禁じられた小夜曲 8
今回も読んでいただき、感謝です!
知っている土地や人の名前が出るだけで、少しほっとする感じが不思議です
ここで場面は大きく変わり、舞台はアルカンダル行きの船の上へと移る。
船の上では、頭から足の先まで覆うほどの黒いローブを身にまといながらアイシスさんが海を眺めていた。
その横には、護衛としてジルがすぐ側で控えている。
『アイシス様、海は潮風も強いですから、そろそろ中に入りませんか?』
『ありがとう、ジル。うん・・・もう少ししたら、中に入るから』
『かしこまりました』
今はこの、海の音と頰を撫でるひんやりした風がとても心地いい。
エルフの里では見られない、このどこまでも続く海を静かに眺めているのが楽しかった。
カーラとの出会いの後、部屋に戻るなりカルロからかなり長いことお説教を受け、軽はずみな行動がどれだけ大変なことになるのかと、何度も繰り返し怒られた。
カルロに怒られる度に、頭の中には同じように自分を叱ってくれいていたお父様のことを思い出す。
愛する家族やエドは、突然いなくなった自分のことをどれだけ心配しているだろうか?
エルフの里への帰路につく道の中で、ようやくその思いが心の中に溢れてきた。
今なら、お父様は私のことを強く思ってくれているからこそ、何も考えずに好き勝手行動する私を心配してあんなにも怒り、止めようとしていたのだとよく分かる。
ならば、自分をあんなにも慈しんでくれていたお父様やお母様に与えている不安と心配は、果たしてどれほどのものなのか。
そしてーーーーーーー。
『もうすぐ、2人ともお別れなのね』
『・・・・アイシス様』
『分かってるわジル。それでもやっぱり、寂しくてたまらないの』
『!?』
分かってる。
私を元のエルフの里へ返す為に、どれだけカルロが苦労したのかも。
エルフは不老不死でとても長生きだから、たとえ人間界に無理を言って残りどれだけ彼らが長生きしても先に死ぬし、その後私は1人で生きることになる。
何千年と生き続けるエルフからしてみれば、人間の一生はどれだけ一瞬の様に感じることか。
それがどれだけ大変で、困難なことなのか。
2人の様に友好的に接してくれるのがどれだけ希少なことなのかも、カルロから何度も聞かされてようやく分かって来た。
『僕たちも、寂しいのは一緒です』
『うん・・・・ありがとう。カルロも、少しは寂しがってくれるかな?』
『当たり前じゃないですかっ!!』
笑いながらも彼を想って涙が溢れるアイシスを、ジルが力強く抱きしめた。
今彼女が抱きしめてもらいたい相手は自分ではないと分かってはいる。
それでも彼にまっすぐ恋をするこの人を、その別れを心から悲しむ彼女を放ってはおけない。
『・・・・・・ッ!!』
そんな2人を、物影から静かに見ていた青年がその場を黙って離れていく。
唇を噛み締め、眉間にシワを寄せたその姿を2人は知らない。
何も知らないまま、船はアルカンダル王国へと続く大地の桟橋へとついに到着してしまった。
船から桟橋へと降りた3人は、アルカンダル王国から西の『翠の森』へと向かう。
この日のアルカンダル王国の空は厚い雲に覆われており、森に向かう中で降り始めた雨のせいか辿り着いた森の中は霧が酷く視界も危うい環境だった。
『足元も危ないですし、一度王都に戻って出直しましょうか?』
『そうだな』
『・・・・・呼んでる』
『アイシス?』
見知らぬ土地で無理をして足を進めるのは危険だと2人が判断し王都へと戻ろうとしたその時、それまで落ち込んだ様子で黙り込んでいたアイシスが突然呟いた。
『誰かが・・・・私を呼んでる』
『アイシス!!ジル、お前はここで待っていろっ!!』
『カルロ様っ!!』
そのまま何かに引っ張られるようにしてアイシスが霧の中へと消え、慌ててその後ろをカルロが追いかける。
『カルロ様!アイシス様・・・・どうか、ご無事で!!』
森の入り口に残されたジルベルトは手を顔の前で合わせると、これまで祈ったこともなかった神に向かって初めて心から祈りを捧げた。
何かに呼ばれたアイシスさんは、1人で霧の中を彷徨い歩いていた。
『私を呼ぶのは・・・・だあれ?』
見て、こんなところにお姫様が!
本当だ!道に迷ったのかな?
でも、変なモノを森に連れてきたよ!
あれは人間だ!
森の姫が、人間を森に連れてきた!
『これは、もしかして・・・・この森の精霊さん達?』
声は、森のあちこちからアイシスの耳へと響き渡った。
それは普通の声ではなく、エルフの耳でなければ聞き取れない特別な空間からの音。
『あなた達の森に勝手に入ってごめんなさい!でも、カルロやジルは良い人なの!私を助けようとしてくれてるのよ!』
精霊達の声に、『人間』に対して良くない感情を感じ取ったアイシスは彼らを守ろうと声をはりあげるが、その想いは精霊達には届かない。
悪い人間が森に来た!
人間は森を荒らし、ぼくらの家を燃やす!
悪いやつは追い出さなきゃ!
そんなんじゃ、またすぐ来るよ!
やっつけなきゃ!!
そうだ、人間なんてやっつけてしまえ!
『精霊さん達、お願いだから私の声を聞いて!!2人は何も悪いことなんてしてないのっ!』
アイシスの周りはさらに深い霧に包まれ、どっちから歩いてきたのかもう分からない。
ただ2人に危険が迫っているのだけがハッキリと分かり、焦った様子のアイシスが精霊達へと何度も声をかけるが、彼らの声はどんどん遠くなるばかりだった。
『お願い・・・・お願いだから、2人を傷つけないでっ!!』
『誇り高いエルフの姫が人間を庇うなど、珍しいこともあるものね?』
『!?』
その時、アイシスの耳に響いたのは精霊達のものではない、柔らかな響きの女性の声だった。
『待ってくれ!俺はお前達の大切なエルフの姫を、故郷へ送り届けたいだけなんだ!!』
アイシスを追いかけて森に入ったカルロに、森の木々が意思を持ちその枝を自由自在に動かしながらカルロへと襲いかかっていた。
自然を傷つけるわけにはいかないと、カルロは自分からは決して反撃はせず、避けながら彼らに声をかけ続ける。
だがそんな彼の言葉は届かず、彼に襲いかかる森の木々は次から次へと増え、とうとうその手足を木の枝葉で完全に縛り付け拘束して動きを封じた。
そして木の枝を鋭く尖らせると、カルロに向かってその刃で四方八方から襲いかかる。
『・・・・・・アイシスっ!!』
彼女を必ず故郷へ返すと決めたのに!!
今度こそ、守りきるとーーーーーーーー!!
『!?』
しかし予想した痛みはカルロの体に訪れることはなく、恐る恐る目を開けたカルロの前には木々にその白い手足を貫かれたアイシスの姿があった。
その雪のように白い肌と、彼女が自分と出逢った際に来ていた美しい水色の服が彼女の赤色の血で染まる。
『良かった・・・・カルロ』
『アイシスッ!!』
自分へと振り返ったアイシスは、ニッコリといつもと同じ笑顔だった。
『大丈夫。森の仲間は、私を殺さないわ』
『!?』
その言葉の通り、血で染まったはずのアイシスの服もその身体も、彼女の内側から溢れた光に包まれて癒されていく。
『・・・・・・・ッ』
その美しすぎる光景は、まさに女神そのものだった。
輝く光に包まれた神々しい姿を見せるアイシスに、カルロの瞳からは静かに涙が流れる。
そう、彼女は尊いエルフの姫君。
本来、こんな自分とは住む世界が違うのだ。
その時、カルロの脳裏にこれまで見てきたアイシスの色んな顔が浮かぶ。
部屋に仕掛けたトラップに何度も引っかかって怒ったり、その度に脱走したことを俺に怒られて拗ねてみたり。
甘いデザートを食べては、ゆるみきった顔でニヤニヤしていたり。
人間の世界のあらゆることに驚き、それを知った時に見せたあの無邪気な笑顔だったり。
この数十日ーーーーー彼女が自分に見せてくれた顔は、本当にくるくるとよく変わった。
気がつけば、何度怒っても脱走する彼女をどうやって止めようかとか、人間の世界に興味津々な彼女に今度は何を見せようだとか、そんなことばかりを考えながらいつだって自分の頭は彼女でいっぱいだったのだ。
そんな彼女が、本当に自分の前からいなくなってしまう。
『!?』
光に包まれたアイシスがそのまま今にも消えそうな気がして、木の枝の拘束が緩んだと同時にカルロは後ろから彼女の体を捕まえようとその腕を伸ばす。
待ってくれ!
まだそっちに帰らないでくれ!
俺はまだ、お前に何も伝えていないんだ!!
『か、カルロッ!?』
突然の温もりに、アイシスは顔だけでなく耳まで真っ赤にして慌てふためいた。
そんな彼女の耳元にその顔を近づけ、抱きしめる力を強めれば彼女の小さな体はカルロの腕の中にその全てがぴったりと包みこまれた。
『アイシス・・・・行くな!お前が好きなんだ!たとえお前がジルを好きだとしても、俺はっ!!』
『ちょっと待って!私が好きなのはカルロよ?』
『へ?』
その顔を覗き込んで見れば、そこには目をまん丸くしてキョトンとした顔で見つめてくるアイシスがいた。
『・・・・・今、なんだって?』
確かに、この耳に聞こえたのは。
『だ、だから、私が好きなのはカル・・・・ムグッ!!』
自分の言った言葉の意味を理解した途端、リンゴのように真っ赤な顔で自分を見つめて来る彼女の言葉を最後まで待たずして、その愛らしい唇を荒々しく塞ぐ。
途中から呼吸が苦しくなった彼女が、ドンドン!!と胸元を握りこぶしで叩いてくるが、その両手の手首を自分のそれぞれの手でつかんでその動きを封じたまま、口づけを続けた。
『・・・・・ッ!!!!』
その結果、詠唱なしのとんでもない威力の光の魔法でその場から一気に吹き飛ばされる。
『ゲホッ・・・・このアホッ!!いきなり何しやがる!!』
『それはカルロの方でしょ!!突然あんな風に口を塞がれたら、息ができないじゃないっ!!』
見ているこっちが真っ赤になるぐらい、それはそれは情熱的なラブシーンだったのに、ヒロインであるアイシスは真っ赤な顔のままカルロに光の魔法をかけ続けている。
『おいやめろ!!ああいう時は鼻で息をするんだ!!エルフのお姫様は俺よりずっと年だけはとってるくせに、そんなことも知らないのか!!』
『し、仕方がないじゃない!!初めてだったんだから!!』
全力で魔法をかけ続けるアイシスに、そんな彼女からの猛攻撃で全身ボロボロになりながらもどこか嬉しそうなカルロ王子。
なんだろう、これ。
ただの痴話喧嘩ですよね?
独身アラサー彼氏なしの私がこれ以上見続けるには辛すぎて、そろそろ血反吐を本気で吐きそうなんですが、その場合どこに連絡したらいいんでしょうか?
『あらあら、ずいぶん仲がいいようだけれど、いい加減森の中で魔法を連発するのはやめてちょうだいね?』
『!?』
穏やかな女性の声が響き、アイシスとカルロの体が近くにあった木の枝が鞭のように伸びてきて、片足を一瞬にして縛られそれぞれ離れた場所で宙吊りにされる。
『な、なんだ!?新たな敵かっ!?』
『あなたは・・・・・ッ!!』
2人の前に静かな足取りで現れたのは、豊かな葵い髪を緩く編んだ見覚えのある穏やかな笑顔の女性。
『翠の森』の主にして、アルカンダル王国が誇る4人の魔女の1人。
私が出逢った時と全く同じ姿をした、緑の魔女であるサーラ=エスペランサ様だった。
ようやく想いが繋がった2人です!
私がついつい砂を吐きそうになり、つい手が止まってしまいました。
早く進めたい気持ちもあるし、このままのドタバタ劇場のままでもいて欲しい気持ちもあるんですよね




