モブ女子、新たな旅の始まり
今回も読んで頂き、ありがとうございます!
ようやく新章に向かいます。
拝啓
愛しのジークフリート様。
私は今、あなたがいらっしゃるアルカンダル王国の王都から遠く離れた南の地。
その昔、『赤い魔女』が住処としていたらしい『緋の山』を超えた先にある『風の谷』に来ております。
どうしてもその後に『ナウ◯カ』とつけたくて仕方がないのは、私が好きなジ◯リ映画の中で一位二位を争うあの作品と名前が被るからに他なりません。
けれど、残念なことにどれだけ目を凝らしても『メー◯ェ』で飛ぶ人の姿はどこにもなく、今魔法が使えたらマーズを呼び出して『ナウ◯カ』ごっこが出来るのに!!と心から悔しくてたまりません。
そう、魔法が封じられた私は今、魔法使いから剣士へと転職したばかり。
すなわち、レベル1です。
何が何でも、目的を果たしてもう一度あなたに会うためにも。
このクローディア!!
女の意地にかけて、生きてあなた様の下に帰還してみせます!!
この手紙は、内容のほとんどが私と同じく転生した者以外は意味不明の単語が多いため、あなた様に届くことはなく、今夜の焚き火の中に放り込まれますのであしからず。
はい。ただの自己満足の為に書きました。
どうしても『風の谷のナ◯シカ』を字でも声でもいいから、吐き出したかったのです。
いやそんなことよりも、あなた様の守護のことはウンディーネ様に頼み込みましたから、安心はしておりますが、どうぞお元気で。
遠い地より、溢れんばかりの愛を無理やり押し込めて。クローディア=シャーロット
「クロエーーーーー!!おいしそうな果物見つけたから、朝食にしようよ!!」
朝陽を浴びながら、爽やかな風が吹くこの森の奥にてある青年の声が大きく響き渡る。
栗色の短めの髪にキラキラと輝くエメラルドの瞳を爛々とさせながら、銀色の鎧を身につけたその青年は腕いっぱいに紺色の果物を何個もそれは嬉しそうに抱えてきた。
「ありがとう!うわ〜〜みずみずしくておいしそう!」
これを例えるなら、クローディアが前世で知る巨峰の一粒がグレープフルーツ並みに大きくなっている感じだろうか。
そんな青年の名はーーーーーレオナルド=ラティート。
彼が、今回のクローディアの旅における同行者だ。
少し前では、ジークフリート様のフラグを折るためにクローディアがあちこち飛び回っていた際は必ずと言っていいほど一緒にいた存在な為、ここだけの話ルークと組んで旅に出た時より精神的にはとても楽だったりする。
彼自身の実力も、相当騎士院の特別メニューで鍛えられたようで、その動きのキレや剣の速さ重さは格段にパワーアップしていた。
久しぶりにパーティーに戻ってくるキャラクターは大抵前のレベルのままなことが多いので、これには本当にびっくりした。
いや日々成長していくのが人間なのに、ついついゲーム脳で考えてしまう私の悪い癖だ。
「皮は厚いけど、味もぶどうと一緒だね!」
「ぶどうって?」
「このくらいの小さい実がいっぱいついた果物で色んな種類があるんだけど、どれもおいしいんだ!」
そういえば、ブルーベリーやラズベリーなんかの木の実は似たような物がこの世界にもあるけど、果物や野菜は似てて味が違ったり全く同じものがあったりと様々だ。
もしかしたら、まだアルカンダル王国にないだけで他の国にはあるかもしれない。
ぶどうがあればワインも出来るはずだし、お店の名物にできるかも!!
そんなことを考えながら大きな巨峰に似た実を次々と平らげると、果物とはいえ流石にお腹がいっぱいになった。
かなり水分も含まれていた為、喉の潤いもバッチリだ!
とにかく、日が暮れるまでには目的地である『風の谷』の中にある『リーフヴェント』という名の村に辿り着きたい。
「クロエ!そういえば、さっきこの実をとってる時にキレイな小鳥が肩に止まってきてね!」
「えっ!?ま、まさかそれがトルナード様じゃ!!今どこにいるのっ!?」
レオの言葉に、思わず彼の胸ぐらを掴みながら詰め寄る。
「うーーーーん。でも、すぐ空に飛んでっちゃったよ?」
「・・・・・・・・そう」
見るからにがっくりとため息をつきながら落ち込む彼女の腰にちゃっかり腕を回しながら、ニコニコ顔のレオはのほほんとした調子であっさりと答えた。
実は、こんなことがこの旅を始めてから何十回と繰り返されている。
いやいや、まずこの旅の始まりをきちんと話させてください。
ことの起こりは、ルークよりウンディーネ様から話がある為神殿に来るように、と伝言を伝えてきたことからスタートする。
魔法を封じられてはいるものの普段の生活には何の支障もない為、『魔封じの腕輪』の解除方法は専門家のルークに任せて、私自身は平和な日々をようやく過ごしていた最中のことだった。
その日々は、ほんの数日。
以前はその毎日が同じルーティンで繰り返される、大きなイベントがない日々を退屈だと感じていたことが多かったのだが。
前世の記憶を取り戻してからは、ほぼ頻繁に命の危険に晒されたそれこそ『大きなイベント』続きだったことを思うと、平和な日々とはなんてありがたいことなのかとその幸せに涙が出そうになった。
大切な人が側にいて。
どこにいるかも分からない敵に対し、緊張感や警戒心を持ち続けることもなく。
探さなくても、おいしいご飯がすぐ目の前に出てきて。
ふかふかの暖かい布団で、心から安心して深い眠りにつける。
できればもう少しだけ、この当たり前という名の実はものすごい幸せを味わっていたかったのだが、ボルケーノやイヴァーナ様が封じられているこの状態のままでいるわけにはいけない。
さっそくウンディーネ様の神殿まで同行してあげるというルークに、頭を下げて礼を言う。
同行と言っても魔法院とウンディーネ様がいる彼女の魔法によって新しく建てられた水の神殿は魔法陣で繋がっているそうなので、その移動は一瞬だった。
「・・・・・・うわ〜、キレイ!」
清らかな水に溢れたその神殿の内部は、神が住むにふさわしき荘厳さに溢れている。
白地に薄い水色と灰色が絶妙な色彩を生み出している床や天井に使われている大理石は、まるで水の中にいるかのような錯覚を思わせ、本物の水が流れる壺をその肩に抱えた女性の銅像は今にも動き出しそうなほどに繊細で『生きている』温度を感じるほど見事な作りだった。
その神秘的な光景に、ただただ口を開けたまま見惚れていると、突然その視界に銀と紫色が入り込んでくる。
「・・・・・・いつまでそうしてるつもり?」
「ご、ご、ご、ご、ごめんっ!!」
声を出すとその息が相手にもそのまま感じられてしまうだろう近距離に驚き、慌ててルークの胸を押しながら適度な距離を開けた。
ルークはすでに何回も訪れているのだろうが、クローディアは神殿が新しくなってから訪れるのは初めてなのだ。
こんな素晴らしい光景を前に、感動をするなという方が無理に等しい。
「フフ・・・・・・・ちゃんと僕を見てないと、置いていくよ?」
「わ、分かってるってば!」
何やら妖しい笑みを浮かべてこちらを見ているが、敵のダンジョンじゃあるまいし多少迷ったところでそんなに問題はないはず。
いや、それにしても素敵な銅像だ。
「!?」
「あぁ、そうそう♪盗賊よけに僕が色々罠を張ったから、むやみやたらに触らない方がいいよ?」
「・・・・・・・・・そういうことは、もう少し早く教えてください」
今まさに、目の前にあった銅像に触れたと同時にその罠が発動し、クローディアの体は魔法によってできた薄紫の光のロープにぐるぐる巻きにされていた。
こういうことを『わざと』教えないで、あえて体で分からせるのがこの男のやり方だ。
数日の平和な日々に、自身の緊張感や警戒心を緩めすぎていたことに反省する。
「さて、そしたら先に進もうか♪」
「・・・・・・お願いします」
この男の前では、もう決して気をぬくまい!と改めて心に強く誓うクローディアだったが、そんな誓いなんてものがこの男の前では何の意味がないことを彼女はまだ気づいていない。
クローディアを呼び出した本人であるウンディーネ様は、神殿の再奥にあるかなり大きな青い光を放つ魔法陣の上で両手を左右に開き、膝をつきながら静寂が支配するその空間の中で瞳を閉じていた。
そして、『彼女』がウンディーネのいる部屋にまでたどり着いたことが分かると、その澄みきった大海原と同じ色彩の瞳がゆっくりと現れる。
「・・・・・・・来ましたね」
「ウンディーネ様!遅くなってすみません!」
元気のいい、大きな声が神殿内に響き渡った。
「クローディアちゃん!久しぶりね!」
「アイシスさん!本当にお久しぶりです!」
「よく来たな、クローディア」
「カルロさん!2人とも元気そうで良かったです!」
奥からは、この神殿の新しく守護者となったアイシスと元より守護者であるカルロが暖かく歓迎してくれた。
アイシスは遠くからかけてくると、クローディアに飛びついて自分よりも背のある彼女を力いっぱい抱きしめる。
「アイシス。再開の挨拶はそれぐらいにして、後は要件を伝えてからになさい」
「はーーーい!」
優しい眼差しのままウンディーネがそう告げると、アイシスはふわりと空に浮きそのままクローディアの後ろにいたルークの首元に背後から飛びついた。
「・・・・・・カルロの側にいなくていいの?」
「カルロはもういつでも一緒に居られるからいいの!」
ルークとも時々会えているようだが、前は常に一緒にいたことを思うと以前よりも距離のできた今はやっぱり少し寂しいのかもしれない。
彼女とカルロは、基本この神殿内から出ることはなく外に出るにはウンディーネ様からの特別な許可がいるらしい。
「クローディア、あなたをわざわざ呼び出したのは他ではありません。その魔封じの腕輪についてです」
「!?」
改めて彼女に向き直ったウンディーネはその優しい眼差しはそのままに、口元が微笑みから少し厳しいものへと変わる。
ウンディーネ様からは『魔封じの腕輪』をクローディアにつけたのはローズであるが、ここには強力な魔力が込められておりその魔力の主がルークの実の母親であるアナスタシアであること。
そのアナスタシアの背後には『黒い魔女』がおり、彼女の魔力が黒い魔女のせいで本来の強さをはるかに上回ったものになっていること。
そして、その巨大な魔力による封印の術はルークやウンディーネ様にも解けないことを告げられた。
「・・・・・・まさか、ウンディーネ様にも解けないなんて」
きっと、ウンディーネ様やルークなら何とかなるだろうと心のどこかで残っていた最後の期待が粉々に砕かれる。
分かりやすく肩からうなだれて落ち込んだクローディアに、ウンディーネもまつげを伏せながら彼女の方へと静かにその手を乗せた。
「えぇ。ですから、あなたには風の神であるトルナード様を見つけて欲しいのです」
「・・・・・・・トル、ナード様?」
またゲームとは関係のない、初めて聞く神様の名前だ。
確かに水・氷に火とくれば、地水火風の4大元素にあるように風や土もお決まりにいていいはずである。
「あの、ちなみにトルナード様はどんな姿をしてるんですか?」
よくゲームで見かけるのは、シルフのような子ども姿をしたものや荒々しかったり好奇心旺盛な元気系の青年だったり女性側なら気まぐれな少女などいたが、どのキャラクターも型に囚われることなく自由気ままで、属性の風そのもののような性格をしていることが多かった。
風属性のキャラは好みの容姿をしていることが多いため、今から結構ワクワクしている自分がいたりする。
まさかの好みドストライクのイケメンの神様とかが出てきてしまったらーーーーーーーうっかりときめいてしまうかもしれない。
ボルケーノも肉体派のマッチョ系イケメンになると思うのだが、残念ながらクローディアは筋肉フェチではなかった。
女性よりウエスト細いんじゃないの!?っていうほっそり細身もひょろっとしたのもタイプではなく、筋肉はしっかりあるものの普段はそこまでムキムキして見えないのがいい。
脱いだら実は凄かった!
着痩せするタイプなんですね!
果たして、こんな表現で果たして伝わるのかは微妙だが。
イヴァーナ様もウンディーネ様も美形なことを考えると、タイプは違えど神様は皆とても容姿が素晴らしいのだ。
この際、男女どちらであっても会えるのが楽しみになるのは仕方がないといえよう。
「・・・・・・ごめんなさい。トルナード様が今どんな姿をしているのかは、わたくしたちにも分からないの」
「え?」
これまでに画面の中や紙の中で出会ってきた数々の風の精霊や神キャラを思い出しながら、期待値をぐんぐん一気に上げていたらそれはもうあっさりと崩されてしまった。
「あの、つまりどういうことでしょうか?」
同じ神様なのに、これまでに会ったことが一度もないとか?
「風の神、トルナード様はわたくしたちよりもはるか昔からこの世界におわす神の1人です。けれど、かの方は同じ姿でいることを良しとせず会うたびにその姿形を変えるのを、心から楽しんでいらっしゃる方で。その性別も年齢もバラバラどころか、時には人ではない動物にもその姿を変えることができるお方なのです」
何だろう?
昔好きでよく読んでたギリシャ神話のゼウス神のような感じなのだろうか。
ゼウスは、ギリシャ神話の中における天空の神でありオリュンポス十二神の頂点に君臨するまさに最高神であり、全知全能の神である。
ちょっとどころかかなり女癖が悪くて奥さんがいるにも関わらず、その変幻自在な姿を使いながらあの手この手で色んな女神どころか妖精達にまで手を出していくのだが。
まさか、そのトルナード様も同じように女癖が悪いとかいうオチではないことを祈ります。
「ですが、トルナード様を祀る風の神殿がある風の谷ならば会える可能性が高いはずです」
「・・・・・・い、今何と?」
「ですから、風の神殿ならば」
「そのあとですッ!!」
クローディアのギラギラした目が、ノー瞬きのままウンディーネを襲う。
突然の彼女の変化に、戸惑いを隠せない。
「か、風の谷のことですか?」
「・・・・・・・・・・ッ!!!」
その時、私の頭の中には高い声の幼い少女が歌う、あるメロディーが頭の中を何度も再生していた。
気分はもう、金色に野に降り立つ何とかだ!!
前世では小さい頃から何度も繰り返し見た
作品なこともあり、まさかの生まれ変わった今もその映像と音楽とセリフが一瞬にして鮮明に思い出される。
「フフ・・・・・・また変なこと考えてる」
そんなクローディアの様子に気づいたルークが首元にアイシスをくっつけながら近寄ってくるが、妄想に悦っているクローディアはその気配に全く気づかない。
「気持ち良さそうなとこ悪いけど、ウンディーネ様の話はきちんと最後まで聞こうね?」
「?!」
クローディアの耳元でわざと息がかかるようにしながらルークが声のトーンを落としながら声を出すと、その瞬間全身に走った悪寒にクローディアが神殿中に響くかのようなそれは大きな悲鳴をあげてその場から勢いよく飛び上がる。
魔法なしでも人間はいざとなればこんなにジャンプ力があるのかと、全く関係ないところで感心しているアイシスの横では、ダークオーラが絶対に全身から出ているようにクローディアにだけはそう見える『悪い笑み』を浮かべたルークが楽しそうに微笑んでいた。
小さい頃から何度もマイブームがきたジ◯リごっこ。
学生の頃、ある旅行先で雰囲気のある街中の人のいない狭い路地の道に猫がいて、こちらを何度も見ながら行ってしまったのを見て追いかけたくなる衝動に駆られた私を、友人の呆れた目がじっと見ておりました。




