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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第一章 『ガラクタピエロと裸足の人魚姫』
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第25話 海に行きたい

 周りにいた人達は車両に乗り込んでいき、ホームはまた僕と美咲の二人だけになってしまった。

 ぼんやりと入ってくる街灯の光は、図らずも僕と美咲を照らしていてちょっとした舞台みたいだ。

 電車に乗る必要もなくなったのに席を占領していいのかと不安になるが、美咲は気にする様子もなく長い脚を気ままに伸ばしていた


「……」

「……」


 話したいことがあると言っておきながら、僕と美咲はこうした沈黙がずっと続いていた。何から話せばいいか、どう切り出せばいいか、考えているようでちっとも思考が始まらない。この空気にひたすら気まずさを覚えてからはこうして手をこまねいている。

 視線を落とすと美咲の脚が目に入る。何日か前にバッティングセンターに行った時と同じで、網目の入った膝上までのストッキングを履いている。

 服装も最初に会った時と似たもので、季節どころか日にちもあまり経っていないのを物語っている。

 一週間といっても実際に過ごした時間はもう少し少ない。

 こうして一緒にいることすら不思議なのに、僕は美咲の悩みも事情も知ってしまった。姉妹が抱える大きな問題も僕にとってはもう他人事じゃない。

 短い時間であまりにも関わりすぎた。


「美咲」

「なーに?」

「プレゼントのことならあまり気に病むなよ?」

「あはっ……。もう遅いよ」


 言って美咲はまた下手な作り笑いをした。


 ぎこちない笑顔を見せられる度に心の底から拒絶された気になる……。


「……僕さ、今日遠征から帰ってきたんだ」

「おかえり」

「初めて試合にも出たんだ」

「おー。おめでとう」


 美咲がパチパチと手を叩いて控えめに祝ってくれる。


「……それが全然ダメでさあ」

「……」


 はっきり言って全然消化しきれていない。美咲じゃなければこんな話するもんか。だけど、今の美咲にはこの話でしか呼びかけられなかった。

 全然釣り合っていないだろうけど、僕の醜態を差し出さなければ何も届かない気がした。


「打っても守っても走っても全部ダメ。ほんと三年間何してたんだよって思ったよ」


 言葉を繋げる度に何かが擦り減っていく。


「……ねえ、その話面白い?」


 冷たく言い放たれてハッとなって顔を上げた。


「え……いや、どうかな……」

「もういいから」

「いいって……どういう意味?」

「野球の話はもういい。聞きたくない」

「……そっか」

「あたし、陽也くんの野球の話嫌い」

「ごめん。少しでも元気になってもらえたらって思ったんだけど……」

「なに? それ聞いてあたしが元気になると本気で思ってんの?」

「ごめん……」

「謝ってなんて言ってない」


 美咲の強い拒絶が突き刺さる。熱くなってきた目元に耐えかねて、僕は見えもしない星を

探した。軽い独り言でも出てくれば誤魔化せるのに、僕の口からは弱々しい息が震えながら漏れ出るだけ。

 それなりの覚悟を決めて美咲に会いに来たのに、気の利いた言葉もかけられない。僕なんかよりずっと傷だらけの美咲に何もしてやれない……。

 一体なんのためにここまで来たんだよ……。

 三年間やってきた野球も、力になると決めた女の子のことも何一つ上手くいかない。

 街灯が照らすホームがちょっとした舞台ならば、僕は晒し者の笑い者ってとこだろう。


「陽也くん」

「……なに?」


 声が震えないよう間を空けて返事をしたが、全く意味のない足掻きだった。


「明日は?」

「休み」

「明後日は?」

「部活」

「その次は?」

「休み」

「次の日は?」

「学校」

「そうなの?」

「一応言っとくけど……」


『美咲もだからな』と言いかけたところで慌てて飲み込んだ。家族と一緒に暮らす話が無くなれば、美咲の転入事情がまた変わってしまう可能性がある。


「一応、なに?」

「いや……。なんでもない」

「あっそ」


 特に追求するでもなく、美咲はまた前を向いて片膝を抱えた。さっきのやり取りになんの意味があったのか、美咲が何を知りたかったのか、考えるだけそれこそ無意味なんだと思う。この連休が終われば、全部お終いになるのだから。

 きっとこれから会うこともなくなる。祖父母の家からこっちの学校に通う可能性も考えたが、あれだけ問題が起こった栞と同じ地区に住むとは考えにくい。


「星……見えないね」

「今日天気悪かったから」

「へー。そうなんだ」

「向こうは晴れてたのか?」

「知らない。ずっとホテルの中にいたから」

「そうか……」


 快速の電車がものすごいスピードで通過していく。少し離れた場所にある踏切の警笛が鳴り止み、車のエンジン音が遅れてやってくる。


「……」

「……」

「……美咲」

「なに? 陽也くん」


 生気のない美咲と向き合う。それでも元々持て余していたぐらいの見た目の良さは健在で、普段と違う儚げな印象を醸し出していた。

 でも僕はいつもの美咲でいてほしい。


「……なんでもない」


「ばーか」

 面と向かって言われた子供みたいな言葉が、美咲の本心でないのは確かめるまでもない。いくら探しても、かけてあげるべき言葉、しなきゃいけないことが見つからない見つけられない。それでも僕は美咲をこのまま一人にしたくない。


「は……はは。そうかもな」


 それなのに僕は乾いた笑みしか出てこない。


「んっ……んー!」


 美咲が両手と両足を広げて背伸びをする。手がぶつかりそうになったから体を少し傾けて避ける。


「……えい」

「いて」


 頬に手のひらを当てられる。


「陽也くん」

「……美咲?」


 美咲はそのまま手を下へと持っていき、僕の胸の辺りで止めた。


「陽也くん、元気でね」

「は……? どういう意味——」

「ねーねー。あたし海に行きたい」


 問い詰める前に遮られる。


「う、海? 今から? 時間大丈夫なのか?」


 随分と時間が経っているから向こうに着いてもすぐに終電の時間だ。


「いいよ。明日休みだし」

「今からだと行ってもすぐに帰るだけだぞ?」

「……だめ? 行こうよ。海」

「明日じゃダメなのか?」

「どうしても今日がいい。お願い」


 美咲が真っ直ぐに見つめてくる。

 気の利いたことも元気付けてあげることも僕には出来ない。平気なフリをしている美咲に泣き言や弱音を出してあげることも出来ない。なのに美咲は役立たずの僕にお願いをした。正真正銘最後のお願いを。もし二度と会えなくなるのであれば、最後は楽しい思い出で彩りたい。美咲の望みを叶えてあげたい。

 それが出会ってから今まで何も出来なかった僕の役目。

 ホームに入ってきた電車の行先には海がある。僕は返事の代わりに美咲の手を引いた。

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