第33話 時間が解決してくれる
栞の目つきが鋭利な刃物のようになった瞬間、僕は反射的に二人の間に入って壁になった。
「ふふっ。ナイト気取りですか? 可愛いですね」
「陽也くん邪魔」
「……」
前回の反省を活かして咄嗟に動いたが、両者から心無く刺される始末。守ろうとした美咲側の方が切り口が鋭いのはどうなんだ?
「構えなくても殴ったりしませんよ」
「それは助かる。僕も痛いのは嫌だ」
「陽也くんさっきから邪魔! マジで!」
美咲に押しのけられて文字通り蚊帳の外に。おかしいな……僕ってこんなに除け者にされる立場だったっけ。
「少し話しませんか? 楠先輩も」
「いいよ。あたしも話したいと思ってたし」
「決まりですね」
ここであーだこーだ言うのは明らかに場の空気を乱すので黙っとくけど、僕に全く触れないで決まっちゃったね……。
******
遠くでサッカーをしている小学生の楽しそうな声が聞こえてくる。ファミレスという気分にはなれず、僕達は近くの運動公園で落ち着くことにした。利用者もちらほらいるが、街の中でもかなり広い公園だから多少のことがあっても問題にはならないだろう。何事も起こらないのが一番なんだろうけど……。
「ここ広くていいですよね」
「ああ。僕もたまに自主トレで使うんだ」
「そうなんですね〜」
「っ!?」
——パチンと乾いた音が響いた。
何が起こったのか僕も美咲もまるで理解出来なかった……栞を除いて。
「いた……」
不意をついた平手打ち。痛みが先に来たのか、美咲は頬を押さえた。
「何してんだよ!? さっき殴らないって言ったじゃないか!」
「ええ。殴らずに叩きました」
「そんな理屈通るか!」
「わたしも叩くつもりはなかったんですよ? でも部外者の姉さんが学校に来たのが我慢できなかったです。並風ってお父さんの母校なんです。あなたは二度と来ないでくださいね」
「な……!」
「……」
なんて最悪のタイミングの偶然だ……父親の母校だったなんて本来なら喜ばしいことなのに、結果的に僕達の行動が火に油を注いでしまっている。
「いやだ」
「は? あなたは部外者でしょ」
「あの学校はお母さんの母校でもあるんだよ」
「だからと言ってそれは入っていい理由にはならない」
「妹の栞が通ってる。理由としては十分だよね」
「……まだそんなこと言ってるんですか」
「結城さん、勝手に入ったのは僕にも責任があるんだ。だから今度こそ殴ったり叩いたりするのはやめよう? 栞さんの手だって痛いはずだ」
「別に……まあ、わかりました」
「ここ数日で二人の事情を知って僕なりに考えてみた。やっぱり二人は結論を出す前にもっと話した方がいいと思う。本音でさ」
僕は美咲に目配せをして少し距離を取った。ここからは二人の気持ちの晒し合いだ。それがどういう結果になろうとも、今僕ができるのは信じることだけ。
「美咲、大丈夫だよ」
返事の代わりに頷いてくれたけど、この言葉は僕自身にも言い聞かせているのだ。信じることにこんなに勇気がいるとは思わなかった。
「姉さん、わたしから喋らせて」
「いいよ。栞の気持ちを聞かせて」
僕と美咲が注目すると、栞がゆっくりと息を吐いた。
「お父さんとお母さんも離婚するつもりはないみたいです」
「そう、よかった」
「それと姉さん、この前はプレゼントあんなにしてごめんなさい」
「……あたしもしつこかったと思う。ごめん」
栞が思いの外落ち着いているのに内心驚いている。さっきこそ不意打ちで叩いたりなんかしたけど、精神的外傷を刺激したプレゼントの話題にも自分から触れた。
「わたし、旅行がなくなった日に父さんと話したの」
「何を?」
「これからも今までと同じように別々に暮らした方がいいって」
「え……?」
美咲も僕も驚きを隠せなかった。
両親の離婚がなくなって、こうして姉妹で話ができるのなら、今すぐには無理でも近いうちに一緒に暮らせると思っていた。
「……それっていつまで?」
美咲の表情に明らかな動揺が生まれる。
「わかんない。でもひとまず落ち着くまで。わたしと姉さんが顔を合わせても大丈夫になるまで……」
「栞はそんなにあたしが嫌なの?」
「姉さんを嫌っているんじゃないよ。でも……わたしは姉さんといるとどうしても昔のことを思い出しちゃう。姉さんがそんな人じゃないって自分に言い聞かせても、どうしてもあの人が浮かんでくる。姉さんを疑っちゃう」
一つ一つ丁寧に言葉を繋いでいく栞はどこか不安そうで、年相応の弱い部分を晒し出していた。そこにははっきりと意思が宿っていて、どこを掻い摘んでも明確に美咲に対する拒絶の意思が込められていた。
「どうすれば栞はあたしのこと信じてくれる?」
「それは……時間が経てば今よりはよくなっているんじゃないかな……」
嘘はついていない。これは栞が自分なりに出した答え、最善と思った結末なのだろう。事情だけを知る人なら誰しもこの考えに賛同するだろう。
「ほら、姉さんだって嫌でしょ? こんなにすぐ暴走して叩いたりする妹」
「あたしはそんなこと一度も思ってない」
「今はそう言ってくれるけど、いつか絶対嫌になるよ。だって一緒に暮らすんだよ? わたしだったら耐えられない」
「そういうのも一緒に乗り越えていくのが姉妹なんじゃないの?」
「わたし達には距離を置く時間が必要なんだよ」
「……」
二人とも間違ったことは言っていない。お互いのことだけを考えた、あまりにも優しすぎるぶつかりあいだ。美咲は栞のことを実の妹のように思っているから近づきたい。栞は美咲のことを本当の姉のように思っているから距離を置きたい。大事に想っているのは一緒なのに、全く違う結論が出てしまった。
「……姉さん。今度は姉さんの話を聞かせて?」
「……」
今日の晴れた天気に似つかわしくない重苦しい空気が訪れる。緊張と重圧、美咲が何を言おうとしているかは僕にもわからない。でも僕はこの結末を見届けないといけない。
そして美咲の出した答えを見届けないといけない。
「あたしは……」
美咲が深い沈黙を静かに解いた。
「栞がこれ以上苦しまないで済むのなら、あたしはもう会わない」




