赤と白の紡ぐ糸9
だいぶ久しぶりの投稿となりました。
一から読み返しながら書きましたが、色々抜けてたり忘れてたりとする中なので、少しのご期待にも応えられないだろうことを先に謝ります。
目を開けると、目の前には赤い世界が広がっていた。
手足がひどく痛む。
自分の体のはずなのに、何一つ自分の思い通りに動かせない。
いや、動かすたびに何十という針で突き刺されたような痛みを伴うのだ。
「ここ・・・・は?」
ラスターが目を開けると、目の前には見たこともない化け物が自分の体を両手で左右から掴み握りしめていた。
その深い緑の皮膚は濡れた血によって赤黒く染まり、その瞳は強い眼差しを向けたまま血走っている。
その血が誰のものなのか、全身の痛みを感じながらようやくぼやけていた記憶が蘇ってきた。
『グフ、ぐふふ!まだ、まだダ!ま、まだおまえは殺さないゾッ!!』
「!?」
その不気味に歪んだ笑みを浮かべた唇からはよだれが滴り、自分の体を締め付ける力が強まる。
その圧迫により、全身に切り刻まれた傷から再び紅い血があちこちから流れ出ていた。
化け物はラスターの全身をその鋭い爪で切り刻むものの、致命的となる傷は決して負わせはしない。
『早く!はやク、コゴヘ・・・ごいっ!!』
化け物は何もない虚空に向かって、度々吠えるようにして叫ぶ。
獲物が自分ならばさっさと殺すなり喰うなりするはずだと、化け物の目的は別にあることはすぐに分かった。
だが、それは決して叶えてはならないこと。
命にかけて止めねばならないこと。
「・・・・・・んて、悪趣味なのかしら」
「!?!?」
だが、その人は来てしまった。
暗闇の中から濃すぎて黒に見紛う深紅の光を放ちながら、徐々にその光が輝く真紅のものへと変わっていく。
それはまるで、燃え盛る炎のようであり。
そして、あの日彼女と沈むまでこの目に焼き付けた夕陽のようでもあった。
「どう・・・・・・して?」
視界が大きく揺れる。
頬に冷たく流れるものが血ではなく涙なのだと認識するのに時間がかかったが、それは一瞬だったのかもしれない。
「ラスター、またずいぶんと酷い有様になったものね?」
「!?」
彼女の声が耳よりも、頭の奥の奥で響き渡る。
聞きたくなかったはずなのに、こんなにもその音を感じることが心震えるだなんて。
いつだか心に浮かんでは空に呟いていた、最後にこの瞳に映るのは『彼女』でありたいと願ったことを、神様は覚えていてくれたのかもしれない。
だが、その願いはこんな形で叶えて欲しかったわけじゃない。
遠目からでもいい。
未だ見たことがない、心から幸せに笑う彼女をこの目に焼き付けたかっただけなのに。
「き、キタッ!!お、お、オデのモノがッ!!」
怪物が、彼女の姿によだれを垂れ流しながら悦びの叫びをあげる。
「ッ!!??」
それと同時にラスターの手足にかかる力も増し、あまりの激痛にラスターの顔が歪んだ。
「・・・・・・あら、お前の望みは私でしょう?そんな骨皮しかないただの人間は捨て置いて、私と楽しい時間を過ごした方が有意義ではなくて?」
ライラは、その陶器のように白くしなやかで柔らかな手をラスターを強く握りしめていた怪物の腕に乗せると、妖しく艶めいた笑みを怪物へ向ける。
普段の皮肉交じりの呆れたように笑う彼女とは全然違う、それは『赤い魔女』としての顔。
「!!??」
その姿に目を奪われた怪物はすぐさまラスターを握りしめていた手の力を緩め放り投げようとしたが、とっさに頭を振りながらそれを必死に思いとどまる。
「だ、ダメだ!!え、エ、獲物が無くなったら、お、オマエも逃げルっ!!」
「・・・・!!!」
爪が傷口に食い込み、裂ける肉と細胞にラスターは声にならない悲鳴をあげた。
そんな彼を横目に見ながら、ライラは怪物の顔をその真白の両手でそっと包み込む。
「悪いけど、私はお前のように強い男が好きなの♪その男を手放せば、この身体を好きに触れさせてあげても構わないわよ?」
「なっ・・・!!!」
「!!??」
怪物の両目に、ライラの豊かな胸とそこからの艶かしい腰までの柔らかな曲線美を描く下半身が映る。
これまで、どれだけその肌に触れたいと願ったことだろう。
他の女には抱いたことのない、その身体に触れて彼女の全てを知りたい、感じたい、支配したいとそれだけを繰り返し頭の中で考えていた。
この手が彼女の肌に触れた時、彼女は一体どんな表情になるのか。
自分を見下していた強気の表情が、自分を激情とともに熱く見上げるその顔が見たい。
苦痛に歪む顔でもいい。
彼女の心を動かし、その熱い感情の全てが自分へと向けられた時のことを考えるだけで全身の血が沸騰しその高揚感に心が躍り狂う。
ーーーーーーーーー嫌だっ!!
「・・・・・・・めだっ!!!」
枯れた喉を振り絞って叫んだラスターの声は怪物の咆哮にかき消され、その体は地面に勢いよく叩きつけられた。
ラスターを決して手放すことなく、片腕だけ離された怪物の右腕がライラの細い腰を乱暴に掴み取り、そのよだれまみれの口元から伸びた長い舌が彼女の身体を這い回る。
その豊かな乳房にも怪物の舌が伸び、爪が皮膚へさらに食い込んだ。
彼女の鎖骨や首元を舐めまわしていた舌は、そのまま彼女の身体をさらに激しく蹂躙していく。
ーーーーーーーーーやめろ!
痛みで霞むラスターの視界の端には、怪物に反撃することなく真紅の唇を嚙み締めながらも屈辱に耐えるライラがハッキリと映っていた。
普段ならば今すぐにも目の前の怪物を得意の炎で燃やし尽くせるはずなのに、彼女がそれをしないのは怪物の手の中に自分がいるから。
ほんの一瞬でも怪物が本気で力を込めれば、この弱い肉体の身体などすぐさま壊れてしまうと分かっているから。
だから彼女はまだ動かない。
いや、動けない。
ーーーーーーーーー彼女に、触れるな!
怪物の舌が彼女の身体に触れる度にラスターの心臓が熱く波打ち、全身が心臓のように鳴り響く。
痛みが走ると分かっているのに、拳を爪が己の肉へ食い込むほどに握りしめる。
心がぐちゃぐちゃにかき回され、様々な感情が混ざり合いさらに渦を巻いて大きくなって止まらない。
ーーーーーーーーーやめろ!
ーーーーーーーーー彼女から離れろ!
ーーーーーーーーー彼女を汚すな!
ーーーーーーーーーやめろ!!
ーーーーーーーーー離れろ!!
ーーーーーーーーー触るなッ!!
「・・・・・・・・・・ッ!!!!」
ーーーーーーーーー殺してやるッ!!!!
その瞬間、ラスターの心が黒いもので覆われた。
どんな時でも憎しみや怒りで感情の全てを染め上げることはなかったが、生まれて初めて心の底からの憎悪と憤怒で彼の心に黒き炎が燃え上がる。
その心に、『声』が鳴り響いた。
『ならば、我が力を貸してやろう』
「!!??」
その声がラスターの耳へ届いたと同時に、彼の眼の前で突然地面から湧き出た闇の塊に怪物が一気に包まれた後に飲み込まれ、その姿は悲鳴のような咆哮とともに一瞬にして消えてしまった。
こうしてまた書けたことが嬉しく、読み返した際には長いことよくここまで書き続けられたなと、強く感じました。
自己満足で飽き性の私はもっと早く書くのを諦めていただろうし、やっぱり読んでくださる方がいてくれたからだと感じました。
本当にありがとうございます。




