73話 罠
空港。
すっかりと日が暮れて、暗くなった中、花崎家の使用人だと語る人が空港まで迎えに来てくれた。なんという好待遇。
荷物を全て運んでくれる気遣いもありがたい。
水琴家の使用人も感じが良く働き者ばかりだが、目の前の男性もそれに負けない紳士さを発揮していた。
職に困ったら水琴家へと呼んであげよう。
車に載せられ、花崎家が滞在しているというホテルへと向かうことになった。
美知留に呼ばれて熱海まで来たわけだが、誘われたことはもちろん、自分のフットワークの軽さにも猛烈に感謝している。
「うわー」
なんと今、俺の目の前には自然豊かな土地に建てられた高級リゾートホテルが広がっていた。
『花崎リゾート』と正面入り口にホテル名が書かれていた。
そうか、ここは花崎家の経営するホテルだったのか。それで美知留が気軽に誘ってくれたわけか。
広い道幅に、ヤシの木の並木通り。
ホテルは白を基調とした三階建ての輝かしい建物。ちょうどライトアップされていて、美しい。
辺りの景観を損なわないために、低く、広く設計されたホテルのようで、正面入り口から建物端まで、ハッキリ見えないほど結構な距離があった。かなりの規模のホテルといっていい。
車の中で薄々気が付いていたが、どうやらVIP待遇で迎え入れられたらしい。
水琴家に生まれた身として、都会の高級ホテルは経験済みの身ではあるが、やはりこういった自然に囲まれたリゾートホテルというのは年に一度あるかないかである。
東京の暑さを避けられる意味でも、本当にこちらに来られて嬉しい限りだ。
「いやー、いいところですね!!!あっ、すみません。少し声が大きかったですね」
思わず興奮気味に運転席の紳士に声をかけた。
「ははっ、皆到着したら同じようにはしゃぎますので大丈夫ですよ。今だけです……。それよりも、水琴家の御曹司殿がこちらに進んで来たがっていると美知留お嬢様から伺いましたが、あれは本当だったのですか?」
「えっ?ああ、誘われて来たんだよ。でもこんなところなら、もっと早く誘ってくれれば良かったのに」
会話中にも関わらず、窓を下ろして辺りを見渡してしまう。
自然と心が弾んでしまう。
「……そうですか。水琴家の奥様も今回の件には賛成のようなので、私共としては一安心です。是非、できるだけ長く生き……居てくださいね」
紳士が急に作り笑いたっぷりの顔になった。なんだろう?
それに変な聞き間違いをしたのだが、勘違いだろうか?
きっとそうだろう。なんたってここは夏の暑苦しさを避けるための天国。
目の前に広がる高級ホテルがそう語っているじゃないか。
さて、天国への扉をいざ開かん。
俺は弾む心を抑えて、ホテルへと入っていった。
ちょっとだけスキップしていたのは、まあ抑えきれなかったからだ。
ホテルの中は照明器具に照らされて、これまた美しかった。
和と洋が混ざり合った内装は、どこも丁寧に清掃がいき渡っており、一目でこの空間が好きになってしまった。
従業員が一人近づいてきて、一礼してくれた。
こちらもお返しに一礼。
「春鷹様ですね?」
「はい」
「美知留様から伺っております。こちらへどうぞ」
「あっご親切にどうも」
「いえいえ、こちらも助かりますので」
助かります?
そうか。お客様がホテルを支えている、というしっかりした心構え。
なんと教育の行き届いたホテルだろうか。
従業員一人一人がしっかりと広い視野を持っている証拠だ。素晴らしい!
こういった従業員たちがいるからこんな素晴らしいホテルが成り立っているに違いない!
ここでの生活が素晴らしいものになることが手に取るようにわかってしまうぞ!
フハハハハハ、ダークマスターらしい高らかな笑いを一応しておく。
従業員の案内に従ってホテルの中を歩いていった。
中が広いので、移動は少し大変だ。
他の客が建物内にある水平型のエスカレーターであるオートウォークを使う中、俺たちは徒歩だ。
……まあ若いからいいか。
パーティー会場を通り過ぎて、食堂を通り過ぎて、客室エリアだろう場所も通り過ぎて、どんどん奥へと向かう。
「あの、多分部屋過ぎたんじゃないかな?」
「ああ、あちらはお客様のお部屋ですので」
「はあ……」
あ、そうか。俺は美知留の友達扱いだから、お客ではないのか。
そうか、そうか。危うく勘違いするところだった。
なんたってここは花崎リゾートだ。
花崎家の経営する高級リゾートホテル。その三姉妹が俺を誘ってここまで来させたのだ。
ただの客室を用意するはずもなかったか。
きっとこの先の待ち受ける超VIPな部屋に通されるのだろう。
フハハハハハ、楽しみ過ぎるのでまた悪い笑いをしておく。
……段々と人気の少ない方へ行っているのは気のせいだろうか。
……段々と内装が質素になってるし、従業員とばかりやたらとすれ違うのは気のせいだろうか。
……段々と客の上品な話し声が遠ざかり、料理人の荒い声が聞こえてくるのは気のせいだろうか。
……厨房内、目の前に死にそうな顔をした雪美先輩、金髪さん、美知留がいるのは気のせいだろうか。
「おー!!もやっし子が本当に来てくれたぞ。美知留ナイスー」
「ほんとに来てくれたね。やった、数うちゃ当たるってやつだね」
「やっほー。これで仕事が少しだけへるー!」
……死にそうな三姉妹が新しい犠牲者を見つけて喜んでいる、そんな気がするのは気のせいだろうか。
「花崎家の伝統の地獄の修行でな。毎年夏休みのほとんどをこの花崎リゾートでの修行に充てられる。フハハハハハ、もやっし子の母君同意の修行だ。存分に働いていきな」
「ちゅうちゅうはさせてあげる。フハハハハハ、ちゅうちゅうはね。他は知らない」
「春鷹君、大好き!本当に好き!フハハハハハ、とりあえずいっぱい働いてね」
……死にそうな顔した三姉妹が生者の生気を吸うがごとくすり寄ってくるのは気のせいだろうか。
……はっ、嵌められた!?
み、美知留は!?
笑ってる。悪い笑い顔や!
金髪さんも望んだって。
こっちも悪い笑い顔や!働き手が欲しかっただけか!
確か、雪美先輩も俺に来てほしいって。
こっちは寝てる!完全に楽する態勢!
気が付くとエプロンを着せられ、手を綺麗に洗い、ジャガイモの皮むきに入った。
既に手遅れか。
三姉妹と並んで黙々と仕事に取り掛かる。
「あ、細長い人上手」
俺を細長い人呼ばわりするのは美知留である。
中華屋でのバイト経験があるので、このくらい楽勝だ。
「もやっし子は料理系得意だからな。後で仕込みも頼もう」
金髪さんが仕込みも頼んでくる。
中華屋でのバイト経験があるので、それも楽勝だ。
「春鷹君、後でお姉さんの肩を揉んでよ。胸もちょっとだけ揉んで良いから」
雪美先輩っ!
中華屋でのバイト経験……楽勝だ!
それらは後だ後。とにかく山のように積まれたジャガイモの皮むきをしないと。
料理長に怒鳴られる前に早く。
美知留が手を切ったらしい。
金髪さんがジャガイモに話しかけてる。
雪美先輩寝てる!
ここは俺が頑張らないと。
……やだー!!
ちょっと待って!
何これ!?
俺の夏、こんなのやだー!!
母さんも同意したって何?
俺リゾートホテルに来たんじゃないの?
修行させられに来たの?
モテキどこ?
やだー!!こんな夏やだー!!
「新入り、皮むき急げ!!」
サングラスかけた料理長から叱咤が飛んできた。
「うっす!」
……料理スキルはとりあえず伸びそうである。




