゃないかッ!!!』



前に同じようなことがあって嫉妬したら、小さい男は嫌われるわよ、とエレナから言われていたのだ。





『そうだったのか?ジャック』


『いや、その、だって!!』




母になっても、イヴァーナの美しさは変わらず、いやむしろ大人の魅力が存分に内側から発揮され始めている。


その魅力に気づいた周りの男達が放っておくはずはなく、人妻だというのにもかかわらずイヴァーナに声をかけるものは多かった。





『・・・・・・全く。バカだな、ジャックは。私が男として愛しているのは、昔からお前だけだろう??』



『い、イヴァーナッ!!!』



『あーーーーーはいはい。そういうのは私がいないところでやってね。ごちそうさまでした!』




大きなため息をついたエレナが、自分の食器を片付けて自分の部屋へと帰っていく。




『エレナ!明日のお昼と、夜の分はご飯を用意しておくから、よろしく頼むな!』


『分かったわ。お母さんも、気をつけて行ってきてね!』


『あぁ!』





可愛い私のエレナ。


絶対にお前を幸せにしてみせる!


この平和なグランの地を戦に巻き込ませてたまるものか!!




『ジャック、エレナのこと頼んだぞ』


『もちろん!!絶対に守るよ!!』


『・・・・・なぁ、ジャック』


『うん??なに??』


『今夜は一緒に寝てもいいだろうか??』


『!!!!????』


『ジャック??』


『イヴァーナ、大好き!!愛してるーーーーー!!!』


『お、落ち着け、ジャ・・・・ッ!!』








『ーーーーーーーはぁぁ。また始まった』




ドアの向こうにいたエレナが、また大きなため息をつく。


だが、すぐに満面の笑顔へと戻って自分の部屋へと向かう。


いつまでも仲が良すぎて、本気でこちらが時々困るぐらい仲がいい、お父さんとお母さん。



年齢を重ねても若々しい少年ぽさが残る優しい父と、厳しくもやっぱり自分には優しい美人でステキな母が、私は何よりの自慢で大好きだった。



父も母もお互いのことが本当に大好きで愛しているのが、時々嫌になるぐらいに分かる。



父は母への愛情表現はストレートで惜しまないし、母も父への愛情表現は無自覚にストレートだ。



そんな両親の間に生まれて、私は世界中の誰よりも幸せな子どもだと本気で思っている。



将来は、2人のような、いやもう少し落ち着いてて同じように暖かい家庭を築くのが私の夢だ。



お父さん、お母さん!



私を産んでくれて、本当にありがとう!







『イヴァーナ、愛してる』


『私もだ・・・・・ジャック』




朝の夜明けとともに、私は村を出発となった。


昨晩のジャックに少し、いやちょっとかなり愛されすぎて体が少し重い。


子がいるかもしれないんだから、手加減をしろ、このバカ!!





『いいのか??エレナを起こさなくて』


『あぁ。さっき寝顔にキスをしてきた。帰ってきたら、たくさん抱きしめてやるさ』


『そうか。い、イヴァーナ!』


『うん?どうした?ジャ・・・・ッ!!』




ジャックは私の体をきつく抱きしめると、苦しくなるぐらい深くキスをした。


本当に苦しくていったん離れようとするが、それも許さないとジャックが追いかけてきてはまた唇が捕まる。




『ハァ、ハァ・・・ど、どうした?!ジャック!?』


『ご、ごめん、イヴァーナ。でも、なんか俺急に不安で』


『大丈夫だ、私はすぐに帰ってくる』



神の時はしょっちゅういろんな所へ行ってたんだ。


その時のことを思えば、今回はたかだが1日2日。



『そ、そうだよな!ごめん、イヴァーナ!行ってらっしゃい!!』


『あぁ、行ってくる!』




笑顔に戻って大きく手をふるジャックが見えなくなるまでは振り返りながらゆっくりと歩き、その後は魔力で加速して一気に山を下った。


普通の人間なら何日もかかる道のりだが、魔力が加わったこのスピードで行けば、昼前にはカタドールにつくだろう。



大丈夫だ。



すぐにカタをつけて帰ってくる。


そうしたら、ジャックとエレナを力いっぱい抱きしめて、キスを贈るのだ。


そして、お腹の中の生命もちゃんと確認してあげなくてはいけないな。



微笑みながら、イヴァーナはそっとお腹を優しく撫でた。






だが、その私の甘い考えはカタドールに到着する前に崩れ去ることになる。


港町として豊かに栄えた、1万人の人々が暮らす活気溢れたその街は今、激しく燃えていた。


街中から火の手が上がり、人々が悲鳴をあげてにげまどい、その中で強奪が行われ命が次々と失われていく。





『な、なぜ!?なぜカタドールが!!』


『・・・・・ずいぶんと、遅かったね。氷の神・イヴァーナ様』


『!!??』





突然、背後に現れた気配に気づいてすぐさま振り返れば、そこには黒いローブを全身に被り、黒く長い黒髪で顔がほとんど見えなくなった子どものように小柄な存在がそこにいた。





『お、お前は・・・ッ!!!』


『初めまして、イヴァーナ様。ボクが代替わりしたばかりの、新しい黒い魔女です』


『黒い、魔女だとッ!?』





確かに、その子どもからは禍々しいほどの闇の魔力が溢れている。


その力はかなり強い。





『まさか、お前がこの戦をけしかけたのかッ?!』


『正〜〜解!ボク、他人の絶望を見るのが大好きなんだよね。でも弱い人間の絶望を見ても面白くないから、強い存在にしよう!って思って』


『なんだとッ?!』


『でも、残念ながら神様の中だと君以外はみーーーんな歴代の黒い魔女に封じられてて、ボクが手を出せるのが君しかいなかったんだよね』


『な、まさか、ボルケーノやウンディーネがッ!?』




まさか、自分と同等の強い魔力を持つあの2人が封じられるなんて!!





『そうそう♪で、そう思ってたら、まさかその君が人間になって人とままごとしてるって、使い魔からきいて笑っちゃったよ!』





黒い魔女は空中に浮かぶと、お腹を抱えて笑いだした。





『あの最強の神が、ただの人とままごとなんて!!冗談かと思ったら、本当なんだもん!!』




これは笑わずにいられないよね!!




ケラケラケラ、ケラケラケラと、黒い魔女は笑い続ける。




『うるさい!!カタドールの街は私が助ける!!そこを今すぐどけ!黒い魔女!!』


『あはははっ!!怖い顔♪言ったよね??ボク。

あなたの絶望が見たかったって』


『なにっ?!』


『いいのかなぁ〜〜??こんなところで油売ってて。あなたの大事なものに、ボクこのカタドールに向かってた兵士を500人ほど向かわせたんだよね』



『!!??』




ジャック!!!エレナ!!!




『もう村にはついている頃だと思うな〜〜♪』


『ふ、ふざけるなッ!!!』




怒りに任せて、強い魔力をそのまま黒い魔女にぶつけてその存在ごと切り裂くが、その体はただの布になって消え去った。





『あははははッ!!怖いあなたのそばに行くのに、本体で行くわけないじゃない??さて、どうするのか?じっくり見せてね♪』





黒い魔女の声と笑い声だけが、空に響く。





『く、くそッ!!!』





イヴァーナは瞬時にカタドールの大火を消し去る魔法だけをかけて、すぐにきびすを返して村へと向かった。




『・・・・・・・ッ!!!』




だがそれでも人の姿を保ったままでは、魔力をかけたスピードでも限界がある。





すまない!!


許してくれ、赤ちゃん!!!




イヴァーナは泣きながら体を元の神の元へと作り変えると、それまでの何百倍の速さで村へと空を駆けた。




ジャックッ!!!


エレナッ!!!



どうかお願い!!!


お願いだから、無事でいて!!!





ジャックッ!!!!





そして、光のような速さで戻ったイヴァーナの目の前では、燃え盛る炎に包まれたグランの村があった。





『・・・・・い、いや!!いやだ!!ジャック!!!エレナ!!!どこにいるっ!!!』




2人の気を探るが、とても弱々しくなっているのか感じられない。


イヴァーナはすぐさま炎を魔法で消し去ると、家の方へと駆けた。


イヴァーナの家はかなり炎で崩れ去っていて、元の形の見る影もない。


そして、そのすぐ近くに倒れている人影を見つけた。


それが誰かなどすぐに分かる。





『ジャックッ!!!!』





倒れていたジャックは、エレナを庇うように倒れていた。




『ジャックッ!!!!エレナッ!!!』





エレナの顔に手を触れると、命の灯火が消えた体はすでに冷たくなっている。





『いやだ!!目を開けろ、エレナッ!!!!!』


『ご、こめん・・・・イヴァ、ナ』


『ジャックッ!!!』





ジャックの体も切り傷だらけで、どこも血まみれだった。


ジャックの命の灯火が、今にも消えそうなのが嫌でも分かる。





『ごめん、ごめんなさい、私がここを離れたばっかりにッ!!!』





これは黒い魔女の罠だった。


ただ私の絶望が見たいという気まぐれで起こしたことに、大事な家族を巻き込んでしまった。





『お、俺こそ、ごめん・・・エレナを、守りきれ・・・・なかった』



『ジャックッ!!!!』





ジャックは泣いていた。


私との約束を守れなかったと。





『君の、だいじな、かぞくを・・・・まもれ、なかった』



『・・・・・・ッ!!!』






『俺は、あんたと家族を作りたい。あんたに家族を作りたいんだ』


『そうだよ。俺との子どもができて、その子どもがまた親になって、子が出来て。そうやってあんたの家族が繋がっていけば、俺が死んでもあんたはその家族を見守れる。あんたは1人じゃなくなるんだ!』





ジャックが私に与えてくれた、家族。





『ごめん・・・・な』




ジャックの目から、涙が次から次へと流れては落ちていく。




『違う!違うぞ、ジャックッ!!!』





私が一番守りたかったのは、失いたくなかったのは!!




『お前が、私から離れるなんて許さないッ!!!』





私が愛した、愛しいお前が死ぬなんて!!





『イヴァ・・・・ナ』


『いくな!私を置いていくな!!私はお前がいないとダメなんだ!!愛してる!!お前だけを愛してる!!!』



『俺も・・・・だ、愛して・・・る』


『ジャックッ!!!!!』






ジャックの目が閉じる。


私の愛した、愛し続けた深い緑の瞳が光を失う。





嫌だ、嫌だ、こんなのは嫌だッ!!!!






分かってた。


人は死ぬものだと、それが生命の理だと私も知っていた。



でも、こんなに胸が引き裂かれて、魂が引き裂かれるような悲しみと絶望を私は知らなかったッ!!!





『ねぇ、山の神様!見てみて、今日僕が川で釣った魚だよ!すごいでしょ!?』




『俺は昔も今も、生まれたと時からずっとイヴァーナが大好きだ!!愛してる!!』






『・・・・・・ジャック』




ジャックを私から奪った人間が憎い。



それをけしかけた黒い魔女が憎い。



この運命を与えたーーーーーーーー全てが憎い。





『イヴァーナ・・・・・好きだ』






『ウワァァァァーーーーーーーーーーーッ!!!!!!』






イヴァーナの空を引き裂くような大絶叫ととともに、グランの村を中心としたその辺り一面で大きな魔力の大爆発が起き、村を攻めた兵士も命を失った村人も、家屋も自然も何もかもが消え去り更地となった。





一気に過去編を書いたからなのか、自然と泣きながら書いてました。

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