67話 調査
「報告ムゥー」
「よし」
部屋に戻って来たダークをひっそりと文机の下に忍び込ませた。
一度部屋の外を覗いて、廊下に誰もいないことを確認する。近づく足音もなし。
「ご主人様に頼まれていた、文月大夜の調査結果ムゥー」
そう、俺は使役するダークを使って文月大夜の様子を探らせたのだ。
近くに爆弾があっては穏やかに日常生活も送れないというもの。
というわけで、こうしてダークを一体召喚して詳細を探って貰った。
探偵ダーク、出陣編!
「まず、一日の労働時間は曖昧なところがありますムゥー。文月姉弟は朝の5時に起床後、すぐに身の回りの整理して、大体6時には仕事に入りますムゥー」
「はやいっ!」
6時って、今日の俺はまだスピスピ寝息を立てていた気がする。
文月大夜はその時に既にセカセカと働いているだと!?なんという働き者の素晴らしき青年。
「文月大夜は基本敵に他の使用人の手伝いや雑務を頼まれているムゥー。そしてご主人様の予定に合わせて、都度顔を見せている感じムゥー」
夏休みの課題に取り組んでいるときにお茶を持ってきてくれるのは、裏で俺の行動を管理したりしているからとのこと。うれしいやら、少し息苦しいやら。
「住み込みなので、三食全てこの家で食べますムゥー。休憩時間もあるんですけど、少し曖昧で、大体ご主人様が暇そうなときに軽く休む程度です。夜は夕食を作り、片づけたら一応終業ムゥー。ここら辺も曖昧で、ご主人様の様子を見つつ休みに入るといった感じムゥー」
聞く限り結構ハードなのだが……。
まだ俺と同じ中学生の身で大丈夫だろうか?ただでさえ、住み慣れないところなのだ。少し心配になる。
「部屋は姉弟で一室。夜になるとその時間を利用して大夜は勉強しているムゥー。姉弟は周りの使用人から可愛がられているので、ちょくちょく差し入れなんかあるムゥー。昨日は羊羹が差し入れられていたムゥー。少し残していたから、それは僕が頂いたムゥー」
おい。探偵ダークよ、危ういことをしてくれるな。
羊羹なら俺がくれてやる。そういえば、ご褒美を上げていなかったので、この後何かやっておこう。
ふむふむ、それにしても健気な姉弟である。
住み込みで一生懸命働いて、夜に勉強か。
涙が出てきそうだ。うるっ……ぐすっ。
「文月大夜は夏休みの間限定の使用ムゥー。休みは水曜日と日曜日ムゥー。給金は時給換算ですけど、大体一日3万ほど貰っているムゥー」
高い!
水琴家の支払う賃金の良きこと。俺の中華屋のバイトの3倍くらい羽振りがいい。
思えば、俺も中華屋で死ぬほど働いた後、勉強したりしている。
それも文月大夜よりも低い給金で!泣かれる境遇にあるのはこちらかもしれない。
「良くやった。素晴らしい調査結果だ。それと、ほら、会話内容なんかも聞いてきたか?」
「人前に出るのは結構リスクあったけど、ちゃんと収集してきたムゥー」
良くやったと褒めて、肝心な部分を聞いていく。
使用人、特に文月大夜の会話内容が気になる。
裏で俺の悪口を言っていないかとか、少し小心者過ぎる気がするが、気になるもは仕方ない。
あと、ぶっ殺す、なんて類のことを言われていたりしたら早急な対応が必要だ。
「皆さん基本的に良く働いていて、無駄口が少ないムゥー。休憩中も基本的には流行りのものの話などで、ご主人様の話は別に出てこないムゥー」
「……あ、そう」
そうだよね、基本こんなものだよね。
変に期待しすぎたし、警戒しすぎた。恥ずかしい。こっち見ないで!
「けれど、見る限り、皆さんどんな用事よりもご主人様を優先しているように見えます。下手したら当主冬之介様や小春様並みに慕われている気がするムゥー」
「……そ、そう?」
下げて上げるパターンね。やるね、うちの探偵ダークさん。思わずニヤリと笑ってしまったじゃないか。
存分に働いてくれたダークを一度手の甲に戻す。この使い方は結構いいなと、また次回なにかあったら使おうとも思った。
さて、調査を終えたことだし、夏休みの課題もいい具合に進捗している。
となると、そろそろどこかへ出かけたい気分になる。
とはいえ、あまり予定はない。というか、白紙である。
マーク達は自分たちの国に帰っているので、なかなかあえなし、影薄君もパリでバカンス中らしい。宇佐ミミさんや夢野さんなんかを誘って出かける勇気もないし、結局暇ということになるのだ。
母小春が近いうちに国内旅行に行くと言っていたので、付いて行ってもいいかもしれない。
けれど、それも早くて来週だ。
今はそういう訳で、暇なのです。
コミュニケーションお化けどもはどうせすぐに予定を立てて遊びに行っちゃうんだろうけど、残念ながら俺にそんな能力はない。
そんなことを考えていると、廊下の方が騒がしくなった。
何事かと思い、障子を少し開けて頭だけひょこっと出して様子を伺った。
聞こえてくる声は二つとも聞き覚えのあるもの。
ずかずかと廊下を進んでくるのは、早瀬あやだった。
その前を、なんとか遮ろうとするのは、文月大夜。使用人としての仕事を全うしているのだろうけど、何を揉めているのやら。
「あっ、春鷹!」
「あや!」
こちらに気が付いて手を振ってきたので、俺も呼び返した。
俺の声がしたからか、文月大夜は遮ろうとするのをやめて、こちらに駆け寄ってくる。
「すみません、勉強中にもかかわらず客人を通してしまい」
ああ、それで揉めていたのか。
ダークの報告だと、結構俺の行動が優先されているらしいので、客人には少し待ってもらいたかった。そんなところだろうか。
「いや、いいんだ。ちょうど勉強もひと段落付いたところだったから」
「早瀬あや様という方ですが、ご友人でしょうか?」
「ああ、学友だ。俺たちと同学年だよ」
「そうでしたか」
そこへあやも部屋の前に辿り着いた。顔は結構不満ありげである。
「そうなのよ。この使用人さん、かっこいいし爽やかな感じだけど、あったま堅いんだからー。春鷹様は勉学に励んでおります。しばしこちらでお待ちください。の一点張りで、全然通してくれないんだから」
かかか、かっこいい!?
そういうこと言っちゃえるんだね。流石コミュニケーションお化け。
それにしても、止められたのにも関わらず、来ちゃうところがあやらしい。
夏休みに会えてとても嬉しい気分だ。
「ごめん、ごめん。皆俺のことを気遣ってくれているから、ついね」
「ま、いいけどね。今日は暇だったのと、もひとつ用事があったから、遊びに来たんだ」
それはナイスタイミング。こちらも暇していたところだ。
「とりあえず、部屋に入って」
廊下で立ち話もなんだし、涼しい部屋へと招き入れた。
文月大夜は何か持ってきますと言い残してサーっといなくなった。
「まじめねー。それにしても、いい部屋ー。私春鷹の部屋好きなんだー。今日も泊まろうかなー」
「へ、へー」
美処女に気軽に泊まるとか言われると、緊張しちゃいます。大歓迎ですけどね!
「春鷹の家の広い庭を使って、スカイフットボールのボールで少し遊びましょ。数日触ってないから、感覚が鈍りそうで」
「いいね」
スカイフットボール用の設備は、我が家にはないが、それでもボールさえあればいろいろできることはある。球技の素晴らしき点だ。
「入ります」
廊下から文月大夜の声がして、入って来た。
茶とお菓子を運んできたらしい。
「ありがとー、イケメンの使用人さん」
「いえ、客人のほうこそ美人で、少し見惚れてしまいます」
「あちゃー、私の旦那さんは春鷹の予定なのに、これはライバル登場だね」
「春鷹様なら間違いないです」
……ここはアメリカ?アメリカですか?
コミュニケーションお化けが二人も揃うと、ストレートに容姿を褒め合えるんだね。流石ですよ。世界平和待ったなしだよ。
ちょっと待て!その前に、あや、今なんて言った!ワンモア!
「じゃあ、どうぞごゆっくりなさって下さい」
「ん」
さっきまで喧嘩というか、少し争っていた二人だったのに、今じゃもうすっかり打ち解けた感じだ。さすコミュとしか言いようがない。
丁寧にお辞儀をして、下がっていく文月大夜だったのだが、ふとあやの目が大きく見開かれる。
「ちょっと待って!」
たたっと素早く駆け寄って、腕の筋肉や、脚の筋肉を見ていく。
戸惑うのも無視して、あやは丁寧に観察した。あまり乙女のやることとは思えないが、やっているのがあやなら不思議と納得だ。
「もしかして、スカイフットボールプレイヤー?」
その通りであるが、筋肉や体系を見ただけで当てられるあやの洞察力の凄まじいさ。
文月大夜は事実、ファンキャンの中でスはカイフットボールの名選手である。
そりゃ主人公がポンコツじゃあ、ゲームにならないからね。良い能力値を持っている。
ポジションは花形のセンター。全員の中心で、攻守を支える大事なポジションだ。
何度も言っているように、春鷹があこがれたポジションで、沈没していったポジションでもある。
「あまり魔法の素養がなくて、補助器具をつけてやっているけど、一応かなりのスカイフットボールフリークです」
笑いながら、文月大夜が答えた。
「やっぱり!絶対そうだと思った!筋肉のつき方の綺麗さからして、絶対に良いプレイヤーだもん!」
「そ、そうか?ありがとう」
「うわー、学外でこんな名選手見つけちゃうなんて、ラッキーなのかアンラッキーなのか」
頭を抱え込んで、あやは嬉しそうやら悲しそうやら、いろんな表情を見せた。
学内で会っていたら、その日のうちにチームに入れられていただろうな。
戸惑いながら強制的に連れてこられた顔が目に浮かぶ。
「ねえ、この後春鷹とボールを使って遊ぼうとしてたんだけど、一緒にやろうよ!」
「いえ、そういう訳にはいきません」
首を振って丁寧に断りをいれる。
「えー、ねえ、いいよね?春鷹」
懇願するような目で、今度は俺を見てくる。
そんな目で見られて、断れるはずもない。断ってはいるが、文月大夜もどこかやりたそうな顔をしているのがわかる。
「文月大夜さん、もうすぐ休憩時間でしたよね。その時に三人でやりましょう」
「休憩時間までご存知なのですか!?……一応、姉に聞いてみます」
「俺の名前を出して伝えれば、香さんも許してくれると思う」
「……そうしてみます」
嬉しそうに、そう言い残して下がっていった。
お茶と菓子をあやに口へと素早く流し込まれた俺は、一度死にかけながらも何とか飲み切った。
ボールを準備して文月大夜の帰りを待つ。
あれ?距離を取りたいはずなのに、だんだん仲良くなってね?
という、不安兼疑念は、一旦置いておくことにする。




