モブ女子、それぞれが持つ光の為に
今回も読んで頂き、ありがとうございます!
この先の展開の色んなルートが浮かび、どれがいいのかと悩んでいたらこの場面を中々書けずにいました。
美しく荘厳な雰囲気に包まれたナーサディア神殿の再奥に、その少女はいた。
「・・・・・・ローズ!」
優しい眼差しで創成期よりずっとこの国を見守っていると言われている、女神・ナーサディアの石像があるその祭壇の前で膝を床につきながら祈りを捧げている。
その光景は、彼女がこの国の1000年の創立祭にこの国を訪れてた時を描いた、ゲームの冒頭部分としてオープニングにも流れた映像にとてもよく似ていた。
その時彼女を見ていたのは攻略相手であるアルフレドであり、彼がナーサディア神殿の中で彼女を見つけるシーンが今、クローディアの目の前の窓から差し込む美しい光の中で映し出されている。
「こんにちは。あなたはこの国の人?私はここから遠く離れた村に住む、ローズ=カロライナ。よろしくね!」
「!?」
ニッコリと、女神・ナーサディアの像の前で立ち上がったローズは静かに立ち上がり、祭壇の入り口に息を切らしながら立つクローディアに向かって笑いかけた。
初めて会うはずなのに、その眩しい笑顔にはどこか懐かしい思いまで感じてしまう。
この明るい笑顔に、ゲームの攻略相手である男性達は心を動かされ魅了されたのだ。
キャラクター設定ではどこにでもいそうな普通の少女とあったが、モブキャラの自分からすれば彼女はとても可愛く愛らしい容姿をしている。
「・・・・・・私は、町の店で働くクローディア=シャーロットです」
本来ならば、彼女がこの国を訪れるのは先ほども話したもう少し後の時期に国中でお祝いの祭りが盛大に開かれる、アルカンダル王国の1000年祭。
その日に彼女はこの場所でアルフレドと運命的に出会い、掴まれたその手の甲に『聖女の証』が彼の前で光り、聖女候補として後日この国へと再び呼び出され暮らすことになるのだ。
そのオープニングの中でジークフリート様やレオ、ルークとも彼女はそれぞれ出会い彼らの中にその存在を刻みつける。
時期が早まったとはいえ、その彼女がここに現れてしまったーーーーーーーーー。
「クローディアさん?なんて呼んだらいいかな?」
「・・・・・・クロエで」
「クロエね!私はローズで大丈夫よ!町に住んでるなら知ってるかな?この国には私の幼なじみのレオ、レオナルドがいるんだけど彼とはまだ会えてなくて」
レオは彼女に会えたら、それは喜ぶだろう。
元々、彼女を護るために騎士になろうと決めて頑張っていたのだ。
「レオは、騎士院ですごく頑張ってます」
「本当!?よかった!実はもう何年も会えてなくて、すぐに彼だと分かればいいんだけど。男の子の成長はみんなすごいから、全然変わらない自分が情けないな」
ローズは、聖女になることよりもレオや自分の周りの人の為に何か力になれるのならと、聖女候補になることを引き受ける。
名誉も名声も彼女にはさして興味がなく、彼女が求めていたのは自分の側にいる人達の幸せの為に何か出来ること。
「たぶん、すぐに分かりますよ。彼はいつもあなたの話ばかりでしたから」
「そっか。そんな風にちゃんと覚えていてくれてるなんて本当に嬉しい。あなたに変なことを話したりしてない?私ったら、彼の前だとドジばかりやらかしてよく呆れられてたから」
恥ずかしさに頬を染めながら、コロコロとその表情を変えていく目の前の愛らしい少女のことを、素直に可愛いと思う。
「いいえ。あなたのことをいつも大事な人だと、嬉しそうに話してくれてました」
「!?」
ローズは、満面の笑みでクローディアの彼女よりも少し大きい手を両手でしっかりと握りしめた。
「ありがとう。あなたがずっと彼の側にいてくれたんだね!」
「・・・・・・・ッ」
いつか、こんな日が来ることを分かっていたはずなのに。
レオとローズの話をあんなにも散々していたはずなのに、何を話していたのか上手く思い出せない。
自分は彼女が現れるまでの間、彼らの側にいることを許されていただけに過ぎないのに。
「・・・・・・・でも、残念」
「え?」
クローディアの両手を握りしめているローズの手に、強い力が込められる。
「あ、あの、ローズ?」
「・・・・・・・・・」
「!?」
女性の彼女にしては強すぎるその握力に痛みを感じ、その手を振りほどこうとしたクローディアの体に大きな衝撃が走った。
左の胸の奥にあるはずの心臓が強く握りしめられたかのような感覚のあと、全身が心臓になったかのように大きく脈打つ。
「は、離してっ!!」
彼女を突き飛ばす勢いで両手を放り上げ、ローズから距離を置くとクローディアの手首には見覚えのある装飾品がついていた。
「これは・・・・・・魔封じの腕輪っ!?」
それは以前ルークから貰った外からの魔力の影響を減らす代わりに、己の魔力も使えなくなる魔法道具。
前に身につけていたそれは、クローディア自身が感情の高ぶりから魔力を暴走させた結果、壊れて外れてしまいその残骸は今も崩れた古代神殿のどこかに埋まっていることだろう。
「は、外れない!?なんでっ!?」
確か前の時、取り外しは自分の意思で自由に可能だったはずだ。
なのに、手首にぴったりとはめ込まれたその腕輪はその継ぎ目も分からず、指の方から外そうにも全く動かない。
「どうしてっ!?」
「・・・・・・・これでもう、悪いことはできないね?」
「!?」
明るく無邪気な笑顔が、目の前にあった。
ゲームの中ではいつだって見ていたはずの、彼女の誰にでも向けられるその笑顔のままで、決して大きくはないローズの声が耳元に響く。
「・・・・・・ドロボウ猫さん?」
それは、どこか冷たい音をしていた。
「ローズ、違うの!!私はあなたから彼らを奪おうとしたわけじゃなくてっ!!」
「そうだ!!貴様のような卑しい女は地面を這いつくばっているがいい!!」
「!?」
クローディアの横をそのまま歩いて通り過ぎようとするローズに振り返り、その背に手を伸ばしたクローディアの後頭部に聞き覚えのない男の声とともに大きな痛みが走る。
そして意識がすぐさま朦朧とし、閉じてゆく視界の向こうではローズがそれは嬉しそうに笑っていた。
「・・・・ロ・・・・ズ」
ナーサディア神殿の床にうつ伏せになって倒れこんだクローディアの背中を、彼女を殴りつけた男の足が勢いよく踏みつける。
彼女の意識はすでにない。
「ちっ!手間取らせやがってっ!!」
こんなさして力のない女1人にここまでこの自分の手が煩わされたかと思うと、男の苛立ちはさらに高まった。
この女にはこれから、死ぬより酷い目に遭ってもらうなければならない。
なぜなら、彼女は彼『ハンス=ブルースト』にとっての光を傷つけた。
元々貧しい生まれな上に病気で両親はすぐに他界し、生きていくためには盗んで奪っていくことしか生きる術がなく、騙し騙される裏の世界で飢えとケガからいよいよダメだと諦めそうになったハンスの前に現れた光。
彼女は自分に居場所を与え、生きる希望を与えてくれた。
そんな彼女が幸せになる為であれば、彼女が望むのならば自分はなんだってする。
そう決めて裏の世界で這い上がり、ある程度の力もつけた。
その光を、この女は体も心も傷つけたのだ。
そんなことな到底許されるはずがない。
「おい女!!どこへ行く気だ?」
銀の騎士が使えと置いていった『ローズ=カロライナ』は、すでに祭壇の入り口にいた。
「役目を果たしたから、私はもう帰るね!」
ニッコリと笑顔を浮かべた少女は、そのまま軽やかな足取りで神殿を出て行く。
「・・・・・・まぁ、もし邪魔になるようならあいつも後から消してしまえばいいか」
目撃者はいないに越したことはない。
「それより、この女を早くここから移動させなければな」
基本的に、この場所は立ち入り禁止区域だ。
本来は見回りの兵士が見張りについていることが多いが、その兵士はすでに気絶させて近くの森の中で眠らせてある。
その兵士が目を覚まし、騎士院の警備隊に駆けつけられると色々面倒くさいことになる為に必要のない長居は無用だ。
「!?」
だが、床に倒れた女をいざ連れて行こうと手を伸ばすと、その手がある一定の距離から進めない。
何度試そうとも、空間そのものに拒まれてしまっていた。
「結界!?魔法は封じられたはずだっ!!」
すぐさま女の手首を目で確認してみても、魔封じの腕輪は変わらずそこにつけられている。
バタンッ!!!
「!?」
ローズが出て行った祭殿の部屋の扉が、ひとりでに閉まった。
「だ、誰だっ!?」
「・・・・・・誰のモノかわかってて、手を出してるんだろうね?」
「!?」
先ほどまで、床にうつ伏せになっていたクローディアの姿が消えている。
そして、ハンスの両の足が何者かによって下から強く掴まれた。
驚愕に強張らせた顔でその足元を見てみれば、その足に絡み付いていたのは無数の黒い手。
さらにその黒い手を生み出しているのは、自分を中心にして薄い紫の光を放つ魔法陣。
「くそっ!!やめろ!!放せっ!!こんなところで俺は終わるわけにはいかないんだっ!!」
黒い手に掴まれながら、その魔法陣の中へと引きずり込まれていく感覚になんとかしてそこから逃げ出そうと全身で抗うが、その手はビクともしない。
「お、オリビア様ァァァーーーーーーーッ!!」
そのまま大絶叫をあげ、いやその声すらも魔法陣の中へと黒い手によって引きずり込まれ、ハンスの姿はその場から跡形もなく消え去った。
「・・・・・・・フフ♪運が良ければ、生きて帰ってこれるよ」
薄紫の光が収まり魔法陣がその場から消え失せると、その場にはクローディアをその腕に抱えた紺のローブを頭から被った青年が現れる。
彼女の負っていた傷はすでに彼によって癒され、今は安らかな寝息を立てていた。
「これは・・・・・・ッ!」
クローディアを抱えていた青年の瞳に、彼女の手首にはめられた彼がよく知る腕輪が映る。
だが、そこに込められたのは強い魔力。
それは先ほどまでこの神殿の外壁に張られていた、『彼女』の手のものと思われる結界と同じもの。
先ほどの結界は、確かに編み込まれた魔力はかなり複雑なものだったが強度はそこまでではなかった。
だがこの腕輪に込められた魔力は、それとは比べものにならないほど強力な量と強さのものが込められている。
その証拠に、本来なら彼女から感じる元々持っていたあの巨大な魔力のエネルギーも、彼女の内にいる炎と氷の神々の魔力も今は何も感じない。
この腕輪に込められたのが結界と同じ『アナスタシア』のものならば、その後ろにいるのはーーーーーーーー。
「・・・・・・・やって、くれるじゃないか」
いよいよ動き出した闇に向かって、ルークはそれは美しい微笑みを浮かべた。
彼女を助けるのも彼だけではなく、その候補がいくつかありましたが最終的に最初からイメージに浮かんでいた彼になりました。
ハンスにとっては、どっちの方がマシだったのか。いやどちらでも容赦がないのは一緒でしたね。




