第12話 ダメダメ星人
『カーン』と金属バットが軟式野球ボールを叩く音が響く。練習前は綺麗にならされていたグランドも、今や僕を含めた部員のスパイクによって穴ボコにされて見る影もない。
体勢を限りなく低くして片膝をつく。高く跳ねた白球をグラブを逆手にして掬い上げるようにして捕らえた。
「ファースト!」
授業で教科書を読み上げる時や、誰かと喋る時とは比べものにならない程声を張り上げて白球を投げつける。手を離れたボールはファーストベースの前でワンバウンドし、一塁手のミットに収まる。
「「ナイスーっ!」」
「もう一本!」
周りの声にかき消されながらも、自分を鼓舞するよう声を出した。今度は弱い打球が反対側に打ち出された。バウンドに注意しながらチャージして捕球。捕ってから投げるまでの動作を限りなくスムーズな一連の流れで行い、短いスナップで一塁目掛けてボールを投げつける。
「ナイスーっ! いいぞ! くすのきぃ!」
「したあ!」
大会を控えているのもあって、監督やマネージャーも含め部内のモチベーションは高い。これは並風が強豪だからという理由だけじゃない。きっと今の時期は、どの部活も中総体を目前に控え、緊張感と高揚感が程よく混ざり合った質の良い練習をしている。
そんな中での練習となれば、選手のパフォーマンスも上がり、僕も引っ張られて上達している気がする。
でもそれはあくまで僕がそう感じているだけで、実際のところ自信がない。守備練習の前の実践形式の打撃練習では、納得のいくバッティングができず、後輩が快音を響かせるのを後ろから眺めていた。
身体が僕よりかなり大きくて、運動能力も上。そんな後輩がファインプレーをするのを目の当たりにし続ける時間は酷く長く感じた。
早く自分の番が来てほしいと意気込んでも、いざやってくると思ったような結果が生まれない。
最近はこんなのばっかりだ。
「ノック終わった奴は仕上げの外周」
その号令と共に、肩で息をしていた部員が次々と学校の敷地を出る。誰の影響も受けずにひたすらに走る。僕はまだ試合に出るのを諦めていないけど、三年になってからはこの時間が一番楽に感じるようになった。
時折顔を覗かせる『この三年間に意味があったのか?』『頑張るだけ受験勉強に響くんじゃないか?』『苦しいだけじゃないか』と次々と出てくる暗い感情が日増しに濃くなっても、結局『やるしかない』と自分に言い聞かせ続けた。
意味とか結果だけじゃない。きっとそうに決まっている。やるしかないからやるんだ。春を終えたかどうかの境の陽気に当てられながら、曲がりくねったアスファルトの道を走り続けた。
******
「つ、疲れたぁ……」
ここ最近練習試合や軽めの練習が多かったせいか、久々に通常通りの練習をこなすと疲労感がまたすごい。別に部活をサボっていたり、練習で手を抜いていたわけじゃないのに、なんだか戒めを受けている気分だった。
一歩一歩の足取りが重い。水しか飲んでいないのに、口の中が訳もわからずいっぱいだ。早く帰ってシャワーを浴びたいのに、帰り道が色んな意味で長くて辛い……。
こんな時野上君と帰りが一緒だと多少気が紛れるんだけど、生憎陸上部はオフと来た。この重たい荷物を持って一人で帰るなんて、一日の仕上げどころか仕留めにきてるとしか思えない。
考えるだけで倒れてしまいそうだが、信じられないことに今日は月曜日なのだ。当然明日も学校はあるし、明後日も学校はある。週の初めがこれでは水曜日あたりで力尽きているかもしれない。
「よっ」
「ふぇ……? 美咲?」
「何その反応、ウケるんですけど」
体力が底をついた僕は幻覚でも見始めたのか、ここにいないはずの美咲の声がした。いやでもこういう時って、一番会いたい人が登場すると思うんだけど……。
美咲のことは気にかけていたけど、一番会いたかったかとなると首を傾げざるを得ない。
「……あれ? やっぱ美咲だ」
「陽也くんマジどうしたの? 目、見えてる?」
美咲が手をひらひらとさせているが、その点は全く問題ない。
「平気。全然見えてるから。それよりまた一人で出歩いて大丈夫なのか?」
先週それで引っ叩かれたばかりだろうに。
「あーうん。まあ」
「全然大丈夫じゃなさそうなんだけど……」
か、勘弁してくれ……。今のコンディションでまた問題なんか起きたら、それこそ目を固く閉ざしてしまいそうだ。
「今日はすぐ帰るから、本当に」
「僕に何か用事?」
僕も色々話があったが、ここまで足を運んでくれた美咲に話の主導権を譲る。
「土曜日はホントにごめん。巻き込んじゃって」
「そのことか。ちょっと驚いたけど迷惑だなんて思ってないよ」
会って早々同じようなこと言って、やっぱり血は繋がってなくとも姉妹だなと思う。性格や見た目は全然違うのに、中々どうして不思議なものだ。
「ぷっ」
「え? 今笑うとこあった?」
「いや、美咲でも謝れるんだなって」
「うっわ! 超ムカつく!」
「そうそう。だから気にする必要ないんだよ」
本当は栞のことについて触れたかったけど、それは本人から打ち明けられてからの方がいい。今の僕に出来るのは、美咲があまり負い目を感じないようにすることだけだ。
いつもの気楽な感じで、冗談っぽい感じで丁度いい。真剣な雰囲気を出すのは、美咲が本当に僕を頼ってくれてからでいい。
「ねえねえじゃあ今からカラオケ行こうよ」
「何でそうなる……」
話が物凄い勢いでぶっ飛んでったな。さっき謝ってなかったっけ? 引き摺られるよかよっぽどいいんだけどさ。
「無理」
「はあ!? なんで?」
「部活で疲れてるからダメ」
「いいじゃん! ちょっとくらい!」
「ダメったらダメ」
ついさっき『すぐに帰る』って言わなかったっけ? マイペースもここまでくると才能だな。部活後じゃなければ行くんだけど、疲れとかよりも汗をかいた後はちょっとな……。
七海さんの受け売りじゃないけど、それこそデリカシーに欠けるってもんだ。
「協力するって言ったくせに」
「今日はダメってだけ。また今度にしよう」
「じゃあ明日』
「部活があるからダメ」
「ダメダメ星人」
それだと僕がダメ人間みたいじゃないか。
「休みの日にしようよ」
「そればっかり」
言って美咲は不服そうに口を尖らせた。罪悪感を薄くなってくれるのはいいんだけど、このまま機嫌が悪くなるのはよろしくない。
「あ、そうだ。スマホは?」
「買ってもらえそうだけど暫く先かな。早くてもゴールデンウィーク明けくらい」
「親と一緒じゃないと買えないから仕方ないね」
なんでこっちはすんなり聞き入れるんだよ。美咲の基準がさっぱりわからん。
「そんなわけだから僕そろそろ帰るよ。お腹減ってきたし」
「カラオケクーピーのパフェおいしいよ」
「さり気なくカラオケに行く流れにしようとしないでね」
その後も美咲から下手な誘導をされ続けた。最終的には僕に対する文句が多くなってきたとこで、『明日部活が中止になったら行く』で渋々、ほんと渋々帰ってくれた。




