65話 実家は癒し
高級車に乗って久々に実家へと戻って来た。
車内から出ると外のモヤっとした暖かい空気が体に纏わりつく。
家の前では、使用人が勢ぞろいで俺の帰りを待ってくれていた。
「おかえりなさいませ、春鷹様」
声を揃えて、そして一斉に頭を下げて迎え入れてくれる。
それに片手をあげてこたえることにした。
こんなVIP待遇は久々なので、どうしていいか少し困る。
というか、なんならこんな待遇を受ける身だということを少し失念していたほどだ。
学園ではゴミ拾いしたり、アルバイトしたり、ボッチ気質だったりで……。
うーん、我ながらとても御曹司とは思えない!
我が家に入ると、外の気温よりもだいぶ低く感じた。
流石は水琴の本邸である。
立地がいいのか、それもと建物の建て方が良かったのか、夏は涼しく、冬は暖かいという素晴らしい設計になっている。
夏は避暑地の別荘へ、というお金持ちは2流かもしれない。
水琴家はそれ本体が既に避暑地になっている。さす水!
和風なつくりもまた涼しさを上手に演出してくれる。
帰ってきて3秒もしないうちに、俺は既に家からしばらく出ないぞ、と心に決めていた。
部屋に戻り、荷物の整理も済ませたら、部屋着に着替えて畳の上へと寝転がった。
「はあー。癒されるー。良いにおいー。涼しいー。贅沢ー。好きっ」
なんだかんだ実家は寮生活よりも遥かに落ち着く。
最高だ。一生いられそうだ……。
あれ?
だれかいる?
気が付けば、俺の意識は凄くぼんやりしていた。
視界も暗い。
どうやら、あまりの実家の癒しに、気づかぬうちに眠りについてしまっていたみたいだ。
部屋に俺以外の人の気配を感じたのだが、どうやら使用人の誰かが入ってきている。
仮眠用にとタオルケットをかけに来てくれたらしい。
そのまま気遣いに甘えてもうひと眠りも出来たのだが、外の夕日具合からも流石にそれはやりすぎかなと思い、一度起きることにした。
「あ、すみません。起こしてしまいましたか?」
「いいや、もう起きていた。少し横になったままグズグズしていただけ」
余計な気づかいをさせないために、もう起きていたという設定にしておく。
ただでさえ、今までの春鷹は死ぬほど使用人たちに嫌われていたんだ。
最近少しばかり高感度が上がったからといって、油断していてはならない。
使用人に後ろから刺されないためにも礼儀はしっかりしておこう。
と、余計なことを考えていたので、目の前の使用人の具体的な認識に少し気が付くのが遅れた。
「あっ!」
俺がその人を認識したことで、彼女は一度頭を丁寧に下げた。
文月香!
ファンキャン主人公にして、春鷹最大の敵になるあの文月大夜の、実の姉に当たる人!
「香さん、もう働いてもいいんですか!?」
彼女が死に至る病魔にむしばまれていたのが見つかったのは、春先のことだ。
見つけた手柄を俺のものにちゃっかりさせて貰っている。
回復を願ってはいたけれど、こうも早く帰ってくるとは予想外だった。
「ええ、おかげさまで」
彼女は畳の上に正座したまま、両手を畳につけて頭を両手に接するくらい深く下げた。
「春鷹様のおかげで、この命を拾うことができました。馬鹿な弟と病弱な母を置いて先に逝かずに済んだのも、全て春鷹様のおかげでございます」
深く深く、頭を下げ続ける。
感謝の気持ちは凄く伝わってく来たので、俺は何とか起こそうとするも、それでもしばらく文月香は頭を上げようとしなかった。
「いやー、それにしても本当によかったよ。病気はすべて治ったんだよね?」
「はい、奥様が腕の良い医者を手配してくれて、最新の治療施設に入れてくださいました。そのおかげで、こうして早期の復帰もかない働くことができております」
「よかった、よかった。香さんに何かあったら俺は……」
おっと、これ以上は少し話し過ぎかな。
俺と文月香はあくまで限定シューズを探し合ったくらいの仲なのだ。心配しすぎも少し変かもしれないとも思った。
「すべて良くなったならそれで良し!これからも水琴家の為によろしくお願いします」
「はい!存分に働かせて頂きます!」
彼女は笑顔でそう返事した。
彼女が笑うと、凄く癒される。少したれ目な顔がそう思わせる。そういうタイプの笑顔だ。
年齢的には金髪さんと同じくらいの彼女だが、どこか凄く大人びて見える。
癒しの実家に、癒しの使用人。ここは天国か何かかもしれない。
「春鷹様、もうすぐ夕食の時間ですが、こちらにお持ち致しましょうか?それとも旦那様と奥様とご一緒なさいますか?」
「一緒に摂ろう」
「はい、そのように」
きっと俺がこんな返事をすると他の使用人なら驚いていただろう。
文月香は丁寧に了承して部屋から出て行ったが、古い使用人なら「マジですか!?」くらいの声は漏らしていたかもしれない。
今までの春鷹なら、家族と食事を摂るはずもない。
それどころか、実家であまり食事も摂ろうとしない。
「チーズバーガー買ってこいや!ポテトもな!Lサイズ(食べきれない)!ケチャップ忘れずに!」
てな感じだからだ。
久々に父冬之介と母小春に会うのだ。
俺はそんな冷たい態度を取るつもりはない。
実家は平穏に、それが一番だ。
夕食時、家族で食事を摂るため、茶の間へと出向いた。
一家団欒だけでなく、軽く宴会が開けそうなその広い空間。
俺が行くと、既に中には使用人が10名ほど待機しており、なぜか秘書の田辺、医師の広坂なんかも席についていた。他にも10名ほど、父に近しい部下が席についている。
俺も用意された席に座ると、しばらくして父冬之介と母小春も遅れてやってきた。
なんだか、宴会ってほどじゃないが、ただの家族の団欒というには少し規模が大きい。
何か大事な話でもあるような、そんな気がした。
「いただきます」
父が席について、いただきますを言った後、皆が続けて言う。
食事に手を付けると、ようやく他の者も食事に入ることができた。
古い感じはするが、水琴家ではこれが当たり前だ。
静かな食事空間がそこにはある。
「春鷹」
父冬之介が声を発した。食事を摂るのも最初だが、声を発するのも当主冬之介が一番だ。
「はい、なんでしょう」
「久しいな。トーワ魔法学園での日々はどうだった」
「非常に充実しておりました」
魔法の勉強に、忙しいアルバイト生活、厳しいスカイフットボールの練習。指をギュリッした彫刻クラブ。腐れ人間共を滅ぼそうとする先輩方のサポート。
うむ、充実してたなー。
「そうか。それならいい。理事長からも少し世話になったと連絡があった」
「え?ああ、そうですか」
特に何かした覚えはないが、田辺に苦情を辞めるように伝えた件かな?そのくらい別にいいのだが。というか、どれだけ田辺に苦労してたんだ。
「春鷹は成績も優秀なんですよ」
母小春が言葉を添えた。
タバコの件はばれていないようなので、敢えて言うまい。
ふふふ、世渡り上手になってきましたな。俺。
「そうか。それは結構」
父がそう感心すると、席についている部下たちも揃って賞賛の声を上げてくれた。
わかりやすい媚売りであるが、うむ、悪くない。もっと頼む。
「よっ!イケメン!彼女いそう!」
賞賛の声に交じってそんな言葉も聞こえてきた。
末席に着いている君、太鼓持ちがうまいな。出世しそう。
一通り俺の話が終わった後、再び父が口を開く。
「今日こうして水琴家を支える大事な皆を集めたのには、息子の帰りを祝う目的もあるが、もう一つ大事な要件がある」
先ほどとは打って変わり、皆静かに話を聞いている。
「我が水琴家グループの経営状況についてだ。田辺などは既に知っているだろうが、水琴家グループはこの数年成長が止まっている。外国製品に追われて、後手後手に回っている始末。このままではいかん、という話だ」
非常に重たい話に、場の空気が一気に暗くなる。
俺もまさかこんな話だとは思っていなかったので、凄く胃のあたりにずっしりと来た。
まだ納豆くらいしかお腹にいれていないのに、もういいやってくらいに。
「ふっ、すまないな。少し真剣味が過ぎたな」
父がそういって少し微笑んだ。場の空気が一気に弛緩する。
「先ほどの話は事実だが、だからといって10年20年、そのくらいで水琴家が傾くなんてことはありえない。しかし、水琴家というのは、この国の経済を支える企業を経営する家である。水琴家が他国に後れを取るというのは、この国そのものが後れを取るも同じこと。この席に招いた皆は一流も一流の人材ばかり、今一度気を引き締めて仕事をこなしていただきたい!結果が付いてこないはずがない、そんな人材を集めたつもりだ」
父のこの発破に、場が一気に活気づいたのがわかった。
経営には関係のない医師の広坂さんや使用人たちも気持ちが引き締まっているのがわかる。父の一言には、周りをその気にさせる力があった。
巨大な水琴グループのトップは、とうぜんかもしれないが、これほどまでに大きな存在だったのか、と今更ながらに俺は思ってしまった。
それなのに、もとの春鷹という男は……。
父が立派過ぎると反発しちゃうよなー、と一応フォローも入れておく。
活気づいてはいるものの、緊張したままの場の空気を和ませたのは母の一言だった。
「このアユ美味しいわねー」
全く関係のない、こののんびりとした言葉が、皆の笑いを誘った。
「仕方がない人だ」
と父が言えば、場は一気に自由な空間となった。
太鼓持ち上手な父の部下が、奥様美人です!と声を上げれば一気に場が盛り上がる。
あいつ絶対出世するだろうな!
こうして皆で集まった食事会は一気に楽しいものとなった。
父の言葉の重みも残しながら、しっかりと楽しむこともできる。
父と母が作り上げる絶妙なバランスがもたらしたものだ。
二人が完璧すぎるから、春鷹は放蕩息子になったのかもしれない。と、再度フォローしておく。
「そうそう、春鷹」
母に声をかけられた俺は、「なんですか?」と要件を伺った。
「あなたの夏休み中のお世話の為に、専属の使用人を一人雇ったの」
「えー、わざわざ良かったのに」
学園でも自分の身の回りは全部やってきたのだ。
実家は掃除や洗濯食事の手間が減る分もっと楽になる。それなのに専属の使用人なんて贅沢だ。
といっても、学園に入る前は常に数人いたんだけどね、専属使用人。あまりに贅沢な環境だった。
「そう言わないで。お母さんがいい人だってことを保証するから」
「そう?それなら楽しみにしておくよ」
めちゃくちゃ美人の使用人かもしれない!
心の隅によぎったその期待をもちろん表に出すことはない。
聞くところによると、母は文月香を凄く可愛がっているらしい。雇い入れる決断をしたのも母だとか。
あんな美人を可愛がれるということは、新しくやってくる使用人も文月香級の美人かもしれない。
期待しちゃうじゃない!そのくらいいいじゃない!
御曹司と使用人の禁断の恋!
考えるだけ……想像くらいいいじゃない!そのくらいいいじゃない!
ウッキウキな気分で食事を終えて、その場は解散となった。
檜風呂で大して溜まっていないけれど、汚れと疲労を綺麗さっぱり洗い流し、自室へと戻る。
畳に敷かれた布団に入り、めちゃくちゃ寝た。
午後に少し寝ていたのに、そんなの関係ないくらいめちゃくちゃ寝た。
明日来るめちゃくちゃ美人かもしれない使用人が楽しみ、とかそういうんじゃないからね!




