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64話 完成、そして

もうすぐ夏休みだから、彫刻クラブで取り掛かっていた置き型の丸い時計の完成を急がせた。

曲線が大事だからな。そこは丁寧に丁寧に削りをいれた。

あまりに集中しすぎると、手を滑らせて一瞬で指をギュリしてしまいかねないので、その点は常に気を付けている。


ようやく最後の一彫りで完成という間際、隣で大声が上がった。

「できた!傑作や!これは後世に残る傑作や!」

宇佐ミミさんの普段とは違う覇気のこもった声量と、若干おかしな口調に俺だけでなく猫ちゃんや熊君も視線が釘付けになる。

時間が止まったように、俺たち3人は固まったまま彼女を見続けた。


彼女が夏に至るまで精巧に掘り進めた作品がようやく完成したのだ。

その手に大事そうに握られているのは、どう見ても早瀬あやその人だった。

以前から何を造っているのか知ってはいたが、まさかこれほどまでに精巧なものを作り上げてしまうとは……。


美しい顔に、しなやかな体。

手にはスカイフットボールのボールが抱え込まれている。

本当に普段のスカイフットボールの練習でよく見るあやが彫刻に閉じ込められたみたいだった。

この様子だと隠れて取材していたのかもしれない。


「よーし、この作品に正式に名前をつけたる!」

いつもの弱弱しく臆病で可愛らしい宇佐ミミさんを返してくれ。

しばらく試行錯誤した宇佐ミミさんは、この作品に『スカイフットボール中の早瀬あや』という名前を付けた。考えていた割には凄くそのままな名前で逆に驚かされた。

しかし、大抵歴史に残る名作というのは結構ありきたりな名の作品が多いものだ。


もしかしたら、彫刻家宇佐ミミの名を後世に残すことになるかもしれない作品。

いや、今の彼女の様子からして、この作品だけで語られることはないだろう。この作品がスタートに違いないと思わせるほど、今の彼女の創作熱は高い。

くすぶり続けていた彼女が、今や気が付けば彫刻スキルが間もなくAに上がろうかというところまで来ている。


若干クマの見える目元が、夜中の創作をも匂わせる。

”高み”数々の天才たちが到達した地点まで、彼女もいずれ行くかもしれない。


しかし、そんな宇佐ミミさんにもまだ弱点はある。

彼女の弱点、それは……その驚異的な創作意欲が早瀬あや関連にしか向かわないこと。


彼女は早瀬あやを彫り出すとき以外は普通だ。

というか、このダーク宇佐ミミモードが発動して以来、彼女が早瀬あや関連を彫っているところを見ていない。

この点が改善されて多様な作風に手を出すようなら、本当に先が楽しみな芸術家だ。


しかし、当分それはないだろうなという感じに彼女の目は早瀬あやを捉えて離さない。

……ま、これはこれで一種のマニアが付いて、高く評価されるかもしれないけれど。

とりあえず、俺が口出しすることではないな。

宇佐ミミさんが幸せならそれでいいだろう。


「これを持って、私!早瀬さんに立ち向かってみるよ!」

堂々と作品を掲げてそう決意して見せた。

そういえば、もとはと言えばそういうつもりで創作に入ったんだったな。

すっかり忘れていた。


宇佐ミミさんの作品を、その後冷静に3人で評価及び感心、更には自然と拍手を送り、俺たちの作品の見物にもはいった。

猫ちゃんは昼寝中の猫像を彫り上げた。のんびりしていて、見ているだけで落ち着く。まるで彼女の精神を閉じ込めたかのような、動いていないのに時間のまったりさを感じることができる。素晴らしい作品だ。

熊君は木に登る熊を彫り上げた。重たい体に負けない逞しさを持って、必死に木に登っている様子がうかがえる。彫ってはいないが、きっとその先に見えないはちみつでもあるのだろう。帰ったらはちみつ買いに行こうかな、そんなサブリミナル効果付きの素晴らしい作品だ。

二人とも宇佐ミミさんには及ばないものの、流石の腕前ではある。

続けてきたからこその、美しさだな。続けるって大事。


俺のシンプルな丸時計を見せるのが恥ずかしかったが、芸術は見せてなんぼらしい。

「腕に上下はあれど、芸術に上も下もなし!ただただ、その熱を見るばかり!」

ダーク宇佐ミミさんにしては良いことを言ってくれたので、俺は自分の彫り上げたものを見せた。


テーブルの上とかにもおけそうな、丸い目覚まし時計を意識して彫り上げた。

今にも音が鳴りだしそう、なんてことはなく、雑貨屋に100円くらいで売られていそうな完成度だ。


「見込みあるで!こりゃ、ええわ!」

ダーク宇佐ミミさんに変な口調で褒められたし、その後に猫ちゃん熊君にもちゃんと褒めて貰えたので、俺としては一満足だ。

また夏が明けたら一緒に彼らと頑張って腕を上げよう。スキルももうじきCに上がりそうだ。


次の日。

教室で俺に声をかけてきた宇佐ミミさんは、今日ようやく早瀬あやに声をかけに行くから、出来ればば一緒に来て欲しいと俺に頼んできた。

作品が完成して勇気はついたものの、やはりまだ少し怖いみたいだ。

それも仕方ない。

俺や宇佐ミミさんのようなコミュニケーション弱者が、常に周りに人を侍らせているようなコミュニケーションお化けの早瀬あやと正面から渡り合おうというのだ。

例え微力でも、俺を伴いたい気持ちは痛いほどわかる。

ということで、もちろん了承した。


了承したのには、もう一つ理由がある。

あやと話しているときに、ダーク宇佐ミミさんになってしまったら危険な気がするからだ。

うん、あやの安全の為にも是非とも付き添おう。


宇佐ミミさんは、本日教室に謎の大きな袋を持ってきていた。

友達に中身を聞かれるたびに、大したものじゃないとはぐらかしてはいるが、あの中には間違いなく『スカイフットボール中の早瀬あや』が入っている。


高さ50cm程度からしてもわかるように、あれは間違いなくその作品に違いない。

一つ安心したことは、彼女が作品に手を出すつもりがないことだ。

てっきり完成させた後に、その細い首か、美しいくびれ辺りをノミで一発スパーンと切り裂くのかと警戒していたが、そんな狂った使い方をするつもりはないらしく、お守りに一緒に持参する程度の使用方法らしい。

そこは本当にホッとしている。

スパーンとやった日には、きっと癖になるに違いない。

作品は残らないし、おかしな歯車が加速するし、良いことは一つとしてない。是非人もやらないで欲しい。


日中ずっとそわそわしていた宇佐ミミさんとは違い、俺はいつも通り糞真面目に授業を受けて積極的に発言もしていたので、時間はあっという間に過ぎて行った。

最初は痛い人を見るような視線ばかりが飛んで来ていたが、流石に夏までこの糞真面目さを貫き通したおかげで、今じゃ小鳥のさえずりと同じくらい俺の超積極的授業への介入が生徒にも教師にも受け入れられている。

やっぱり続けるって大事。

夏休み後も是非とも真面目スタイルを貫いていきたい。


いよいよ訪れた放課後、宇佐ミミさんのアイコンタクトに合わせて一緒に教室を出た。

待ち受けるは、3組の教室にいるラスボス。教室前で、本命の登場を待った。


ほぼ毎日会っているというのに、俺まで緊張してきていた。

「私を守って”早瀬さん”」

作品を抱きしめて祈る宇佐ミミさん。

今から会うのも早瀬さんだけどね。まあ、作品の方への祈りなのだろう。


待つこと数分、教室から楽しそうに友達数人と会話しながら出てくる早瀬がいた。

彼女はいつもそうだが、基本みんなの輪の中心にいる。

一人輪から簡単に抜けていい存在ではないのだ。


これに声をかけるのは相当勇気がいる。頑張れ、宇佐ミミさん!今ならダーク宇佐ミミさんになることを許そう!

「あ、あの!!」

行った!!宇佐ミミさん、行ったー!!

「ん?あ、いつかのウサギちゃんに、春鷹?どうしたー」

俺たちが緊張しているというのに、あやは全くもっていつも通りだった。まあ、それもそうか。


「は、話があります!」

「私?いいけど」

もちろん要件を知らないあやは、きょとんとしたが、宇佐ミミさんの様子を気遣って他の友達たちに先に行くように伝えていた。

こちらの方が話しやすいだろうという彼女の気づかいだ。

さすコミュ! (流石のコミュニケーション能力ですよ早瀬さん!)


宇佐ミミさんは他の人が去って一安心。俺もつられてほっと息を漏らす。

「早瀬さん!前にも一度言いましたけど、水琴君のクラブ活動の件で」

「あれ?」

まだ話途中の宇佐ミミさんだったが、あやが先に宇佐ミミさんの持っているものに気が付いた。

袋から少しだけ頭が出ている『スカイフットボール中の早瀬あや』が、早瀬あや本人に見られてしまった。

この展開は……まずいんじゃないかい?

怖がって悲鳴をあげられる可能性まで見えました。


「あれれ?これってもしかして私?」

俺と同じ想像をしたのか、あわわわする宇佐ミミさんから袋ごと作品を取り上げて、あやは丁寧に袋から作品を取り出した。

上から下まで見て、今度は下から上へ。

顔をよく見て、一回転させて、撫でて、嗅いで、そして……。

その顔がパーッと晴れ渡る。


「うそー!?これ私だよね!?ウサギちゃんが作ってくれたの?ありがとうー!大好き!」

『スカイフットボール中の早瀬あや』を抱えたまま、あやは宇佐ミミさんも抱きしめた。

てっきり気味悪がるものかと思ったけど、真逆も真逆。超喜んでしまっている。


「へ……、あ、はい。そうです。良かったらあげます」

どこか片言な宇佐ミミさん。

「うわー、今まで色んなプレゼント貰ったけど、こんなにうれしいのは初めて!本当に、本当にありがとう!私これ貰っちゃって良いんだよね!ありがとう!本当に大好き!」

疑いようもないくくらいに本心から喜んだあやは、何度も何度も宇佐ミミさんを抱きしめて、最後にはほっぺにチューまでしていた。


少し驚いたのは、宇佐ミミさんもどこか嬉しそうなところ。

なんだかんだ、このコミュニケーションお化けの虜になりつつあるな。


ひとしきり喜んだあやは、そういえば、と先ほどの会話を思い出す。

「何かクラブ活動について言いかけてなかった?」

「え?ああ、いや、なんでもないかなー」

「そう?なにかあったらいつでも相談に来てね。私基本暇だから」

人好きするあやが暇とか言っちゃうから、みんな寄って行くんだよな。あやが本当に暇な姿なんて見たことがないぞ。


結局宇佐ミミさんは肝心なことは何も言えず、初めての”早瀬あや”作品をモデルの本人に渡しただけだった。

まあ、二人とも嬉しそうだったからいいか。

「ふふふ、早瀬あや。面白い娘ね」

帰り際、ダーク宇佐ミミさんはそんなことをブツブツと呟いていた。

面白いのはお前だ。

そしてまた新しくスイッチが入った気がするのは、切実に気のせいであってほしい。


こうして、いろいろあった俺の入学から夏までの期間があっという間に過ぎて行った。

いよいよ、季節はは夏本番。蝉が全力稼働へと入る。

授業が休みとなり、俺は実家に戻って夏休みを満喫することとなる。


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