禁じられた小夜曲 7
今回も読んで頂き、ありがとうございます!!
恋の形も愛の形も、きっとそれは人の数だけあるんでしょうね。好きな人に好かれるのは奇跡のような確率と聞き、本当に一期一会だなと思いました。
カルロ王子より、エルフの里は隣国であるアルカンダル王国から西にある、翠の森から繋がっているとの話があった。
だが、そこへ行くためにはアルカンダルの王に許可を取らなければならないとのことで、今は学者にカルロ王子から王への手紙を渡しその返事を待っている。
そう、あと数日もすればその手紙が直接自分の元へと届けられるだろう。
もちろん血の繋がりだけの父や、異母兄妹である兄達には内密の行動だ。
もし彼らがアイシスの存在を知ってしまったら、どんな悪巧みに利用されるか分かったものではない。
いや、一番自分が恐れているのはあの兄だろう。
人外の美しさを持つアイシスを一目でも見てしまえば、あの時のように何がなんでも手に入れようとするに決まっているのだから。
あんな思いはーーーーーもう二度とごめんだ。
『カルロ様、大変です!!アイシス様が部屋から消えてしまいましたっ!!』
『なんだと!?何をやってるんだ、あんのどアホがっ!!』
『僕が席を外した一瞬の隙をつかれまして!』
『チッ!まだそんなに時間がたってないなら、城の中だなっ!!』
ここ最近は、逃げだそうなどということはなかったから油断していた。
『アクア・ヴァイ・ワーティルヴァハトゥーン!我を守護し水の神よ!我が友、アイシスの行方を追ってくれ!今すぐ!!』
不安と焦りから、カルロの顔が青くなり汗が流れる。
そのカルロに応えるように、小さな透明の姿をした何百というカエルがいっせいに城の中へと急ぎ放たれた。
廊下を歩く人影が近づくとただの水滴に姿を変えながら、アイシスを探すために城中を探し回る。
アイシス!!
『・・・・・・ッ!!』
『か、カルロ様!?』
じっとはしてられないと、カルロ王子自身も城の中へと探しに走る。
もう少しなんだ!
もう少しで、お前を故郷へ帰してあげられる!
自分の本来住む世界で、家族や仲間とともにこれまでと変わらない幸せな毎日が永久に等しいほど過ごせるんだ!
エルフは、伝説通りでは自分達の里から滅多に表に出ることもなく、平和に静かに暮らしている種族だ。
アイシスの心と同じように、どこまでも純粋でまっさらで、一切の穢れない高貴な魂を持つエルフ達。
自分達の国では飽き足らず、その領土を広げようと新しい地を侵略して奪うような、そんな人間もいるようなこの場所にこれ以上彼女はいてはいけないんだ!
『!?』
『カルロ、お前はいつも野蛮な愚民のように走り回っているな?早々にこの城を出て、お前にふさわしい場所で自由に走り回ったらどうだ?』
そんなカルロの前に現れたのは、偉そうに手を腰に当てて顔を斜めに傾けながらカルロを見下す第一王子サーベル。
『・・・・・・申し訳ありません。父上がお許しになるなら、今すぐにでもふさわしい場所に帰ります』
『フンっ!!父上もなぜ、お前のような卑しい生まれの愚民をこの城にいつまでも置いておくのか、理解に苦しむ!!』
『・・・・その一点のみは同感です』
大丈夫、サーベルの態度はいつも通りだ。
この様子ならまだこの男にアイシスは見つかっていない。
最悪の結果には、なっていない。
『それでは、先を急ぎますので』
『あぁ、そういえば、お前・・・・最近自室で何かを、それはそれは大切に隠しているらしいじゃないか?』
『!?』
サーベル王子が、あの蛇のような卑しい目でもって、カルロ王子の耳元にボソッと背筋が凍るような薄気味悪い響きでもって囁く。
『ジルベルトが街で拾ってきた、ただの猫です』
『ほお?まさか、あのカーラのように美しい猫ではあるまいな?』
サーベル王子の目が期待に光る。
その口元は、下卑た表情で舌なめずりをしていた。
『・・・・お戯れを。カーラ様より美しい女性を俺は知りません』
『はっ!その通りだ!!あいつ以上の女はいない!だからこそ、この俺様がこの手に入れたんだからな!あの美しさは、次期王となるこの俺様の隣にこそ相応しいっ!!』
『・・・・・失礼します』
背中を仰け反って高笑いをするサーベルに頭を下げたまま、カルロはその場を走り出した。
そして、サーベルのいた位置からだいぶ離れたところまで来ると、カルロはその拳を壁に力を込めて叩き込む。
その拳は壁の一部を叩き壊し、その中にめり込みながらもその拳はまだ細かく震えていた。
『アイシス・・・・・お前は、絶対に守るっ!!』
歯を強く食いしばり睨みつけるような鋭い目つきをしたまま、カルロ王子は再び城の中を走り出した。
『もう、出てきても大丈夫ですよ』
鈴を転がすような美しい声と、その透明感溢れる清らかな姫ーーーカーラは、部屋の奥にそっと声をかける。
『・・・・あ、ありがとうございます!』
その奥からは、大きな黒い布にその身を包んだアイシスさんが出てきた。
モブの私からすればこの月の光のようなお姫様も、神秘的さと可愛らしさが合体した美しさのアイシスさんも、どちらも規格外の美しさ過ぎて何を基準にして例えたらいいのかもう全く分からない。
逆にここで私のような普通のモブがライバルとして出てきたところで、勝負にもならないだろうけども。
『部屋にいたメイド達も全員追い出したから、安心してちょうだい』
『あ、あのっ!』
『最近、カルロが部屋に何かを隠してるんじゃないかってサーベル様が話していたのは、あなたでしょう?』
『!?』
『あ!大丈夫よ、サーベル様にはあなたのことは話してないわ』
緊張感にその身を固くしていたアイシスさんが、その言葉に大きなため息をついて体の力を抜く。
『そういえば、名前も名乗ってなかったわね!私はカーラよ』
『私は、アイシス。ごめんなさい。あなたのこと、ジルから聞いて少しだけ昔を知ってるの』
『まぁ!正直な方なのね。そのことも黙っていれば分からないことなのに』
カーラが、その美しい顔をまさに蕾の花が咲き誇るように綻ばせて笑う。
サーベル王子の隣では決して見せることはなかった、女神の微笑みだ。
『だって、私だけあなたのことを知ってるなんてずるいもの!今日は、どうしても一度でいいからあなたに会いたくて。私は、エルフの里に住んでたの』
カーラに対し、アイシスさんは自分とカルロ王子達の出会いについてカーラに話す。
『・・・・・ありがとう。でも、その話を私にしたことをカルロは怒るかもしれないわよ?』
確かに。
悪人にはどうやっても見えないカーラさんだが、それでも軽はずみに自分のことを話すのはあまりに危険だ。
『平気よ!あのカルロが本気で愛した人が、悪い人なわけがないもの!』
『!?』
だがアイシスさんには全く迷いがなく、自信に溢れた様子でそれを伝えると、カーラの方が悲しそうな表情でその顔に影を落とした。
『・・・・あなたは、カルロのことが好きなのね』
『うん!カルロに生まれて初めての恋をしているわ!でも、それはあなたも一緒でしょ?』
アイシスの大きな目が、カーラをまっすぐに見つめる。
『・・・・・今の私は、サーベル様の婚約者。もうあの方をお慕いできる立場ではないわ』
『立場って何?ジルからあなたの話を聞いて、ずっと私不思議だったの。なんですごく好きだったはずなのに、カルロを選ばなかったの?カルロよりも、サーベルさんの方が好きになったの?』
『違うわ!彼を好きだから選んだわけじゃない!!あの時は・・・・・!!』
カーラの声が少し荒げるが、すぐにハッとすると首を横に振って俯く。
『やめましょう、もう過ぎたことだわ』
それ以上は何も言わずに、扉からの近くにある絨毯に小さな水のシミがあることに気がついたカーラは、その場へ静かにしゃがみこむ。
そして、両手でそのシミを下からすくい取るような動きをして持ち上げると、カーラの手の平の上で小さく透明なカエルが現れた。
『・・・・・ケロロロロ』
『あ!カルロのカエルさん!』
『あなたのご主人様に伝えてちょうだい。彼女はここに無事でいますと』
『・・・・・ケロロロロロ!』
嬉しそうに声を大きくあげたカエルはその姿を水に戻すと、その場から一瞬で消えた。
『もうすぐ、カルロがあなたを迎えに来るわ』
『カルロは今でもあなたを見てる!私があなたなら誰に反対されても、絶対にカルロを選んだ!あんなにカルロに愛されてるのに、どうしてっ!!』
『・・・・・何もかも手遅れよ。私は何もかもを捨てて、彼だけを選ぶことができなかった。私が彼を選ばなかった理由はそれだけ』
『!?』
もう先ほどの悲しそうな笑顔ではなく、ニッコリとキレイな微笑みをカーラを浮かべて振り返る。
『私には分からないわ!何でお互い好きなのに、一緒にいられないの?!』
『アイシスさん。この世には、自分の気持ちだけではどうしようもないこともあるのよ。私はその壁に勝てなかったの』
『・・・・・ッ!!』
バタンっ!!
『アイシス!?無事かっ!!』
その後ーーーーー汗だくのカルロ王子が部屋に飛び込んできたことで、2人の会話はそこで終わった。
魔法で姿を隠しながら元の部屋に戻ることになり、アイシスはお礼をカーラにもう一度伝えた後、念の為にと黒い布を被った上から光の魔法をかけ、カルロとともにその部屋を出て行く。
声を発すると魔法が解けてしまうため、カルロとはぐれないよう他の人には見えない光の紐をお互いの手首に繋いである。
『・・・・・迷惑をおかけしました。彼女を匿って頂き、ありがとうございます』
カルロは礼儀正しく、貴婦人への礼を取って頭を下げると部屋を出るために静かに足を進めて部屋を出て行った。
扉が音をたてて閉まり、カルロが自分達の姿が他の者に見られないようあらかじめかけておいた結界も外され、その場には静寂が訪れる。
『・・・・・アイシスさん、私はあなたが羨ましい。私も彼の側で、ずっと笑っていたかった』
言葉とともに絨毯へと涙が一雫だけ落ち、床に落ちたその涙が乾きる前に、一生のお願いだから少しだけ1人にして欲しいと外へ追い出したメイド達を呼び戻すと、いつも通りの生活へと戻っていく。
『カーラ様。今夜のサーベル様とのお食事には、このドレスを身につけていくよう伺っております』
『・・・・・分かりました』
サーベルに取っての自分は、美しい置き人形と同じ。
そこに『愛』などというものはない。
サーベルの望む姿で、望んだことしかその行動すらも許されない。
けれど、その檻の中へと自ら入ったのだ。
それが親の命と引き換えにいう条件があったとしても、覚悟を決めて選んだのは自分。
もしそれが彼女なら、どんな選択をしただろうか?
カーラは一度だけカルロの部屋がある方に目線を送ると、いつものキレイな笑顔を作りメイドに笑いかけた。
カーラの言う壁がこれからアイシスにも出てくるわけですが、まだそんなことは思いもしない彼女です。




