モブ女子、愛する者の為に
今回も読んでいただき、感謝です!
神様。
どうか、私から光を奪わないで下さい。
彼が血をまとってその命が散る場面を、何十回と見ていたかつての記憶が頭の中に蘇る。
時には嬉しそうに、時には苦しそうに折れなかった死亡フラグをまたもやあなたはその手に持って消えてしまうのかと、どれだけこの心を痛めつければいいのかと画面越しのあなたを泣きながら責めたことすらあった。
それでも、こんな痛みは知らない。
私の手の中が紅い血で染まり、目の前の景色から色がなくなる。
たくさんの音が耳に響くが、そのどれもが上手く耳に届かない。
『団長が!!誰か、今すぐ魔法院に連絡を!!』
『クロエ!?一体これは何があったの!!』
『・・・・そんな、知らなかった、こんな、こんなはずじゃ!』
ぐるぐるぐるぐる、何かが頭の中を回っていく。
どうして、私の力は発動しないの?
さっきはすぐに出てきたじゃない?
あなたが万能でない、必要な時にすぐに出てきてくれる力でないことはよく知ってる。
それでも、なぜ今なの?
なぜ、この人なの?
今この時に役に立たないのなら、こんな力はいらない!!
私の魔力も命も全部使っていいから、だから今すぐこの人を治す力に使ってよ!!
だからどうか、奪わないで。
この人の命は、まだこの世界にとって必要なんです。
私を守る為なんかに、その大事な命を失わせないで。
取らないで。
連れて行かないで。
私をおいて、行かないで。
クローディアの頭の中に、これまで彼とともに過ごしたたくさんの場面が一気に蘇る。
初めて出逢った時から何も変わらない、その眩しい姿に涙が溢れては頬を伝い、クローディアの抱きしめるジークフリートの顔の上へと落ちていく。
お願い。
この力を私に授けてくれた神様。
この先にどんな大変な目に私があっても構わないから、だから今この時だけは力を貸してください。
この先、この人のそばに居られなくてもいい。
愛するこの人に少しでもいいから『愛されたい』なんて、もうそんな夢もみないから。
だから、どうかこの願いだけは聞いてください。
どうか。
どうか、お願いします。
「・・・・・・・・・・ッ」
その時、わずかだがジークフリートを抱きしめるクローディアの手に暖かさが伝わる。
それは次第に全身へと伝わり、願っていた奇跡がようやく起こったのだとわかった。
「・・・・・・・よかっ、た」
大きな脈動を打ち始めた彼の体を、力一杯抱きしめる。
あぁ、神様。
本当に、ありがとうございます。
これまでは当たり前に側にあったこの奇跡の力に、心から感謝します。
抱きしめる彼女の目からは涙がの雫が次々と溢れかえり、その顔には心からの喜びが咲き誇る。
「・・・・・・・・・」
そして、目の前で起こったその光景からオリビアは一瞬も目が離せないでいた。
今まで高価で芸術的にも評価の高い、美しいものをたくさん見てきたしこの手で触れてきた。
煌びやかな世界には皆がありとあらゆる美を纏っていたし、自分もそうあるように勤めてきたのだ。
でも、なぜなのか。
オリビアは『血まみれ』の、本来なら美しさとは結びつかないその体を抱きしめてどこまでも嬉しそうに微笑むクローディアと、彼女の腕の中で穏やかな顔で眠るジークフリートの姿が、とても美しいものに見えた。
2人を包む空気が魔法の為か淡い緑色の光に溢れかえり、その光景にオリビアは魅入っている。
「・・・・・・・・きれい」
その後、騎士院に駆けつけた魔法院の回復魔法に長けた救護班によってジークフリートは連れて行かれ、その腕が自由になった彼と同じ『血まみれ』の彼女がオリビアへと向き直る。
「あ、あの・・・・わたくし!」
持っていた短剣があんな風に変化するなど、本当に何も知らなかったのだ。
ただ、少しクローディアが傷つき痛い目に合えばいいと思っていただけで、こんな大事になるなど考えてもいなかった。
そんなオリビアへと、クローディアは血に塗れた手の平でオリビアの白い陶器のような肌を勢いよく打つ。
「・・・・・・さない」
打たれたオリビアの頬には、彼女の手に染みついていたジークフリートの血がついていた。
「あの人を傷つけるなら、絶対に貴方を許さないっ!!」
「!?」
頬を打たれたオリビアよりも打ったクローディアの方が痛そうに顔を歪め、これまでに見たことがないほどに強い眼差しでオリビアをまっすぐに射抜く。
クローディアはそれ以上何も言わずに踵を返すと、その場から走り去っていった。
「・・・・・・・・」
騎士院の者たちはざわざわとしながらジークフリートのことで慌しく動いており、打たれた頬に触れながら呆然と空を見つめるオリビアに声をかけるものはどこにもいない。
そんな彼女に、1人の女性が自分が持っていたハンカチを静かに差し出した。
「悪いけど、クロエがやらなかったらこの私があんたをひっぱたいてたわ」
「!?」
「言っておくけど、私は何も知らなかった分からなかった、なんてふざけたことをこの場でぬかすようならもう一発その頬をうつわよ?」
「・・・・・・・ッ!」
オリビアの体がビクッと反応し、その姿から図星だったことに大きなため息をついたイザベルは、そこから中々動こうとしない彼女の手に無理やりハンカチを握らせる。
「あなたは少し痛めつけるぐらいこ気持ちだったのかもしれないけど、それでもあなたの感情に走った行動のせいで騎士さんは死にそうな目に合い、クロエの心はひどく傷つけられた。その事実は、責任持ってきちんと認めなさいよ」
「・・・・・・・」
「私達はみんなが同じ1つの命を精一杯生きてるの。みんながあなたを愛するわけではないし、誉めたたえるわけではないわ。悪いけど、あなたの為に生きてるわけではないもの。世界が自分を中心に回ってるとでも思っているのなら、それこそ本気でおめでたいお嬢さんね」
「!?」
それだけ言い捨てると、イザベルはクロエに追いつくために騎士院から急いで出て行く。
クローディアの魔法が発動したならばジークフリートよりも、彼女の方がずっと心配だ。
自分に自信がなく、周りに愚痴や弱音を滅多に他人へと吐かずに己を責める癖がある彼女を長いこと独りきりにしておくわけにはいかない。
きっと今頃、自分のせいでジークフリートが危険な目にあったのだと自分を強く責めているに違いない。
事実はそうかもしれないが、ジークフリート自身はきっと彼女を側にいて守れたことに喜んでいることだろう。
遠くにいて、愛する人の危険に対して何もできずにいることの方がずっと辛い。
もし目の前でヨハンに向かって刃が向けられていたら、自分だって同じように命懸けで庇うに決まっているし、逆に狙われたのがジークフリートだった場合は彼女自身が喜んでその身を捧げるだろう。
頭でどうとか考える前に体が勝手に動くのだ。
「・・・・・・少し、言いすぎたかしら」
オリビアはその可愛らしいか弱い見た目に反して、中身はもっと激しいものを持っている。
あれぐらい言わねば到底響かないだろう。
ちなみにクローディアは一発で済ましていたが、自分がその立場なら相手が女だろうがボコボコに殴り倒していたはずだ。
「いや、それよりも今はクロエを見つけないと!」
どこかで膝を抱えて泣いているだろう彼女を思い、イザベルは顔を上げて気合を入れるとスカートを手で持ちながら街中を走り出した。
後に悔いるから後悔。
前にすることではないし、過去は変えられないと分かっていてもせずにいられないのが後悔ですよね。
言葉は本当に深い意味を持つなと、日々感じます。




