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赤と白の紡ぐ糸5

今回も読んでいただき、本当にありがとうございます!


小説を書く際にイメージピッタリな音楽を見つけるとエンドレスで聞き続けてしまいます。けれど、薄い壁越しの隣人には永遠と続くのがいい迷惑かもしれませんね。


その後、グランシュバルツ大国の奥地に2人で戻ってみれば、ライラからの命令を忠実に守っていた炎の戦士達が、ぐったりした様子のアスターをがっちりとつかんでその身動きを封じていた。



「あら、やだ!あなた、まだこんなところにいたの?」



「あ、アスター!?大丈夫かいっ!?」



「・・・・・・・・ッ!?」



ライラが目線で素早く合図を送り、アスターの手を炎の戦士達が離しすのと同時にラスターが慌てて彼にかけ寄る。


同じ顔をした2人が感動の再会でもするのかと眺めていたライラの目の前で起きたのは、怒り狂ったアスターがラスターへと殴りかかる光景だった。



「兄貴ぃぃぃーーーーーー!!!お前、どれだけ俺に心配をかければ気がすむんだっ!!!」



「い、痛いっ!ご、ごめんよアスター!!」



「うるさいっ!!!お前のせいで俺は、こんなところまで足を運ばなくちゃならなくなったんだぞっ!!」


「で、でもね、アスター!!おかげで夢だった海をこの目で実際に見ることができたり、すっごいキレイな夕陽や星空を眺めることができたんだっ!!お前にもぜひ見せたかったよっ!!」



「!?」



地面に仰向けで倒れたラスターの体の上に馬乗りになり、さらに力いっぱい殴ろうとしていたアスターの動きがピタッと止まる。


先ほどまでの幻想的で夢のような景色を思い出し、興奮気味にアスターへとそれがどれだけ素晴らしいものだったのかをラスターが熱弁するが、彼が嬉しそうに話せば話すほど、アスターの顔は怒りから般若へとさらに悪化し歪んていく。



「・・・・・・・・兄貴」



「へ?なんだい??」



「俺が、あのくそ魔女からの屈辱に必死に耐えながら、こんな暗い場所で、俺を捕まえていた女戦士どもは一切口を開かない無音の世界でたった1人、長い時間ろくな身動きも取れず、ひたすらお前を待つことしかできなかった最低最悪な苦痛の時間に、お前はこの化け物とそれはもういつも通りの間抜け面のまま、のほほんと景色を見て、俺のことを考えることもなく、ただただ呑気に楽しんでいたわけだな?」



「え、えっと・・・・あ、アスター?ちゃ、ちゃんとお前のことは考えてたよ?」



「兄貴の、兄貴の大バカやろぉぉぉーーーーーーーー!!!!」



「ま、待ってアスター!!落ち着いて!お、お前の拳は本当に痛いって・・・・・・・ぶフぉォッ!!ぼ、暴力反対〜〜〜〜〜〜ッ!!!」





顔を真っ赤にしながら、自分の真下で慌てふためくラスターへ感情のほと走るままに激しく殴りかかるアスター達を、心底呆れた表情のままため息をつくと、ライラは玉座へと優雅な動きで座り込む。




「全く、何をしているのかしら?」




せっかく無事に返してやったというのに、自らの手で彼の傷を増やすとは。







その後も、しばらくはおさまりそうにない兄弟喧嘩?をただ見ているのも疲れたライラは、炎の戦士達に無言で命じて2人ともどもその場から追い出す。




「えっ!あっ、ちょ、ちょっと待って!?」



「く、くそっ!!今度は何をするつもりだっ!?今すぐこの手を離せっ!!」



「悪いけど、騒ぐだけなら他所でやってくれないかしら?それと、もう二度とここへは足を踏み入れないでちょうだいね?」



「あ!ま、魔女様!待ってっ!!」



「ふざけるなっ!!こんな汚くて物騒なところ、頼まれたって二度と来るも・・・・・・ふぎゃっ!!」



炎の戦士達に有無を言わせずに担がれながら運ばれていく2人に一切振り返ることなく、片手だけをさっさと行け!という思いを込めてひらひらと降り、最後までキャンキャン煩いアスターには大きな炎の玉を顔面にお見舞いさせる。



突然の小爆発に髪の毛は焦げてくるくると巻き上がり、目を回して気絶したアスターはようやく静かになった。




「あ、アスター、大丈夫?」




恐る恐る心配げに覗き込んでみるが、アスターが爆発の後とは思えないほど大きな寝息をたてていることに気がつくと、安堵のために大きく息をはく。


全身張り詰めていたものが一気に振り切れたのか、今だ彼の毛嫌いしている魔女の居城と言われたグランシュバルツ大国跡地であるにも関わらず、アスターはかなりぐったりとした様子で深い眠りへと入っていた。




「心配かけて、ごめんな。アスター」




当然返事はないものの、よだれを口の端から流しながらうっとりといい気持ちで寝ているアスターの姿に小さく笑いを零しつつ、ラスターはすでに姿が1ミリも見えなくなった赤い魔女ーーーライラがいる方角へとその眼差しを向ける。




「魔女様・・・・・・・・」




わずかに頬を紅く染めた、普段の彼からは想像もできないその物憂げな表情と甘い響きでもって呼ぶ声は、残念ながら呼ばれた『彼女』には決して届かない。












そして、『もう二度とここへは足を踏み入れないで』という彼女の心からの願いはやはり叶わず、それから3日もしない内にグランシュバルツ大国跡地には再びアスターの怒鳴り声が鳴り響く。



「赤い魔女ぉぉぉーーーーーーーーッ!!!貴様、また兄貴をどこへやったぁぁぁーーーーーーーーッ!!!!」



「・・・・・・はぁ。いい加減にしてほしいわ」




今回、ラスターが見つかったのは山間の谷間の崖っぷちだった。



なんでも、『虹』を見てみたいと強く思った次の瞬間にどこぞの崖っぷちへと落とされ、そこからそれは大きな『虹』を見たという。



「本当に!本当にすごかったんですっ!!!

空と同化していた紫、いやあれは深い青かな?そこから緑・黄色・オレンジ・赤に色が混ざり合いながら層になっててっ!!あれが魔法ではなくて自然の産物だなんて、この目で見た今でもまだ信じられないっ!!!」




「・・・・・・・・・」




ライラがすぐさま飛んで、崖の岩にかろうじて捕まっていた彼の手が今にも滑り落ちそうなところをすんでで掴んだからいいものの、もしそのまま地面に落下していれば自身が地面の新しい地層の一部になりそうだったことなど、もはや彼の頭の中には微塵もない。



どうやら、彼と同化してしまった『赤い魔女』の魔力は、彼のその時強く感じた願いを叶えるべく時々中途半端に力を貸してしまうようだった。



そして彼が望む絶景はなぜか大抵危険が隣り合わせの所にあり、その度にグランシュバルツ大国跡地には地ひびきが起こり、兄貴を返せ!!とアスターが怒鳴り込んで来る事態がそれはもう何度も何度も続いていた。



すぐさまそのことにうんざりしたライラは、常にラスターが今どこにいるのかを把握しながら過ごすことになり、彼の気配が魔力によって遠くへ移動すると同時に彼女もそこへ飛ぶ。




「赤い魔女ぉぉぉーーーーーーーーッ!!!!」




「・・・・・・・うるさいわね。あなたの大事なお兄様なら、そこで間抜けな顔して寝てるわよ」




「!?!?」



ある時、姿を消したラスターに気がついて慌てたアスターがライラの元へ怒鳴り込んできた時には、すでに彼女の手によって彼は連れ戻された後であった。



「な、な、何を呑気に寝こけてるんだっ!!!このバカ兄貴っ!!!」



「うーーーん・・・・・・・あ痛っ!!!」



眠りについていたラスターをいつものように殴り飛ばして起こすと、アスターは彼の首元を掴みながら無理やり引きずっていく。



「さっさと街に帰るぞバカ兄貴ッ!!作業の途中で突然消えたって、みんなカンカンなんだからなっ!!」



「あ、あれ・・・・アスター?炎の海は?赤い鳥達は?おかしいな、さっきまで空の青と赤い海の、とてもキレイで不思議な場所に居たんだけどなぁ?」




「・・・・・・・・・・・」




『ピエトラ』では、街の外れにある大地で作物を作っているのだが、その収穫の手伝いに2人してかりだされていた時に、ラスターはふと青い海があるなら赤い海はないのか?と思いついた。



頭の中でその光景を思い浮かべた際に浮かんだのは、ライラのお気に入りの場所だと特別に連れて行ってもらった、美しい夕陽が沈む『紅の世界』。



赤い海ならば、もしそこで夕陽が沈む時は一体どれだけ美しいのだろうーーーーーーーーもし、この世界にその光景が本当にあるのならば、ぜひ見てみたい!と心の中でイメージが楽しくどんどん広がった時にはすでにラスターの体は『ピエトラ』の街からは消えていた。




「・・・・・本当に、あったんだ」




その『赤い海』ならぬ大きな『赤い湖』は、ラスターの想像よりもずっと深い紅に彩られており、さらには湖の中へと入りその水の毒性にあてられた生き物は皆生前の姿を保ったまま石化し、湖をより幻想的なものにする芸術的なオブジェと化していた。



その中で動くことができているのはまさに炎の化身である『火の鳥』と、うっかり迷い込んでしまった異邦人であるラスターだけ。




「・・・・・・・・ッ」





その後、まるで吸い込まれるようにして『赤い湖』へとラスターの足が自然に動く。


湖の畔では門番のようにして石化したままの鳥のモンスターが出迎えており、ラスターの瞳は縫い付けられたかのようにそこから目を離すことができない。





「呆れた・・・・・・自然が織りなす美しさに魅せられて、ついにはあなた自身がその景色の一部へと自らなりにきたのかしら?」




「!?!?」




あと少しで『赤い湖』へとその足を運ぼうとしていたラスターの腕を、シミひとつ無い美しい素肌の腕が背後からゆらりと掴む。


湖の淵に少しだけ触れてしまっていた靴の先端は、すでに白い煙をあげながら石化を始めていた。



「あ、あれ?ま、魔女様っ?!」



「ここは『死の海』・・・・・・あらゆる生き物に、終わりの無い死を与える場所。いくら美しいからといって、容易に無力な人間が足を踏み入れていい場所ではないわ」



「!?」



そのまま、ライラは両腕をラスターの身体にぴったりと寄り添うようにして絡ませると、ラスターの肩越しに前方の光景にその眼差しを静かに向ける。



見るものが違えば、この光景は『血の海』が広がる地獄に感じるだろう。




魔女である自分でさえ、この悲しい光景を心の底から美しいとは思えない。




「引き止めてくれて、ありがとうございます!ぼくが知らないだけで、こんな場所がこの世界にはまだまだたくさんあるんですね!!」



「・・・・・・・そうよ。人がこの世に誕生するずっと前からこの世界は存在して、生きてきたんだもの」



「この瞳に光が戻る前からずっと、ぼくは世界がこんなに広く、大きく、美しく、偉大なものであることを全く知りませんでした」



「フフ・・・・・・当然でしょ?あなたはまだ、この世界に生まれて、ほんの何年だと思っているの?」



「そうですね。ぼくはあなたの言う通り、人間の中でもまだまだ子どもみたいなものだ。でも、だからこそ嬉しいんです!!」



「嬉しい?」



「そんなぼくに、こんな奇跡のような瞬間が何回も起きていることがですっ!あのまま、ぼくの瞳に光が戻らなければ、ぼくはこんなにも素晴らしい世界を何ひとつとして知らなかった!いや、闇にいたからこそ、余計にこの素晴らしさを心から感じられることが嬉しいんです!!ぼくはあの時、この目から光を奪ってくれたことにすらも、今は心から感謝したいっ!!」



「!?」




ラスターの目尻からは流れた涙が、頬を伝って地面へとこぼれていく。



不思議だ。



ライラの目には、こんな死の世界よりもずっとこのキラキラ光る涙の方が美しいと思えた。



この世の中には美しいものばかりではなく、いっそ両目など何も見えなくなればいいと思えるような、酷く残酷で、どこまでも悲しく辛いものが溢れるほどたくさんあるというのに。







彼の母親は、彼女がまだ幼い頃にほんの気まぐれでその命を助けたことがあるだけだった。



ろくに関わったことも、話したこともない。



それなのに彼女は、少なからず自分せいでその心身に大きな傷を負い、死ぬきっかけの1つとなったのだ。




ラスターだって同じこと。




魔女と縁ができたと、何か街で悪いことが起きるたびにお前が魔女と繋がったせいだと理不尽な怒りを浴びせられ、いらぬ暴力をその身に受けているのをライラは知っている。



それを見つけたアスターがすぐさま相手に殴りかかるものの、彼は一切それをしないのだ。



むしろ、アスターの手が痛むだけだとその手を掴んで笑顔で止めてしまう。



彼が望めば、その身に宿った『赤い魔女』の魔力で相手を傷つけることも、暴力から自分の身を守ることだって簡単にできるというのに。



その原因となったライラを責めることも、ライラに助けを求めることも彼はしない。




彼はただ、その身に起こることを受け入れるだけだった。






何も知らない、その魂の色ですら真っさらで純粋な、生まれたての赤子なわけではないというのに。





「ありがとうございます」



「なぁに?お礼は一度でじゅうぶんよ?何度も言われると、薄っぺらい言葉にしか聞こえなくなるわ」



「・・・・いいえ。今のはあなたではなく、神様にお礼を言ったんです」



「神に?」




目の前の、『紅い湖』に熱い目線を送り続けていたラスターの両の瞳が、肩越しにあるライラへと向けられる。




「!?」




それはとても穏やかな笑顔だった。



穏やかなのに、その瞳の奥には確かに炎が見えた。




激しく、けれども静かに。




揺らめく炎は、炎を操るライラにはとても心地がいい。




「・・・・・・あなたに、会えた」



「ッ!?」




それから、2人の唇がどちらともなく静かに重なり、音のない世界でまるでこの世界で2人きりのような静寂の中で、2人の心臓の音だけが鳴り響く。






なんで私は、こんなひ弱な何の変哲もない人間の男からの温もりを受け入れているのかしらーーーーーーーー?



























それから、どれだけの時間が過ぎたのか。



ライラの有無を許さない強い魔法でもって一気に深い眠りへとつかされたラスターは、そのままの状態でグランシュバルツ王国跡地へと飛ばされる。




「・・・・・・・・・・」




そして、アスターによって怒鳴られながら引きずられていくラスターへと一度も振り返ることはなく、ライラは1人あの大きな夕陽を正面から見ることができるお気に入りの海の上へと飛び、ただ黙ったまま太陽が地平線へと沈みきるのを見つめ続けていた。



我慢強い人というのは本当はとても強いから、それを受け身ではなく道を開く方に使えればものすごい力になるそうです。けれど、耐えることはできても新たな一歩をそこから踏み出すこと方が、とても難しく感じるんですよね。

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