66話 巡り会い
「えっ!?」
朝一で苦い顔をして、なんでこんなに驚いているかって?
そりゃ文句の一つも言いたくなる。
新しい使用人、男なんだってよ。
「はあー」
やる気なくすわー。
もう来なくていいよ。
自分のことくらい自分でやれるわ。
男が来るくらいなら、専属使用人、広坂の爺さんでいいくらいだわ。……いや、それはないな。流石に言い過ぎた。
とにかく、がっかりです。
食後の熱いお茶を届けに来た使用人に、ちょっとだけ気になってたからね……フライング気味だったけど、聞いてみたのよ、新しい使用人のこと。
「とても活力ある男の人らしいですよ」
と笑顔で返答を頂いた。
美人を想像してたから、その落差はでかいよ。
母さん、気を利かせてくださいよ。自信ある人選だとか言ってたから期待値上がっちゃうじゃない。
「はあー」
二度目のため息。
まあ、期待値を上げ過ぎていた俺自身も悪いっちゃ悪い。
誰も美人の使用人だなんて一言も言っていない。
そうなんだよな、現実はそれほど甘くない。
さっさとお茶を飲み干して、夏休みの課題でも済ませてしまおう。
どうせこういう課題を溜めていると、ギリギリで追い込んでいるときに美味しいイベントが起きたりする。なかなか美味しいイベントの降ってこない身の上である、そういうことにならないためにも、先にやっとくのがいい。特に、俺は優等生で通っているからね。
間違っても課題を済ませていない、なんてことは許されない。クリスティン先生にまた必要以上に叱られることになるだろう。それは避けねばならぬ。
そうと決まれば、早速部屋にある文机について課題をやることにする。
ちょうど湯呑を下げにやってきただろう使用人が、部屋の障子を開けたのが分かった。
背中越しに渡そうとも思ったが、少し感じが悪いなと思い返す。
好感度が多少上がったときが、一番気を引き締めるときだろう。
使用人さんたちに後ろから研ぎ澄まされた包丁で刺されないためにも、日頃の丁寧さを大事に。
嫌われ者はつらいなー。
ということで、ちゃんと面と向かって湯呑を渡した。
「え……」
膝を曲げて湯呑を受け取ろうとする使用人、そして渡そうとしたのだが、目の前の光景のあまりの衝撃に手から湯呑を落としそうになった。
使用人が受け取ろうとするが、俺は衝撃のあまり湯呑から手を離さない。
彼が戸惑っているのはわかったが、それでも体が言うことを聞いてくれないのだ。
かなり酸っぱい梅干しを口にしたかのような顔をしばらく続けた俺は、体も後ろにのけ反りながら、ようやく湯呑を手放した。
その使用人は、まだ少し戸惑いながらも湯呑を大事そうに受け取る。絶対落とさないように、そんな気遣いが見て取れた。
いやいやいや、今はそんなことどうでもいい!
どうして文月大夜がここに!?
エロい美少女との思わぬ遭遇なら大歓迎だが、お前だけはいてはならない!絶対にである!
我が家の使用人の証である、あずき色の男性用割烹着を身にまとっているが、その顔は忘れもしない。
ファンキャン主人公にして、水琴春鷹に実に50回も絡まれる可哀そうな男!
……春鷹酷いな。
少し気の強そうな、端正な顔立ち。
男らしい体つきの良さ。
少しアホ毛があるところまで、全て俺の知っている文月大夜通りだ。
そりゃゲーム内で見るより若干幼いが、それでも紛れもなく本人であると断定できる。
why??
なんでここにいる??
俺が凝視すると、彼は要件でも言い渡されるのかと静かに待った。
すまない、紛らわしいことをしてしまった。
要件はないけれど、え?ほんとなんでいるの?
「あっ、すみませんでした。てっきり春鷹様には事前に連絡が行っていると思ったのですが、俺は今日から春鷹様の専属使用人になった文月大夜っていいます。ひと夏だけですが、水琴家本亭で住み込みで働きます。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
元気で、さわやか、そして卑屈さもない完璧な挨拶。さっと頭を下げて、さっと上げる機敏の良さ。
そう、彼は早瀬あや並みのコミュニケーションお化け。
なんか凄く警戒していたのに、一声かけられただけで、一気に好感度が上がった。
……友達になれそう。そんな気になってくる。
だが、取り込まれないぞ。
彼らコミュニケーションお化けはこうしていとも簡単に他人を誑し込めてしまう。
しかし!俺は文月大夜にだけは絶対に近づいてはならない!
彼と関わるとその先に待つのは破滅!
いや、既に未来は動き出しているから、そんな未来は来ないかもしれない。
それでも関わらない方がいい、そんな気はする。
そもそもこんなところで遭遇するはずではなかったのだ。
不思議な巡り会わせである。
「……湯呑、お願いします」
何とか絞り出た言葉はそれだけだった。
「はい!今後も何かあったらすぐに呼んでください!飛んで来ますので!」
笑顔でそんなことを言われたら、何か頼みたくなるじゃない。
仕事が済んだので、文月大夜は部屋から出て行った。
残された俺は、もう課題どころではなくなった。
学園からの課題なんてどうでもいい、今人生の課題が目の前に現れたのだ。
どうする?どうするよ、俺!?春鷹、お前どうするよぉーー!?
ま、考えてもいい結果なんて出そうになし、普通に学園の課題をやるよね。
流石は優等生、速めに課題へ自然に取り組む姿勢が習慣づいている。さす俺!
夢中になって課題に取り組んでいると、ちょうど集中力が途切れたときに、障子が開かれた。
「春鷹様、課題に取り組んでいいらっしゃると思い、時間を見計らってお茶をお持ち致しました」
「あ、はい……」
タイミング完璧すぎて、体に何か変なメーターでも埋め込まれているんじゃないか疑いたくなるくらいだ。
お茶もあっつあつかと思いきや、ちょうど飲めるように上手に冷まされていた。
お茶の香りがいい具合に際立つ、丁寧に淹れられた証拠だ。若干疲れてきていた頭をスッキリさせるのに最適だった。
「美味しい」
「良かったです。姉に淹れ方を教えて貰って、俺が心をこめて淹れてみました!」
横目で伺える文月大夜の様子は、本当に素直に喜んでいるように見えた。
彼が淹れてくれたのか。腕凄くね?
本当に美味しかったんだけど。
「香さんはお茶を淹れるの上手なんですか?」
「あっ!?姉貴を知っているんですか?」
「まあ、お世話になっているからね」
「そうですか。春鷹様が使用人まで把握しているとは思いませんでした。それなら―」
思わず彼の気さくな感じに取り込まれた、少し話してしまった。不覚。
そして、文月大夜が思わぬ行動に出る。
急に土下座をして、俺の前に小さく縮こまった。
「姉貴が助かったのは春鷹様のおかげだって聞いています。本当に、本当に、心から感謝しております!」
急にかしこまった礼をするものだから、目を点にして、お茶を持ったままあわわわしてしまった。
何とかその体を起こす。
姉にも同じことをやられたから、ふう、礼儀正しい兄弟だこと。
「香さんにもう礼を聞いたから、わざわざいいよ」
「いいえ、何度お礼を申し上げても足りません。本当に感謝しているんです」
「そう?あは、ははは」
照れるからやめてくれ。
「……文月大夜さん、俺と同じくらいの年齢だよね」
とりあえず、話題を変えようと試みた。あまり感謝され過ぎるのは慣れていない。
私は水琴春鷹だ。感謝されるより、恨まれる方が慣れているんですよ。悲しいことにね。
「はい、同い年だって聞いています。春鷹様に気兼ねなく接することができるという点を見込まれて、奥様に専属使用人に選んで頂きました」
「へえー、そんな経緯がね。でも大変だよね、まだ中学生なのに住み込みで働くなんて」
「大変だなんて。姉も良くして貰っていますし、俺の家貧乏なんで短期のいいアルバイトが見つかって本当に助かっています。ここだけの話、水琴家の時給って凄く良いんですよ」
最後に人懐っこく、そんな茶目っ気たっぷりなことを教えてくれた。
こんな人を、嫌いになれるはずがない。
気が付けば、もっと話したいなーって思ってしまっている!あかん!
距離を取らねば。
離れろ、文月大夜!
「ま、仕事頑張ってください。じゃあ、課題に戻ります」
そっけない演技をして、彼を遠ざけた。
「すみません。長居してしまい。また時間を空けて軽食をお持ちします」
「はい」
丁寧に一礼して、文月大夜は部屋から下がった。
うむ、本当に使用人としては完璧だ。
あー、文月大夜じゃなければ!
なんでファンキャン主人公がここにいるんだよ!
奴でさえなければ、あんないい人とすぐに友達になれたに違いない!
友達欲しいんです!人見知りでコミュニケーション能力が劣っているから!切実に!あとできれば彼女も!
ま、現実を呪っても仕方がない。課題をやりましょう。
ふふふ、軽食何持ってきてくれるんだろう。俺の直感が餅系だと述べていた。
部屋に流れ込んだ少し涼しい風が、課題への集中力を高めてくれる。相変わらず、いい部屋だと思った。




