モブ女子、おかえり

どうにかこうにか、追いかけてくる男達をまいて騎士院の入り口まで逃げ込むと、すぐに懐かしい面々が久しぶりの登場に声をかけてくる。

今まで何をしてたんだ？

元気そうで良かった！

ケガとかしてないか？

相変わらず、普通に登場しないやつだな〜！

色んな声が飛び交うが、今は彼らに会えたことにただ素直に嬉しい気持ちだけが溢れる。

そして、その中でも。

「クロエーーーーーーー！！！！」

「・・・・レオッ！！」

泣きながら私にタックルをかましつつ抱きついてきたのは、レオナルド。

こうして彼に会うのも本当に久しぶりだ。

それに、あの悪夢の中では一番彼のことでショックを受けていたこともあり、生きている彼に会えたことに自然と涙が溢れてしまう。

「良かった・・・・レオ！本当に良かった！！」

「く、クロエ？どうかしたの？」

いつもならパンチが飛ぶ状況の中で、むしろレオナルドの体を自分から抱きしめて泣くクローディアに、レオナルドの方がとまどっていた。

「・・・・・ク、クロエ？」

だが、久々の彼女の温もりにレオナルドの心も満たされて温かくなり、いつまでも自分の胸で泣きじゃくる彼女の姿を見ているうちに別の感情がだんだんと湧いてくる。

可愛い。

俺のことで泣いてるクロエが、すごく可愛い。

本当に、食べてしまいたい。

「クロエ、大好き！！」

レオナルドは胸に湧き上がってきた衝動のままに、彼女の顔を両手で包みこみそこへ自分の顔を近づける。

おでこに、目尻に、そして頬へと口づけを落とそうと思った途端ーーーーーーー。

「！！？？」

レオナルドの頬にクローディアの鋭い右ストレートがヒットして、彼の体が遠くに吹き飛ばされる。

「あ、あれ？」

拳を正面に突き出したままの姿勢で、クローディアの顔がキョトンと仰向けに倒れているレオを遠くから見下ろしていた。

手の甲の痣が淡く光っているが、誰もそのことには気がつかない。

「クロエ、痛いよ〜〜！」

レオは突然の攻撃に防御もろくに出来ず、赤く腫れた頬を涙目のまま手で覆っている。

「い、いや、今のは意識してやったわけじゃ・・・・・？？」

腕が勝手に伸びたような感じだった。

確かに、普段なら調子に乗るな！と殴っていたところだが、感動が先にたって彼の行動になどそんな意識は向いてなかったというのに。

「それじゃ、怒ってないの？」

「もちろん怒ってなんかな・・・！？」

「やったぁ〜〜！！そしたらもっとくっついてもいいいよね！！」

パアッ！と、青年にしては爽やかで無邪気すぎる笑顔を向けたレオが、満面の笑顔で再び私の体に飛びついてくる。

周りにいた騎士院の仲間騎士達は、いつもの光景が帰ってきたと笑いながらそれぞれの訓練や持ち場へと手を振って帰って行く中、あまりの勢いの為に２人して地面に倒れこんだ。

「・・・・・あたたたっ！」

「へへっ！クロエとこうやってゆっくり過ごすの、すっげー久しぶりで俺メチャクチャ嬉しい！！」

「そういえば、そうかもね」

緩やかな風に吹かれながら、彼の柔らかな髪の毛に触れていると可愛いバルバロスを思い出し、なんとも穏やかな気持ちで彼の頭をそのまま撫で続けていた。

以前は毎日のようにレオと一緒にいて、ジークフリート様の死亡フラグを折るために森や砂漠などあちこちへ飛び回っていたが、それがほんの少し前のことなはずなのになのにものすごく昔のようにも感じる。

レオの頭を無心のまま撫でていると、なぜだか胸が暖かな気持ちになってホッとしてしまった。

彼とこうして前のようにふざけていると、ようやく日常に帰ってきたようにも感じる。

「・・・・・・・」

レオに甘えられることは、不思議と嫌ではない。

これってもしや、母性本能ってやつだろうか

？

いやいや、なんで私はもう少しで立派な大人になる自分より体の大きな男に母性本能がくすぐられてるんですかね？？

確かに、私のお腹の辺りでニコニコしながらご機嫌のレオは大きな子どものようにも見えて可愛い弟のような感覚だが、クローディア的に言えば同世代の男子だ。

「なぁに？クロエ！」

「・・・・・なんでもない」

バルバロスとそっくりの、キラキラさせた大きな目を見てしまえば考える気力が一気に抜けていく。

見えないはずのシッポがブンブン揺れているのが、今ならハッキリ具現化している気がした。

「クロエ、だーーーい好きっ！！」

「！！？？」

ドゴォッ！！！

腹の辺りにいたレオの顔が一気に近くに来たと思ったその時、私の右手は再び彼の頬に華麗な右ストレートを決めていた。

「ーーーーーーはっ！ご、ごめん！！大丈夫？！今のはちゃんと自分の意思だから安心してね！！」

「いや・・・・・それ、全然安心じゃないよね？」

真っ赤な頬を抑えながら中々立ち上がれずにいるレオに手を合わせて謝りながら、私はこんなやり取りもずいぶんも久しぶりでなんだか思わず嬉しくて、笑いがこみ上げきた。

「ごめん！でも・・・・あはははっ！！」

「ひっでーーーー！！俺、本気で痛いのに！！」

なぜだろう。

笑いすぎて、途中から涙までにじみ出てきてしまう。

「ーーーーーー全く、何をやってるんだお前達は」

「！？」

クローディアの頭に大きな手がポンと乗っかる。

この、声だけで不思議と安心できる低めの声は。

「グレイさんっ！！」

「ーーーーーーッ！？」

振り返るなり、クローディアは喜びのままにそのスラッとした体に飛びつき、涙を少しだけにじませながらニッコリと笑った。

「ーーーーーーなんだ急に、変なやつだな」

わずかに口元を緩めたグレイが、クローディアの頭をポンポンと宥めるようにたたく。

「ーーーーーーおかえり」

「・・・・・ッ！」

気がつけば大切な人ばかりになっていた、自分の『当たり前』が心から愛おしく、こんな毎日が当然のように自分の側にあったことに、あの悪夢のおかげで心から感じられたことに今は有難いと思う。

だが、少しずつその日常を脅かす影が知らない内に近づいていることに、日常に帰ってきたばかりの彼女はまだ気づかない。

そして今しばらくは、その影もなりを潜めていた。

「クローディア=シャーロット殿！！国王陛下の命を受け、あなたに言伝を賜って参りました！！どうか、これよりすぐに王宮へとお越しください！！」

「！？」

グレイやレオとともに、騎士院の中へと入ろうとしたクローディアの前に、品のある王宮の鎧を着込んだ兵士が、いつになくだいぶ急ぎ足で来た様子で目の前で膝を追って現れる。

新しい嵐が、すぐそこまで来ていた。