赤と白の紡ぐ糸 13
ようやくアップです。いつも読んで頂き、ありがとうございます!
先のプロットを書いたら、そっちを早く書きたい衝動に駆られています。
でも、その前にこちらの大事な部分を書ききらなければ進めないので頑張ります!
私は知らなかった。
それが、どんなモノかを。
考えたくもなかった。
それを知った自分を。
欲しくなど、なかった。
自分の心を乱す存在など。
ソレを望んだことなど、ただの一度もなかったのにーーーーーーーー。
『どうしたのかな?簡単でショ?』
「・・・・・・・・」
先ほどまでの場所では近くに目が覚めれば確実に邪魔となるだろうアスターがいたため、その場から魔力で飛び自分の住処へと移動していた。
それでも変わらず、あのこちらの神経を逆なでしてくる声は姿を一切見せずに鳴り響く。
自分の腕の中で意識のない存在に、魔力を帯びた炎の短剣を心臓に突き立てればそれだけでいい。
彼の中でその存在を大きくしている魔力の源を、自分の魔力で打ち消す。
とても、簡単なことだ。
突き立てたところで、本来出るはずの血しぶきなどは溢れない。
眠ったように、そのまま静かに魂の灯火が消えるだけ。
「・・・・・・・・・・」
なのに、振り上げた刃を下ろせずそのまま震えている自分の手が見える。
何を、躊躇することがあるの?
たかが人間1人。
しかも相手は憎むべき男で、人などいずれすぐに命を落とすのだからそれが少し早まるだけのことだ。
もし、このままアレの魔力に支配されてこの世にアレが蘇るなんてことがあれば、抑え込まれ続けた大量なるアレの魔力の暴発はどれだけの命を一気に奪うことか。
なのに、なのにどうして私はこの手を振りおろせない?
『アハハッ!!まさか赤い魔女様ともあろう人が、たかが人間1人に情でも沸いちゃってるの?!人間なんて、ボクらが力を持って触れればすぐにこわれちゃうような、脆くて愚かな生き物なのに!』
そうだ。
少しでも破壊の為の魔力を込めれば、この骨と肉でできた人の肉体は容易く壊れてしまう。
そして、人は愚かだ。
『アハハッ!殺せないなら、道は1つしかないね!それも、君が一番汚れて屈辱に塗れる方法だけ!君が一番憎み嫌う、愚かな人間の男にその身を捧げなきゃいけないなんて!』
「!!??」
『黙れっ!!!この、クソガキがっ!!!』
全身に、身の毛のよだつようなあの記憶が蘇る。
来る日も来る日も、逆らえば容赦なく殴られたあの辛すぎる日々。
それでも生きる為、自分よりも力の弱い妹を守る為に身体を張って耐え抜いた。
母は父に逆らえない。
それは恐怖ゆえか、情ゆえか。
母だとて全身に傷と痣だらけの毎日なのに、それでもほんの時折見せる父の優しさになぜか騙されて許してしまう愚かで悲しい人。
痛みなら、まだ堪えられた。
体の傷ならばいつか治るし、痛みは時とともにいずれ忘れさる。
それでも、それだけならばまだーーーーーーーー。
「・・・・・・・・ま、じょ、様?」
「!?」
ライラの腕の中で意識を手放していたラスターの目が、ゆっくりと開く。
その瞳がライラの紅い瞳を捉え、そして笑った。
「よかっ、た」
ラスターが、嬉しそうに微笑む。
「・・・・・・・・・ッ!」
その笑顔に、最後に見た母の笑顔が重なった。
あの日は、朝から雨だった。
父の機嫌がすごぶる悪く、母が気絶するまで殴っていた父はいつものように今度はライラに向けてその拳を振り上げる。
『・・・・・・殴るのにも、飽きたな』
『!!??』
だが、振り上げられた拳はライラに向けて降りては来なかった。
その拳は殴るのではなく、ライラの腕と足を乱暴に掴み床に抑えつける。
『い、いやっ!!!』
『うるせぇっ!!!子どもは親のもんだろっ!!俺のモノをどう扱おうと、俺の勝手だっ!!!』
『やめて!お願い!!いやっ!!いやぁぁぁーーーーーーーーッ!!!』
父の顔をした『化け物』が、私の身体を蝕んでいく。
こんなものは、父ではない。
いや『父』など、最初から私にはいなかったのだ。
私の身体が、汚れていく。
足の先から、髪の毛も先まで。
外も中も私の体は傷だらけ。
汚いモノで、傷だらけ。
『ぐあぁぁッ!!??』
その化け物の身体へ私が懐に隠し持っていた小ぶりの刃物を突き刺し、そこまで深くはない傷を負った皮膚と肉から血が流れていく。
流れた赤い血が私の頬を濡らし、手を濡らし身体を汚していった。
『こ、ごの野郎ぉぉーーーーーーーーっ!!!』
『!!??』
怒り狂った化け物がすぐさまその刃物を乱暴に取り上げ振り上げるが、勢いよく振り下ろされた切っ先は私ではなく、そこにいなかったはずの母の胸を突き刺した。
『ごめん・・・・・・ね』
『お、お母さんっ!!!』
父の皮を被った『化け物』だけでなく、母の血まで浴びた私を母は最後の力で突き飛ばし、私はそのまま転がるようにしてその場から勢いよく逃げ去った。
そのあと母の悲鳴が何度も耳に届いたが、振り返ることはーーーーーーーーできなかった。
母は、最後に笑っていた。
泣きながら、笑っていた。
『ーーーーーーーーッ!!!!』
その日は、朝から雨だった。
全身に浴びた私のものではない紅い血は、降り続ける雨のおかげで洗い落とされたのに、私の体からは赤い血の気配と匂いが消えない。
あの瞬間の、赤の光景が離れないーーーーーーーー。
「・・・・・・・魔女様?どこか、痛いんですか?」
「!?」
突然、私のほおに温もりが触れる。
今私の頬に在るのは赤い血ではなく、その赤い血が通った暖かい手。
その手に自分の手を重ねて、力を込めた。
「痛くは・・・・・ないわ」
そして炎の刃の魔力をその存在ごと打ち消したあと、そっと目の前にある彼の頬に触れる。
「それなら、なぜ泣いているんですか?」
「!!??」
ライラは泣いていた。
いや、勝手に涙が瞳から流れていた。
あの時のようにーーーーーーーーーー。
「・・・・・・・」
その日は、朝から雨だった。
ずっと心は雨だった。
「・・・・・・・ごめんなさい」
「なぜ、あなたが謝るの?」
「だって、あなたが泣いてるのを止めたいのに、今の僕はあなたの涙があまりにキレイで、ずっとこのまま見ていたいと、そんなことを思っているんです」
「・・・・・・・バカね。あなただって、泣いてるくせに」
ラスターの瞳からも大粒の涙が溢れる。
もう、あの声は聞こえない。
ライラがどちらを選んだのか、分かったからだろう。
人と魔女が交わればどうなるのか、アイツは分かっている。
人と交われば魔女の魔力は弱まり、アレを封印している魔法陣の力も弱まる。
だが、肉体から交わることで直接魔力が繋がり、彼の中のアレの魔力は強く抑えることができる。
方法など、本来は1つしかないのだ。
ラスターの命が消えること。
それしか、一度繋がったアレの魔力を完全に消しさることなどできはしない。
ならば、彼が人としての寿命を終えるその時まで封印が持てばいい。
命を、終えればーーーーーーーー。
「・・・・・・・・魔女、様?」
「お前をあの時、殺しておけばよかった」
「!!??」
そして、これ以上はないほど美しい微笑みを浮かべたライラの紅い唇が、血にまみれたラスターの唇へと静かに重なった。
その後のたった一度の交わりで、新しい生命が誕生したのは偶然か必然なのか。
ただ、少なくともその誕生に心から喜んだ『闇のモノ』がいたことは確かだといえよう。
そして、まだ最後までの流れが大まかにしか決めていないので、一体何話までこの話は進むのか。
書き始めた時はまさかこんなに色々広げる気はなかったのに、物語とは不思議なものです。




