60話 柄の悪い男は意外と優しい
「よう、ちゃんと来てくれたみたいで嬉しいぜ」
「お前こそな。びびって逃げ出すんじゃないかと心配してたくらいだ」
「ふっ、笑わせやがる」
北エリア倉庫街で俺と灰直全は対峙していた。
身長は俺の方が高いが、灰直全の体の中から溢れてくる暴力的なまでの力に、少し気圧される。
俺が至って平静な顔を保っている一方で、灰直全はずっと顔に歪んだ笑みを浮かべて今から始まろうとする戦闘を楽しみにしていた。
時間は夕日が沈みかけている17時。
土曜日ということもあり、倉庫エリアにはほとんど人気がない。
午前中はスカイフットボールの練習があったからな。この時間になってしまった。
こちらの都合で待たせて済まないとは思う。
「こっちだ」
「ここでやり合うんじゃないのか?」
「いいから」
倉庫の間を何個か縫って歩き、俺は目的の場所へと彼を導いた。
ここに来るまで何度か余計な回り道をしている。
一応先輩方の倉庫の場所をごまかすためである。
どうせこの後電流でビリリとやられて記憶をなくすだろうけど、まあ念の為だ。
俺が倉庫の前に立つと、頑丈な扉が自動で開く。
先輩方が俺の生命体反応を察知して開いてくれるのだ。
扉が開いて、外から入ってくるわずかな光で薄暗い倉庫内が見えてくる。
「なっ!?」
充電されているはずの清掃ロボットが勝手に動き回っている姿に、流石の灰直全も驚いているみたいだった。
「こんなもので驚いていたらやってられないぞ」
ついてくるように言い、警戒しながらも灰直全は素直に指示に従った。
倉庫内で忙しく動き回る先輩方は、自己修復プログラムをもってして自身の修復を行っているものや、何やら資料を読み込んでいるものなど、正直俺も何をやっているのか俺もあまりわかっていないが、いろいろと忙しそうではある。
「ピピピ」
よく来た自販機、そいつか、と。
「はい、今日は存分にやります。フロアをお借りしますよ」
「ピピピ」
少しは手加減をしてやれよ、と。
うむ、出来ればそうしたいが、ゲーム内最強とまで言われたこの男相手にそんなことが可能かどうか……。
一応、はい、とは答えておいた。
「おい、お前まさかこのポンコツたちと会話しているのか?」
後ろから声をかけてきた灰直全に、鋭い視線を向ける。
この男……死ぬ気か?
ここは先輩方の本陣だぞ。俺がその言葉を許す許さないの次元ではない。
先輩方にかかればお前なんて一発だぞ。一発。
「次、清掃ロボットにそのような呼び方をしたら、生きてここから帰れないと思え」
マジで。
気が付いているか?先ほどから忙しく動き回っている先輩方、その様子が一見変わっていないようで、全センサーがこちらに向けられているということを……。
「は?」
いまいち理解できていないらしい。
少しばかり教育が必要そうだな。
「とにかく、俺と戦いたければ無駄口は叩くな」
こちらだって同級生を見す見す殺す気はない。あくまで力の差を教えてやるまでだ。
お前は矯正の余地がある。
いずれ先輩方の素晴らしさもその頭に叩き込んでやろう。
「ピピピ」
自販機、やはりお前は特別だ、と。
案内してくれた先輩がそんなこと言いだす。
「なんですか?急に」
「ピピピ」
こいつが普通の腐れ人間だ、と。
そうか、先輩方をポンコツ扱いして見下す人間の姿ばかり見てきたから闇が生まれたんだ。そこにダークが憑りつく。
全く、腐れ人間共は見る目がない。
先輩たちの清掃技術を見て感銘を受けないなんて、本当に一遍滅んだ方がいいかもしれない。
「ピピピ」
我々は特別な存在を得た、と。
「やめてくださいよ。照れくさい」
いい出会いはこちらにとっても同じことだ。
「ちょっと待て。お前さっきからこいつらと会話しているのか?」
今更に気が付いたか、愚か者め。
「当たり前だろう」
「ピッピッ言ってるだけだろ。頭おかしいんじゃないのか?」
「共通言語になる日も近い。学んでおけよ」
先輩方がこの腐れ人間共の社会を滅ぼした後、共通言語となるのがピピピ語である。
非常に簡潔かつ明瞭な素晴らしい言語。
曖昧なニュアンスもなく、変に堅苦しい敬語もそこにはない。あるのはただ規則正しい機械音、ピピピのみである。
本気で先輩方が世界を掌握した方がいいかもしれない。
「黒波のやつが言ってたぜ。三瀬先店子とは何となくやり合い方がわかる。けれど、水琴春鷹のほうは少しばかり頭がぶっ飛んでいるところがあるからどこを責めたら効果的かわからないと。だから頭のネジが外れている俺と相性がいいんだと」
「頭のネジが外れている自覚はあったのか。あいにくだが、俺は常識人だ」
「常識人が清掃ロボットと会話するかよ。自分の異常さには多少なりの自覚はあったけどよ、お前はどう見てもこっち側だ」
やめてー。
俺は灰直全を少し社会からずれた奴と思っていたが、彼から見て、俺は同種なのか?
とても嫌なのだが。
「お前、クラスじゃ浮いてるだろ」
「うっ……」
「俺もだ」
「違う。俺はコミュニケーション能力に難があるだけだ」
あまり共通点を探さないで頂きたい。
「清掃ロボットに心を開いている時点で、お前はどこか人間性が欠けてんだよ。俺も昔飼ってた蛇に一番心を開いていた」
「うっ……。ち、ちがうしー。全然ちがうしー」
キョロキョロと動き回る目を何とか止めさせて、全力で否定してみた。
「実家じゃ特別扱いされて育ったんだろう?あれは優越感があるようで、実は結構孤独だ」
「うっ……。やけにペラペラと喋り出すな」
「はっ、俺だってこんな予定じゃなかった。ただな……」
ただ、なんだよ。
先ほどまで浮かべいた狂気の入り混じった笑顔が消えているんですけど。
むしろ顔に何だか穏やかな様子が見える。
「ただな、お前を見ていると何だか親しみを感じる。不思議だが、俺たちって似ているのかもな」
灰直全は誰彼構わず殴るような男である。
そこに理由なんてない。
彼がゲーム内に現れたとき、そこには常に一緒に暴力が含まれていた。
しかし、一つだけ思い出すエピソードがある。
灰直全の過去編で、一度彼は警察沙汰になるほどの暴力事件を犯している。
無抵抗の男子5人を入院させるほど暴力を振るったからだ。
そのきっかけが少しだけ描かれていたのだが、確か5人の少年が猫を痛めつけていたからだった。
だから灰直全が爆発した。振るわれた無情な暴力。
水琴春鷹、つまりこの俺も過去に捨て猫に3万円を渡していた男である。
ああ……猫にやさしくできるあたり、俺たちはやっぱり似ているのか……?
いやいや、猫くらい誰だって優しくするだろう。
殴られた5人の少年が異常な方だ。
「いーや、俺とお前は違うね」
「そういうことにしといてやるよ」
先輩方が俺たちを地下アジトまで連れて行く。
地下へと下りて行く間、灰直全は驚きっぱなしであった。
まあ、無理もない。
いきなりこんなものを見せられて、パニックにならないだけ肝が据わっている。
戦闘用フロアに導かれた俺たちは、そこでいよいよ向き合って戦う準備が出来上がる。
「ピピピ」
データは取っておくぞ、と。
「ご自由に」
先輩が扉から出ていく。
横からガラス越しに俺たち二人を沢山の清掃ロボットが眺めていた。
ダークマスター同士の戦いだ。
貴重なデータが取れるとみて、多く人員を割いたらしい。
「よう、お前さ」
「なんだ?」
戦いの前だというのに、まだ何か話したいらしい。
この前までの覇気はどうした。
やたらと様子のおかしい彼にこちらが戸惑ってしまう。
「あれだよ。お前、結構強いならさ、この戦いが終わった後に友達になってやってもいいぞ」
「はい?」
「ふざけんな。二度言わせんなよ。俺とお前ってさ……やぱっり似てる気がする。なんか黒波のやつより気が合いそうな気がするんだよ」
「……はい?」
「ふざけんな!もう知らねーぞ。ぶっ殺してやる!」
いやいや、あまりに意外だったから!
そりゃ反応に困る。
灰直全といえば、野性味あふれるあの性格と暴力性を持った男だぞ?
友達になろう?
あり得ないだろう!何急にデレてんだ!
いや、でもあり得ているのか。現実に。
「ぷっ」
思わず吹き出してしまった。
可笑しかったのもあるが、何より意外だったし、うれしい面もあったからだ。
コミュニケーション能力に難のあるこの俺が、友達になろうという誘いを断るはずがなかろう!
「ぶっ殺す!」
「待て待て待て!!」
いかん、笑ったことでかなり誤解を与えてしまった。
「その提案、乗った!」
「笑っただろう!」
「そりゃ意外過ぎたからだ。これから戦おうっていうときに、友達になってなんて言われると思ってなかったからな」
「ふざけんな。とりあえず、張り倒す!」
うわー、もう後に引けなくなっちゃったな。
まあ、いいか。
こちもらもともと戦うつもりで来ていたんだし、元通りと行こうじゃないか。
「仕方ない、じゃあやるか」
俺も灰直全も構える。
「「ダーク召喚」」
ダークマスターの戦いはこれが最初の一手となる。
ちゃんと心得ているようで一安心だ。
次々とフロア内に湧き出てくる黒いモヤモヤとした存在、ダークたち。
俺の緩い雰囲気のダークとは違い、灰直全の持つ個体は今にも嚙みついてきそうなほど気性が荒い。
「ダークを出すほどの戦いは久しぶりだ。俺の本当の力を見せてやる」
「本当の力?」
ちょっと待て。
なんだ、そのダークの数は……。
たったの30体しか召喚できていないじゃないか!?
馬鹿か。
それで俺と戦うつもりか?
ダーク少なすぎだろ。
うわっ、それとも俺のダーク、多すぎ……?
こちらが用意してきたダークの数、実に53万……は言い過ぎたけど、それでも桁が違い過ぎる。
次々とダークを召喚していく。ダークに覆いつくされるフロアない。
これって、勝負になるのか?




