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77話 動かない

花崎リゾートからの解放。

待ちに待ったこの瞬間がまさにやってこようとしていた。

なぜ解放されるのかというと、もちろん夏休みが終わりそうだからだ。

まさか、青春まっただ中、我が人生の夏が料理修行に終わろうとは!?


「ふぃー、今年も無事に夏を乗り切ったな」

隣では金髪さんが晴れやかな顔で笑っていた。

「来年はもっと楽だといいなぁー」

美知留は既に来年のことを考えているのか。

それもそうか。この修行は花崎家伝統のもの。彼女たちは青春どころか、毎夏修行なのだ。

ふふふ、その分俺は今年だけなのだから楽なものじゃないか。


「おーい、集まれー」

厨房内で鬼の料理長から集合の声がかけられた。

「今日で臨時で入って貰っていた花崎三姉妹と新人は一旦抜ける。4人の穴埋めが必要だから、明日からまた大変だぞー。だが、また来年も帰ってくるから寂しがることはない。じゃあ仕事に戻れ!」

「「「うっす!!」」」

あれ?

今、来年もって?

き、聞いてない!聞いてないよ!


開放感と同時にやってくる絶望感。

ひと夏だけで料理スキルが上がってしまったんだぞ。途中からダークの処理も仕事に入って来たし、来年も修行があったら、本格的に花崎家入りが決まってしまいそうだ。

……まあ、悪くないか。

受けれいてくれる場所があるというのは、考えてみたら素晴らしいことじゃないか。

最悪料理人としても生きていける。これは素晴らしい縁だと思おう。

こうでも思わないと来年は乗り切れない気がする!


忙しく厨房内が動き出す中、俺たち4人は若干の寂しさを感じながら厨房を後にした。

4人というのは、もちろん内臓部門から解放された雪美先輩もいるからだ。

「はい、ひと夏お疲れ様。じゃあ、ご褒美タイムだよ」

久々に見たかもしれない雪美先輩の眩しい笑顔。その理由はこれだったか。

茶封筒を手渡しで渡される辺りとてもレトロだが、なんだかんだこれが一番うれしいかもしれない。

ずっしりとした重さから結構な額が入っていると思われる。

思わず顔がニヤリと。


「もやしは、それなにに使うの?」

美知留も嬉しそうにしながら、それ以上にニヤニヤとしている俺に使い道を尋ねてきた。

うーむ、何に使おうか。

自分で稼いだだけあって、少し重みが違うぞ。


春鷹といえば浪費家の象徴的な男だったが、同じ轍を踏むつもりはない。

ここはやはり……。

「貯金だ!」

「えー、御曹司なのにそれはどうなの?」

「まあ少しは使うけどな。アイスキャンディーくらいなら奢るぞ」

「いやっふー!」

めちゃくちゃ喜ぶ美知留だった。

そんなに喜んでくれるなら大事な給料でも使ってあげたくなるじゃないか。


「金髪さんは何に使うんですか?バイクの免許とか取りに行くんですか?」

「不良じゃねーよ。わたしはそうだなぁ。美知留に髪留めを買ってやりたいし、雪美のためにも少しとっておかなきゃな」

「なんでおねえがユッキーの為に使うのさ」

不満げな顔の美知留。

説明を求められた金髪さんだったが、そっと雪美先輩の方を指さした。


「何で増やすか……。馬?自転車?いっそ海外まで行くか……」

とても危ない怪しいことをブツブツと呟いていました……。

雪美先輩の給料の行方が見えた気がした。


「花崎家のお小遣いはしょっぼいからな。雪美は毎年あんな感じだ」

「だからっておねえがカバーしてあげることないのに」

「いいんだよ。わたしは欲しいものないしな」

プンプン怒る美知留を金髪さんが頭を撫でて落ち着かせた。

花崎三姉妹のバランスは間違いなく金髪さんが保っていると言っていいだろう!彼女がいなければ崩壊するぞ!


「髪留め代が足りなくなったら俺にも相談してください。一緒に夏を乗り切った仲ですからね」

「おう!!サンキュー、モヤシっ子」


最後に、花崎リゾートの正面入り口に立ち、三人でこの場にお別れした。

一緒に空港まで行って、そこで一旦お別れとなった。

もうすぐ始まる学園生活でまた再開することになるだろう。


忙しい夏はあっという間に過ぎていき、本当にすぐ学園生活が戻って来た。

若干懐かしく感じるクラスメイトの顔を見ながら、トーワ魔法学園に帰ってきたことを実感していた。


夏休み明けに一番大きく変わるのは、この学園に文月大夜がやってくることだ。

しかし、まだ編入手続きに時間がかかっているらしくて彼の姿はない。

夏休み明け前の実家でも姿を見なかったので、やはりいろいろとバタバタとしているのだろう。


心配することは結構あるけど、とりあえずは自分の目の前のことからやっていくことにした。

今日は彫刻クラブのある日だ。

実は、ひと夏で時間を見つけてはクマの木彫りを彫っていた。


それを宇佐ミミさんたちに披露できるのが結構楽しみだった。

放課後、いつも明るい声でクラブへと誘ってくれる宇佐ミミさんが一人トボトボと教室を出た。

少し様子が変だったから自分の作品を手に持って、急いで後を追うことにした。


「宇佐ミミさん」

「……ブツブツ」

宇佐さん、どこかおかしい。

いや、おかしいなんてものじゃない。

顔が暗いし、うつむいているし、何か呪文のようなものをずっと唱えているし。

正直怖い。


「あ、二人とも来てたんだ」

彫刻クラブへと行くと、既に猫ちゃんとクマ君がそこにはいた。

俺が宇佐ミミさんの様子を視線で問うと、二人ともどこか事情を察した顔をした。

三人は同郷だから何か知っていると思って間違いなさそうだ。


席についても宇佐ミミはブツブツと何かを呟きながら、一向に回復しない。


「ねえ、あれどうしたの?」

可愛らしい見た目の宇佐ミミさんはどこへやら。ダーク宇佐ミミが色濃く出過ぎてて怖すぎる。まさかダークに憑りつかれていやしないよな?


「あれねえ、夏の終わりごろからああなの」

「……動かないらしい」

「動かない?」

クマくんの動かない、というセリフがよくわからなかった。

しかし、どうやら二人もうまく説明できないらしい。

ここから先は二人もどうしようもないとのこと。


「う、宇佐ミミさん。動かないって何が動かないの?」

若干怯えながらも俺は聞いてみた。

またも反応がないかと思ったが、今度はしっかりと答えてくれた。


「私の、私の『早瀬あや』が動かないの!」

「はい?」

何を言っているのか、余計にわからなくなった。

戸惑っていると、宇佐ミミさんが自分の作品をテーブルの上に置いた。


「こっちが夏休み前に作り上げた『早瀬あや』、こっちが夏休み中に作った『早瀬あや』。ダメ、こっちのは動いていないの!」

夏休み前のは少し照れた早瀬あやの彫刻だった。

宇佐ミミさんは早瀬あやに執着して以来、彼女ばかりを彫るようになった。とても危ない人になったけど、才能が同時に開花してしまったので止めるわけにもいかずこんなことになってしまった。

何より本人が楽しいならいいかと思っていたが、今の思い詰めた感じを見るにそう簡単な話ではないかもしれない。


宇佐ミミさんが動いていないと言っているのは、夏休み中に作った『早瀬あや』である。

そちらは楽しそうに走る早瀬あやの姿が像に反映されている。とても躍動感がって、なんなら今から動き出しそうなほどクオリティが高い。俺同様、宇佐ミミさんも夏にスキルをグングンと伸ばしているみたいだ。


「こっちが動いてて、こっちが動いていない?」

「そう、ダメなの!何度彫っても、私の『早瀬あや』が動かなくなかったの!どうしよう、どうしてなの!?」

間違いはなかった。やはり躍動感のあるほうが”動いていない”らしい。

彼女には違う世界でも見えているのだろう。そう思った方が良さそうだ。

天才に見える世界ってやつか?そうなら余計に口出しが難しくなるな。


「宇佐ミミさん、スランプってやつになってるのかな?」

「スランプ……。違う、手は動くの。技術は日に日に上達してる。それはわかるの!でも、夏休みに入った途端、動かないの!『早瀬あや』が動かないの!」

何度も同じことを繰り返すあたり、重症と見える。


猫ちゃん、クマくんもどうしたらいいのかとお手上げムードだ。

どうしたものか。

実は、今ひっそりと背中に隠しているが、夏の間に作り上げたクマの木彫りを持ってきていた。

精巧な作りの『早瀬あや』を前に、更には天才の話の前に俺のお粗末なクマの木彫りを出すのは恥ずかしいな。これはそっと隠しておこう。


「ちょっと待って!水琴君、今のなに!?」

俺がクマの木彫りを隠したのを、目ざとく見られてしまった。

恥ずかしかったけど、一応報告も込めてみんなに見せることにした。


「夏の間にコツコツとやって、仕上げたんだ。クマの木彫り、簡易版ってとこかな」

よく見るクマの木彫りは難しかったからな、二本足で直立するクマを彫ったぞ。口には鮭をしっかりと加えている。顎のあたりに血が垂れているように見える部分があるが、それは技術不足で彫り過ぎただけだ。決してグロ路線ではない。


「……!?動いてる!この作品は動きに満ちている!!これよ、わたしが失ったのはこれよ!!」

俺のクマの木彫りに飛びついた宇佐ミミさん。

感動した目で見られると余計に恥ずかしい。

荒い造りで申し訳ない。

逆さにしないで!片足が凄く細いのがばれてしまう。


「こっこれをどうやって!?」

「どうやってって。そりゃ三人に習った方法で、地道にコツコツと。それは宇佐ミミさんも知っているだろ?」

「……けど、これはなんだろう。彫刻の基本があるの」

「宇佐ミミさんや、猫ちゃん、クマくんに披露したくて一生懸命彫ったから、気持ちは乗っているかもな。でも、詳しいことはわからない。楽しかったから、あっという間に彫れたのを覚えているくらいだ」

「楽しい……。そっそれだ!!」

目を剥いて驚く彼女。

なんか勝手に答えが出たみたいだ。


「そうだ。上達し続ける技術ばかりに目を向けて、私は早瀬さんから目を背けていたわ。もっと上手に彼女を彫りたいとばかり考えてた。違う、そうじゃない!私は彼女に、早瀬さんに喜んでもらえる作品を作りたいの。そうだ、そうだわ。これよ!水琴君!付いてきて!」

「は、はい!」

手を引かれて、彫刻クラブを飛び出した。


着いたのはスカイフットボールの練習場。

そこにはチームメイトに声をかける早瀬あやがいた。

汗を流しながら、笑顔で楽しそうにしている。


宇佐ミミさんはその姿をスケッチしていった。

「ふふふ、これよこれ。私は自分のために彫るんじゃない。彼女に喜んで欲しくて彫っているのよ。ふふふ、待ってなさい。次は『スカイフットボールの早瀬あや』を完成させちゃうから」

目元の隈が凄いものの、宇佐ミミさんにみるみるうちに栄喜が戻っていく。

これなら心配なさそうだ。スランプ脱出かな?


「ふふふ、良い角度ね。あなたの全部を見抜くわ。いいわ、いいわよ!明日も来ようかしら。ふふふ、覚悟なさい」

……きっと大丈夫だろう。

一応、あやには身辺に気を付けるように警告しておこう。


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