70話 父の思惑
「彼です!」
ドヤ顔で紹介したのは、全く事情を理解していない文月大夜である。
あきらかにこの家で働く使用人の服を着ている彼は、場違いな場所に連れてこられて戸惑っていた。
全員の視線を集めてしまい、俺?みたいな顔をしていた。
咄嗟に思いついた作戦はこうである。
警戒レベル5、魔法の変革をもたらす存在とかいう訳のわからないものに、この家に住む誰かが引っ掛かった。
可能性として考えられるのは俺か、もしくは文月大夜のどちらかと考えていい。
しかし、ファンキャン本編でこんな話がなかったことを考えると、やはり俺の可能性が濃厚ではないのか。
そうなってしまえば、魔法省から監視員が差し向けられるとのこと。
何かあったときのため対処できる人材が常に待機させられるのだろう。
そんなことをされては、俺のバイトも、先輩方との世界征服も、改造ショップとの黒い繋がりも明るみに出てしまう。花の学園ライフを続けたい俺としては非常に不都合。ええ、不都合なり!
だから、その変革の魔法使いとやらを文月大夜にすり替えようという作戦だ。
これは悪意ではない。むしろ善意である。
なぜか。それは文月大夜の境遇にある。
彼は魔法の素養がないことでトーワ魔法学園の受験資格すらない身である。
しかし、ファンキャン本編の内容を辿るとしたら、いずれ彼は理事長にその才能を見抜かれて学園へと招待される身の上だ。
それが高等部入学時となる。
しかし、俺たちは偶然にもこの家で出会ってしまい、関係性を築き上げてしまった。
本来は避けねばならないはずの遭遇をここで果たしてしまった。
破滅を避けたい身としては距離を置くのが正解なのだが、昨日一緒にスカイフットボールの話をしてしまった……。
あやの妄想が俺の頭にもしっかりと流れ込んできてしまい、そしてあれはとてもいいものだった。
俺も文月大夜とスカイフットボールがしたい、そう思ってしまったのだ。
文月大夜も一緒にスカイフットボールをしたいと思っていることだし、ならばその願いを叶えてあげようではないか。
変革の魔法使いの正体が文月大夜ということになれば、監視の目を付けやすい理由で、学園への特別入学があり得るのではないか。
どうせ後に才能を見出されるなら、せっかくだ。今どうですか?
文月大夜が学園へ入学することになれば、きっとあやも大喜びである。
マーク達も筋トレ仲間が出来て喜ぶことだろう。
だから、彼を変革の魔法使いに仕立て上げる。本当に文月大夜の方がそれかもしれないしな。
「……彼は魔法使いではないですよ?」
ドヤ顔で紹介したのだが、魔法省の井川さんは困った顔をした。
しまった、このレベルの人に魔法使いかどうかを見抜くなんて造作もないこと。
すぐに文月大夜に魔力がないことを探り当てた。
あまりに浅知恵だっただろうか。そう思っていたら、やはりあの人が食いついてくれた。
「おや?待ちなさい。これは珍しい。以前私が書いた論文を覚えているかね?覚醒型の件だよ」
食いついてくれたのは理事長である。覚醒型……。
「もちろん。まさか彼が?」
「ふむ、体の奥底に眠る大きな魔力を感じる。私の理論でも唱えた通り、覚醒型は12~15歳の間に魔力が膨張する魔法使いだ。年齢もぴったり。そして覚醒型は大抵抑えがたい力を有することになる。ふむ、春鷹が監視を嫌って適当に連れてきたのかと疑っていたが、あながちこちらが変革の魔法使いかもしれんな」
これだから理事長って人は……好き!
疑ってたんだって部分はあるけれど、でも結局俺の意図した方へと話が流れている。
これはいいんじゃないか?
「覚醒型の件は私は詳しくないのでなんとも言えませんが、彼よりもやはりまだご子息がそうなんじゃないかと思っています」
魔法省の井川さんはそういって視線を父の冬之介と合わせた。
賢い人は早死にしますよ?と心の中で脅しておく。
「意見が別れましたな。私としては魔法省の立場も理解できますし、息子の自由な学生生活にも協力してやりたい。そこで一つ提案したい案があるのですが、よろしいでしょうか」
理事長も井川さんも父の意見は尊重するみたいで、静かに頷いた。
「彼はうちで使用人をしている文月大夜少年です。妻のお気に入りの使用人の弟で、息子の夏休み期間中だけ働いて貰っています。勤務態度は素晴らしいと聞き及んでいます。人間性に問題はないかと。そこで、理事長の覚醒型の研究の進歩にも繋がりますし、彼をトーワ魔法学園に入れてみてはどうでしょうか?彼を息子の側につけて、お互いに何か変化があれば早急に報告をということにできないでしょうか。学費は私が持ちますので」
父が文月大夜個人にまで認識を持っていたのは驚いた。
もしかして使用人全員のプロフィール知っているとか言わないよな?
そうならば、俺も今夜暗記するぞ!父には負けられん!
「ふむ、冬之介らしい間を突いたアイデアよの。優秀さは今だ変わらずか。私はそれでもいい。ちょうど学園の席に空きもあることだしな」
「確かに冬之介様の言い分は理解できます。しかし、彼の意思は?」
問われた文月大夜に視線が再度集中する。
会話を聞いていたので、今度はすんなりと話に入れた。
戸惑っていることには変わりないが。
「トーワ魔法学園は最高の教育機関だ。それに君の家の経済事情は把握している。学費を水琴家で負担しようというのだ、悪い話ではないだろう?」
父が優しい声色で歩み寄ってやれば、文月大夜の顔に笑みが差し込んだ。
「はい!」
スカイフットボールができるのだ。この男が断るはずもない。
本人がこのように入学の意思を明確にしたのだ。もう魔法省の井川さんにも口をはさむ隙間はない。
渋々って感じだが、彼女は黙って頷いた。
「二人は一旦下がってなさい。後は私たちで話し合う」
「はい」
一礼して、俺と文月大夜は下がっていった。
あっと言う間にまとまった話に、流石は権力者たちだなと思った。
実行力と決断力の速さが比較にならない。
部屋に戻る廊下で、文月大夜はフワフワと歩いていた。
流石に実感がまだわかないらしい。夢見心地って感じだろうか。
嬉しいやら、信じあれないやら。
まさに彼はさっき人生が変わる現場に居合わせたのだ。そりゃボーっとなるのも仕方ない。
今日くらい仕事が手につかなくても、いいからしっかりと休んで欲しい。
「春鷹様。深い考えがあってのことだと思いますが、それでも俺にこんな幸運をもたらしてくれたこと、一生忘れません。一生かかってもいい、俺はあんたに姉貴を助けられた恩も含めて返していきます」
「大げさな」
背中越しに手を振って、仕事に戻っていく文月大夜と別れた。
少し振り向くと、俺がしばらく歩いても彼はまだ後ろで頭を下げたままだ。
まだ若いのに律儀なものだ。
本来は殺る側と殺られる側の関係。
偶然にもでかい恩を二個も売れてしまった。
もしや、これは文月大夜に殺られる未来は潰えたのではないか!?
……安心したときが一番危ないっていうし、まだ完全には警戒心をなくさない。
けれど、やはり徐々に安心感が心を満たしてはいた。
父の助力にも感謝したいところだ。今日は一緒に風呂にでも入ってあげよう。
部屋に戻ってあやに文月大夜の件を教えたらすっごく喜んでいた。
そりゃ喜ぶか。
嬉しすぎて今日も泊まると言っていたが、総理閣下の父君に強制的に連れて帰られていた。
これ以上水琴家に迷惑はかけられないとか言っていたな。
……迷惑なんて一つもないですよ!切実に!
今日は一緒に寝てくれる人もいないので、本当に父の風呂の時間を狙って一緒に入った。
一緒に入ったのなんていつ以来だろうか。覚えてないってことは、つまり数年は入ってないってことだ。
「春鷹か?」
後から入ったので、父冬之介はちょうどシャンプーで髪を洗っていた。
目を開けていないのでよくわかったものだ。
我が家の風呂は広いので二人なんて余裕で入る。本気を出せば20人は入るんじゃないか。
檜風呂が自慢だし、マジでいい。
「よく俺だってわかりましたね」
「来ると思っていたよ」
ん?よくわからないが、投資もたくさんしている男はこのくらいの予測は簡単なのかもしれない。知らんけど。
「背中を流しますよ」
「ありがとう」
背中を丁寧に洗い流してあげた。
国を支える企業のトップだというのに、父の生活は本当に質素だ。
このくらいの立場なら、背中を流す専用の使用人がいてもおかしくない。……想像したが、絶対にいらんな。俺なら全力で拒否る。
背中を流した後、今度は父が背中を流してくれた。
いつも適当に洗っているからありがたい。
そして二人で一緒に檜風呂へと入っていった。
父と風呂なんて記憶にないくらいだから、何を話したらいいものか。
子供が気まずい思いをしているんだ、父はもっと感じているかもしれない。
「春鷹」
「なんです?」
「今日、助けてやったよな」
「え?」
何の話?俺の顔は気づけば父へと向けられていた。
まさか、理事長と魔法省への提案の件か?
あれで監視の目が俺から離れたばかりか、文月大夜の入学まで決まった。
父のナイスサポートだと思っていたが、まさか確信犯だったのか?
「今日のは貸しだ。水琴家に生まれた身として、そうそう他人に借りを作るものじゃない。どんな無理難題を頼まれるかわからんからな」
何かそういう苦労でもしたのだろうか?若いころにでも。
とりあえず黙って頷いた。俺への教育だろうか。いずれ自分の跡を継ぐものとしての。
しかし、そんな甘い話じゃなかった。
「というわけで、貸しを返してもらおうか」
「え?」
戸惑いっぱなしである。
「先日話した件だ。水琴家グループの経営が諸外国に圧迫されている話。あれは本当だ。そしてやられっぱなしでもある。これをお前に解決して欲しい」
「はい?」
あれって水琴家グループ全体で立ち向かうような問題じゃないのか?
風呂場で息子に頼むようなことじゃないだろう。
「なんで俺に?」
純粋に気になった。
「お前なら何とかできるんじゃないか?」
向けられた視線の意味深な感じ……。
おいおい、我が父水琴冬之介はこの国を支える企業の経営者だ。
流石に有能だとは思っていたが、いやはや、俺の想像より遥かに凄いのかもしれない。
文月大夜のプロフィールといい、そして今の話と言い。
俺の情報ですら、一体どこまで掴まれているというのか。
「貸し、返してくれるだろう?」
「とりあえず、伝手はあります」
そう言って俺は父から逃げるように風呂場を去った。
全てを見透かされているようで怖いな。今度父冬之介についてもっと調べておこうかな。理事長辺りならいろいろ話してくれるだろう。
俺の考えている伝手、そしてどこで嗅ぎつけたか知らないが父の考えている伝手もあれのことだろう。
そう、清掃ロボットの先輩方である!
先輩方の技術力半端ないからね。これがもう本当に凄い。
とりあえず、頼んでみよう。面白い技術をくれるかもしれない。
この国のトップ企業から頼りにされる先輩方、流石である!さす先!
――。
風呂から先に上がった春鷹を見送って、冬之介は少し申し訳なさを感じていた。
水琴家のグループ、そしてこの国を守るために仕方ないとはいえ、息子に難題を背負わせてしまった。
しかし、今最も有効な手と考えていいかもしれない。
なかなか打開策が見つからないなか、冬之介はある情報をつかんでいた。
それはアメリカ経済の中核にいるカーゲウス家とのパイプ。
カーゲウス家の次期当主がトーワ魔法学園に在籍していること、そして春鷹と同じスカイフットボールチームに所属していること。
二人の仲が良好なことも報告に上がっている。
(息子の賢さなら、きっとカーゲウス家と我が家を繋いでくれるように話をつけてくれるだろう。頼んだぞ春鷹。この国の未来がかかっている!)
冬之介は風呂の中で、大きな責任感と、息子への申し訳なさで一杯になっていた。
友情に罅が入るかもしれない。しかし、そんなことは構っていられない。
今日もまた苦い大人の世界の、酒の肴ができたのだった。
清掃ロボットの件など、当然知るはずもない。




