赤と白の紡ぐ糸2
今回も読んでいただき、ありがとうございます!
私の視力は幼稚園児の時にファミコンと出逢ったその時から下降を一気に始めました。
その出会いに全く後悔はありません!
白髪のラスター、この青年には見覚えがあった。
少し前に街の様子を気まぐれに見に行ったところ、1人の娘に何人かの男達が乱暴をしようとしていた場面に遭遇しすぐにも燃やし尽くしてやろうと手を振り上げた時、彼の声が大きく響き渡ったのだ。
『やめろっ!!その人はもうすぐ愛する人と結婚を控えてるんだっ!!』
『!?』
両手を広げて仁王立ちをする彼に向けて、震えた声で娘がなんとか声をかける。
『あ、あの・・・・・私は、こっちです!』
『あれ?』
その時も、怖さの為にとんでもない方向を向いて仁王立ちしていたのかと呆れ果てていたのだが、その理由は全然違っていて彼は目が見えなかったのだ。
『ピエトラ』の街において弱い男は一人前の男と見なされず、下手をすれば女と同じく男にとって都合のいいように奴隷以下として扱われてしまう。
目も見えず、さして賢そうにも見えないこの細身でひ弱そうな優男が、よくここまであの街で無事に生きてこれたものだ。
「あ、あの!ぼく、道に迷ってしまって、出口はどっちでしょうか?」
「・・・・・・・少なくとも、あなたの目の前には石しかないわよ?」
目の見えない者は聴覚や他の感覚が鋭くなり、相手の居場所などはその声や気配などから感じる者が多いというのに、ラスターはまたもや見当はずれの方向に向かって『あれ?』と首を傾げている。
「す、すみません!また間違えました。どうもぼくは感覚が鈍いようで」
「あなた、ここがどこだか分かっているのかしら?」
いくら目が見えておらず、迷いこむにしてもこの場所は巨大なグランシュバルツ大国の跡地以外は山と岩ぐらいしかない。
ここを目指してこない限り、容易にたどり着ける場所ではないのだ。
そして、この場所に赤い魔女がいることは、『ピエトラ』では幼い子どもだって知っている。
「は、はい!グランシュバルツ大国跡地ですよね?さっき色んな遺跡に触れたら、かつて栄えた文明の凄さをあちこちで感じました!全貌はこの目で見えなくても、この手で触れるだけで彼らの暮らしが目に浮かんで来るんです!」
「!?」
それから、ライラが口を挟む機会を一切与えないまま、ラスターは興奮気味にグランシュバルツ大国へのありとあらゆる賞賛と感想を話し続けた。
最初は何度か止めさせようとしたものの、どうせこちらは見えてないのだろうからと玉座だった岩へと緩やかに腰かけながら、大きなため息をついてラスターを呆れたような目で見つめる。
ラスターはライラが移動したことに気づいているのかいないのか、変わらず己が感じたままを嬉しそうにあらぬ方向を向きながら夢中で語り続けていた。
だが、炎の戦士達が『ピエトラ』の街から戻ってくると、目で合図をしそのまま彼を街まで運ばせる。
「あ、あれっ!?か、体が勝手に!?あ、ちょ、ちょっとま・・・・っ!?」
突然自分の足が地面から浮いたことに驚き慌てるが、有無を言わせない勢いでラスターをその背に担いだ炎の戦士が、大きな足取りでずかずかとライラの側から離れていった。
「はぁ・・・・・やっと静かになったわ」
偶然この地に迷い込んだならば、あの方向音痴ぶりなこともあるし、この地に再び訪れることはないに等しいに違いない。
そう思っていたのに。
ライラの予想に反し、ラスターはすぐさまこの地へその足を踏み入れることになる。
「あ、あれ〜〜?確か、この辺だったような?って、うわ・・・・ッ!」
覚えのある魔力を感じて様子を見にきてみれば、またもや彼はライラの前で今まさにつまづいてそれはもう派手にすっ転んでいた。
そのうち頭でもうって、簡単にその命を落としてしまうんじゃないだろうか?
「・・・・・・あなた、今度は何をしにきたのかしら?」
「あ!その声はこの間の!」
ライラの声に顔を明るくさせるが、そんな顔をされるほど彼と親しくなった覚えはない。
すぐさま、側で控える炎の戦士達に彼を追い出すよう目配せをする。
「あ、あの!ここで、カナリエを見なかったでしょうかっ!!」
「!?」
ラスターは、今にも地に額がつきそうなぐらい膝をつき深く頭を下げた。
彼の言う『カナリエ』、別名を『夜光草』はその名の通り夜になると発光する花で、グランシュバルツ大国の一部でしかその姿を見せたことがないといわれた、他国では幻とまで言われた薬草の一種。
ある病気の治療薬として、グランシュバルツ大国で大量に採取されてから自然に大地から生えているのを見たものは誰もいないと聞いていたのだが。
「なぁに?まさかあなたの身内か何かに、『紅の呪い』にかかっている人でもいるのかしら?」
「・・・・・っ!?」
ライラの言葉に、ラスターの折り曲げられた背中がビクッと大きく反応する。
高熱が何日も続いた後、全身に赤い痣のようなモノが広がり続けて終いには全身から血を吹き出しながら死に至るという、未だに原因不明の病の1つ。
その痣の色から赤い魔女である私の呪いでは?という噂がどこからともなく広まり、いつの間にかその病気にはそんな全くの不名誉な名がついた。
あいにく、男性だけならまだしも老若男女問わずかかるような呪いを私がかけるわけがない。
魔力による回復も効かず、唯一の特効薬になった『夜光草』から作られる薬に目をつけたグランシュバルツ大国が、ある時国の周りに自生していたモノをすべて抜き取り、城の内部で密かに育てて高値で売っていたのだ。
恐らく国が滅んだ際に、『夜光草』を大量に育てていた植物園も一緒にその大火に巻き込まれてーーーーーーー。
「フフ・・・・・・私はもちろん見てないわ♪でもあなた、その見えない瞳で今では幻とまで言われたカナリエをどうやって見つける気かしら?」
「は、はい!ぼく普段から目が見えないし、光ならうっすら分かるからそれで見つけようと思って!」
「・・・・・・今、昼間よね?」
「あ、あれ?しまった!?夜からずっと探してたら、昼間になっちゃった!?」
夜からって、一体いつからどれだけあちこちを探していたというのか?
「あ、あの!病なのはぼくの弟なんです!母も同じ病で亡くなりましたが、弟だけは絶対に助けたくて。お願いします!!どうか、カナリエを見つけたら教えてくれませんか!?」
「・・・・・・・・」
命を助けて欲しくて懇願してくる男達は何人も見てきたが、他人の為にこんな簡単に頭を下げるものは彼女の周りには少なくともいなかった。
「あなた、誰に向かって頭を下げてるの?そっちは壁よ?」
「え?あ、あれ?す、すいません!どうもこの場所にいると、方向感覚がいつもより余計に狂うみたいで・・・・・・・?!」
顔を慌ててあげたラスターの瞳の辺りに、ふわりと暖かな温もりが被さる。
「いいこと?これはあなたの為ではないわ。あなた達を命懸けで育てた、お前達の母親の為よ。くれぐれも勘違いしないことね?」
「へ?」
ライラは目を閉じ、ラスターの目の上に乗せた手の平から魔力をゆっくりと送り込む。
魔女としての巨大すぎる自分の魔力が一気に流れないよう、できるだけ力を抑えて。
本当に、ただの気の迷い。
気まぐれに過ぎなかった。
花が見つからなければこの男はまた懲りずに何度も来るだろうし、その度に穏やかな時間がいちいちほんの少しだろうと害されるのが嫌だっただけだ。
「さぁ、ゆっくり目を開けてごらんなさい」
「あ、あれ?」
初めてラスターとライラの目線がしっかりと合い、交わる。
「・・・・・赤、い」
「はぁ?何を今更。私は赤い魔女よ?」
鼻で笑うと、ラスターは震える手でライラの紅い髪の毛にそっと触れた。
「・・・・・・・赤色、だ」
「ちょっと、気安く私に触らないでちょうだ」
「赤色が見える!!」
「!?」
ラスターの手を振り払おうとしたライラの手が勢いよく掴まれ、反対側の手が彼女の頬にガッと添えられる。
「肌色だ・・・・・ぼくとは違う、もっと白に近い肌の色」
「な、何をっ!?」
かなりの至近距離で近づいてきたラスターに、炎の玉をぶつけようと掴まれていない手を振り上げるが、その瞬間ラスターは彼女から離れると床に仰向けで倒れこんだ。
「・・・・・・・信じ、られない」
「!?」
倒れこんだラスターは、天井にあちこち破壊され開けられた穴から覗く空をまっすぐ見つめていた。
「また、この青を・・・・・雲の白を、世界の色をこの目で見ることができるなんて」
気づくとラスターは両目から涙をボロボロ流し、鼻水もだばだばと流しながら、瞬きも忘れてその『青い空』に見入っている。
幼き頃、母を街の男達の暴漢から庇った際に両目を傷つけられ、最後に見たのは自分の体から流れる『紅』だった。
そしてまた、彼の瞳が一番最初に映したのはどこまでも鮮やかな『紅』。
さらに、他の様々な色彩もこの瞳で見ることができている。
夢の中以外で、もう二度と『色』を見ることはできないと諦めていたのにーーーーーーー。
その後、炎の戦士達の協力もあり、カナリエこと『夜光草』はたった一輪だが奇跡的に見つかり、ラスターはお礼を何度も何度も、もういい!!もういいから、頼むから今すぐ帰ってさっさと治療してやりなさいっ!!と、全力でライラが怒り出して炎の戦士達を使って強制的に追い出すくらいにはかなりしつこく頭を下げ続けた。
目当てとしていた治療薬の薬草も見つかり、不自由な目も見えるようになったのだ。
もうこれで、彼がこの地に来ることはあるまい。
今度こそ、そう心から思っていたのに。
白髪と褐色の肌をもった青年は、かなり大きな怒鳴り声を上げながらライラのいるグランシュバルツ大国の奥地へとやってきた。
長くなりすぎないようにと思いつつ、丁寧に書きたいと思うとつい長くなり過ぎてしまいます。
ドジっ子は本来ヒロインの特技なはずなんですが、気がつけば彼が標準装備をしていました。




