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74話 修行モード

「おらおらおららおあ、ビシバシ働かんかい!!」

「ひいいいいい」

花崎リゾートで朝を迎えて、少ない支度時間を終えると、すぐにまた働かされた。

鬼の料理長は、まさに鬼みたいに厳しく、絶え間なく仕事をやらせるのだ。

そうして、あっという間に午前が過ぎ、俺たちに少ない休憩が与えられた。


「落ち込まないでください。ほら、ちゅうちゅうさせてあげる」

美知留がアイスキャンディーを差し出してきたので、ちゅうちゅうさせて貰った。甘い。冷たい。美味しい。


「それにしても、モヤシっ子馬鹿だなー。まんまと美知留に捕まっちゃって」

愉快そうにケラケラと笑うのは、金髪さんだ。

今俺は美知留と金髪さん二人に挟まれて、座っている。

ここは厨房の勝手口、外へ出て階段になっている部分で三人で休憩中だ。

つい先ほどまで料理長にしごかれていた。

夢見た夏のリゾートはもはや幻想と化した。


「花崎家にこんな地獄の修行文化があるなんて想像もしてなかったもので」

「うちは代々続く老舗企業だからね。跡継ぎが軟弱にならないように、こうして躾けられているわけだ。水琴家のお母様も立派だな。可愛い息子をこんな地獄に放り込んで修業させるなんて」

「俺のどこに軟弱要素があるというのか」

「「体系?」」

……声を揃えなくてもいいじゃない。

確かに未だにガリガリだけど。もしかしたら母もそんなところを心配したのかもしれない。


スカイフットボールでマーク達に鍛えられてだいぶマシにはなったものの、母にはまだ心配だったのか。

それに、料理長にも変に目を付けられてしまった。

筋がいいと言われたのは嬉しかったが、やたらと体を見られて「けど、まだ細いな……」と呟かれていた。

その後、視線が厨房の中心で寝そべる本マグロに向いていたことから、料理長はいずれ本マグロの解体を俺に任せるつもりらしい。ひと夏だけの修行ですよ!お忘れなく、料理長!


「スピー。スピー」

寝息を立てているのは、俺たち三人が座り込む階段上段で寝転がる雪美先輩だ。

この人は事あるごとに寝ている。

働いているときでさえ、気が付くと寝ていることもある。


「良く寝ますね」

「ユッキーは興味ないことだとすぐに寝ちゃうから」

美知留が説明してくれた。

確かに、自由人な雰囲気のある人だからな。

これで良く高等部生徒会長が務まるものだ。


「それに、良く寝るから胸が育つ……」

「あっ」

なるほど。そういう訳だったか。

胸を揉ませてくれる話ってまだ生きてるのかな?生きてて欲しいです。

「おねえは生活不規則だから、胸が育たない」

「あっ」

金髪さんと雪美先輩はよく似た美人姉妹だが、そういえば胸に大きな格差があった。そういう訳か。

流石は姉妹だけあって、お互いのことを良く知っている。


「余計なこと言うなよー。美知留」

疲れているのか、気の抜けた声で一応文句を言った金髪さん。

「そうだぞ、美知留。姉妹の仲にも礼儀ありだ。金髪さんはサラシを巻いているだけだから」

「ヤクザじゃねーよ!お前ら後で本マグロの刑な」

本マグロの刑とは!?

厨房に寝そべっていたまん丸としたあの魚のことですか?

俺と美知留もあんな感じにさばかれるんですか?


「ほ、本マグロの刑だけはっ」

「知ってんのかよ!」

美知留がプルプル震えながら怯えている。

本マグロの刑とはいかなるものなのか!?

「……うにゃ、本マグロの刑はやめてー」

寝言で雪美先輩まで呟いていた……。本マグロの刑おそるべし。


「おめーら!!いつまで休憩してんだ!とっとと戻れ!」

厨房の窓が開き、鬼のような体格をした料理長が怒鳴った。

低く響き渡る声に俺たちはすぐさま反応して、まだ寝ている雪美先輩を引きずって厨房へと戻った。


「午後は玉ねぎ1000個切ってもらう。いいな!」

「「「おっす!」」」

鬼に食われてしまう前に、俺たちは素直に返事をした。

「花崎雪美!!」

「……はっ、え?」

立ちながら寝ていた雪美先輩が、当然料理長の目にとまる。

「貴様は……。一番性根を叩きなおしてやらねばならん。来い、珍味担当にしてやる」

「珍味料理って……、内臓系のあの部門!?女子高生に内臓は無理!いやー、朱里、美知留、春鷹君、助けてー!」

まあ、当然助けられるはずもなく、雪美先輩は鬼にさらわれて行ってしまった。

無事を祈る。


「ていうか、雪美先輩いないと一人当たりの仕事が増えるんですけど」

「仕方ない。一人333個な。余った一個は私がやろう」

「流石おねえ、太っ腹」

またモタモタしてると鬼が戻ってきて、俺たちまで内臓部門に飛ばされかねないのでさっさと取り掛かった。内臓は流石に無理。

玉ねぎを切るときに涙が出てしまう対策として、鼻にティッシュを詰めておいた。

目ではなく、鼻を対処するのが正しいらしい。毎年修行している金髪さんからの入れ知恵だ。


「毎年ユッキーからのしわ寄せがあって大変なんだよねー。今年はもやしが来たからまだ楽だけど」

「もやし、先輩な」

まあ、一応ね。

「もやっし子がいて助かるよ、ほんと。雪美は長女だからいろいろ大変なんだよ。あまり攻めてあげるな」

「……」

美知留には、激しく異論があるみたい。

不満げに頬をぷっくり膨らませているからね。


「うとうとしているのは、多分夜もいろいろ心配事があって寝られてないんだよ」

「ユッキーの寝相の悪さで、蹴られて寝られなかったのこっちなんですけど……」

そういえば朝も美知留がそんな愚痴を言っていたな。

金髪さんは眠りが深いみたいで、蹴られたくらいじゃ起きないらしい。


「まあまあ、美知留はこの間も雪美に宿題教えて貰ってただろ?二人仲良さそうだったじゃん」

「あれ美知留がユッキーの宿題やってあげてたし」

「……お姉ちゃんは大変なんだよ。無条件に」

「おねえ、ユッキーに甘すぎ」

金髪さんは優しいからなー。

基本みんなに優しい。

これで黒髪清楚な女性ならイメージぴったりなのに、なぜ金髪で少しずぼらな感じなのか。


口は動かしながらも、三人でコツコツ働いた。

若干涙を流しながら玉ねぎを切っていく。

ティッシュじゃ完璧にカバーしきれないみたいで、涙がどうしても漏れる。

きっとこの涙が旨味につながるはず。そんな訳ないか。


「おねえの切り方上手ー」

「もう10年くらいやってるからなー。でも、もやっし子はもっとうまいぞ」

「本当だ。もやしのは切り口が少し違う」

二人して褒めても何も出ないぞ。少し玉ねぎの取り分を貰ってやるくらいだ。


「これでも料理スキルBだからな。そろそろAに上がりそうだし」

「もうそこまで行ったのか!?成長が早いな。料理スキルAって、余裕で独り立ちできるランクだぞ」

「マーボー、マーボー!!」

以前美知留に作ってやったやつの味を覚えているらしい。

そこまで料理を声高に叫ばれると作ったかいがあるというものだ。


「また作ってやるさ。今は玉ねぎな」

「店開いたら、呼んでくれよな。もやっし子」

「開きませんよ」

これでも御曹司ですよ。

「もやしの作る料理なら週4で食べられる!」

「週4かよ」

それで十分か。


「たっく、そんなに褒めても何もありませんからね」

「わかってるよ。でも本当に切り口綺麗だよな」

「うんうん、もやしの包丁さばきも良く見ると滑らかで綺麗」

「だから、何も出ません……」

「かっこいいいなー。私もそんな風に切りたいよ」

「かっこいいー。いいなー」

「玉ねぎ全部俺のとこに持ってこいや!!」

どうやらおだてられると木に登るタイプらしい。

少しだけ自分への理解度が増した今日この頃。


今日もバリバリ働いて、料理スキルがぐんぐん伸びた。


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