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35話 最後の中華

日曜日。今日は中華鍋を振る日である。

いつも扱っている黒い炎とは違うが、こちらの炎も手を抜けない。客が待っているからな。


『トーワ最旨中華屋』の扉を開いて、2回目のバイトへと入った。


「おう、来たかモヤシっ子」

「モヤシっ子って……。おはようございます。金髪さん」

「お前も金髪さんって呼んでんだからいいだろ」

「ていうか……」

店内に店主と奥さんの姿が見えない。

金髪さんが一人コーヒーを飲んでいる姿だけだ。


そして厨房には下ごしらえの済んだ食材たちが……。まさか!?

「今日も店主と奥さんいないんですか? 」

「ああ、今日も日帰り旅行にいったぞー。鹿を見に行くんだと。いい笑顔で出ていったぞ」

馬鹿な!?

どこまで行くつもりだ!


「また二人ですか? 」

「また二人だな。大丈夫、ここ日曜日はサラリーマンがあんまり来なくて急がいくないから」

それ先週聞いた!

そしてバリバリ忙しかった!

もう騙されんぞ!


「どうする? 店主の勝手でまた厨房を任されるんだ。こっちも勝手に休むか? 」

「いや、やります。急遽休んだら楽しみにしている客が残念がりますので」

「真面目だねー。言うと思ったけど」

思ってたんかい!

金髪さんは店主夫婦を見送っているのか。

なんかこの人もグルな気がして来たぞ。


いや、忙しく動き回らないといけない彼女がグルな訳はないか。

単に心が広いのかもしれない。


今日も開店まで清掃やらいろいろと準備をしていく。

俺のことを真面目だと言うけど、金髪さんも全くさぼらない。

彼女こそ真面目だと思う。


「モヤシっ子ってトーワ魔法学園の生徒だよな。何年なんだ? 」

「……1年です」

「高1かー。ちょっと顔が幼いな」

嘘はついてないからね……。

金髪さんの勝手な勘違いだからね。


「金髪さんは不良ですか? 」

「ちげーよ。あたしもトーワ魔法学園の生徒だっつーの。おい、なんだその顔は」

首を90度回転させて目をがん開きで驚いてしまった。

金髪さんがトーワ魔法学園の生徒だったとは夢にも思っていなかった。


てっきりコンビニ裏でタバコを吸っている不良だと思っていた。

「不良っぽいとは言われるけどな。まあこんな見た目だし」

「金髪が原因ですよね、それ」

「まあ、そうだな」

「直さないんですか? 」

「別にいいよ。勘違いされるくらい」

なんか損している気がする。

凄く真面目で優しい人なのに、金髪とめんどくさそうな態度で誤解されることが多い気がする。

実際俺も初見の時は少し怖かった。


「勿体ないですよ。金髪さん優しくて真面目な人なのに、誤解されてちゃ」

「いいんだよ。実際不良だし」

「いいや、いい人ですよ」

「いーや不良だぞ。ちなみにお前も不良だ。トーワ魔法学園はバイト禁止だからな」

「え……」

「知らなかったのか? まあ店主に騙された口だしな。あたしは知っててやっているから更に質が悪い」

マジですか……。

中等部だからまずいと思ってはいたけど、高等部でもダメなのか。

「一蓮托生だな」

「ええ、お互い黙っておきましょう」

「学園で会ってもあまり馴れ馴れしくするなよー。あたしも学園じゃいい子ぶってんだから」

まあ、それはないよね。俺中等部だし。

一応了承したことは伝えた。

「金髪さんは何年生ですか? 」

「あん? 2年だよ」

益々会いそうにないな。お互いやはり接触しない方がいいだろう。


「そろそれろ11時だ。常連たちがすぐ入ってくるだろうし、準備頼むぞー」

「ほいほーい」

金髪さんの言う通り、11時のオープンと同時に先週も見た常連が3名入って来た。


金髪さんがすぐに注文を取りに行く。

「エビチリ定食ツー」

「はーい」

忙しくなる前に3人くらい捌いておきたい。

もう一人の注文が来ないので、厨房から客席を少し覗いてみた。


「おっさん、高血圧なのによく来るねー」

金髪さん、客になんてことを!? いや、金髪さんだからこそ言えることか。

「ここの中華は美味しいからのぉ。それも今日で見納めじゃ」

「おっ、いよいよ死期か? 」

金髪さん!?

「まだそこまで行ってないわい。ドクターストップがかかってしもうての。これからは薄味のさっぱりしたもんしかダメらしい。最後の晩餐的なあれで今日はここに来たんじゃよ」

「あっははは、マジうける」

金髪さん!?

「この店に通ってもう40年近く。先代の頃から食べてるから名残惜しいわい」

「40年も食べてんだからもういいだろ」

「死ぬまで食いたかったわい。今日が最後だしの、なにか最後に相応しいメニューを頼むわい」

「はいよー」

金髪さんとおっさんのやり取りを冷や冷やしながら見守った。

ほんと、金髪さんだからできる客対応だよな。


それにしても、あまりに重い話を聞いてしまった。

40年この店に通って、最後に中華を楽しもうかという日に、厨房にはバイト2日目の俺がいるとか……。

金髪さん、上手に断ってよ。


厨房まで戻って来た金髪さんは変わらずさっぱりした様子だ。

あの重い話に全く感化されていないらしい。


「オーダー。最後の中華に相応しいメニュー」

……その番組だいぶ前に終わってるからね。

「はーい」

俺しか作り手がいないのだから、断るわけにもいかない。

恨むなら鹿を見に行った店主を恨んでくれ。


最後の晩餐に何がいいかなんて俺には判断できない。

だから、おっさんには水餃子を出してやることにした。

俺が唯一食べられて好きな中華メニューの水餃子である。


店のメニューにもしっかりあるからこれでいいだろう。

エビチリ定食二つと、水餃子定食一つを仕上げていく。


出来上がったのを金髪さんが持っていってくれて、客たちが食べてくれた。

おっさんの様子はというと、ドクターストップがかかったとは思えないくらいパクパクと食べている。

良かった。少なくとも美味しく頂いてくれているようで一安心だ。


「何見てんだ? 」

「いや、あの人今日が最後って言うから」

「ああ、あれな。一か月に一回は似たようなこと言ってるから無視していいぞ。どうせまた来るし」

「……」

おっさん、テメー。


常連客たちが満足した顔で帰っていくと、いよいよ昼時の忙しい時間帯がやってくる。

心を無心にして鍋を振り続ける時間だ。


金髪さんがどんどん注文を持ってきて、それを一つ一つレシピ通り作っていく。

作業中は水を飲んでなんとか倒れないように働きづめだ。


今日も大量の客の中に、マークがいた。

また餃子定食を食べていた。随分と嵌っていると見える。

マーティンとマーチスにも餃子を忘れないように届けないとな。


無心でやったためか、昼時の一番忙しい時間帯はあっという間に過ぎていった。

疲労はたっぷりだが、満足感もある。


もう少しで俺と金髪さんも休憩というところで、新しい客が入った。

少しぎくりとする。

その人物が、クラスメイトで同じパーティーにもなった夢野くるみさんだったからだ。


気のせいか、夢野さんがやたらと厨房を覗いてきている気がする。

授業中も俺が戦うコックかどうかを聞いてきてたな。

バレそうな気がしたので、俺はコック帽を深めにかぶってうつむいた。


「いらっしゃいませー。なんにします? 」

「チャ、チャーハン定食で」

「チャーハンワン! 」

金髪さんの子気味いい声が聞こえてくる。

「あ、あの! ちょっといいですか? 」

「ん? 何だ? 」

「厨房で料理している人って、違ってたらすみませんが、水琴君じゃないですか? 」

「ああ、そうだぞ」

隠す気ゼロ!

バイトダメなんでしょ? 

少しくらい気を効かせてよ!


「話していくか? 」

そこまで優しくしなくていいから!

「いいえ、分かっただけで十分です。ありがとうございました」

彼女はその後こちらに視線は向けてくるものの、声はかけてはこなかった。

正体がバレたので、俺は気まずく笑顔を向けるだけだ。


チャーハン定食を美味しく頂いて彼女は本当に素直に帰っていった。

でも、後日絶対何からしら話があるだろう。めんどくさいものじゃないといいけど。


夢野さんが帰ってから、俺と金髪さんはようやく休憩に入った。

二人分の水餃子まかないを作っていく。


「お前それ好きだなー」

というより、これしか食べられないからね。

出来上がった賄いを二人仲良く食べた。

「本当美味いよな、お前の料理。バイト二日目とは思えないよ」

「ありがとうございます。それより金髪さん、あんまり正体を言わないで下さいよ」

「バレる時はバレるんだからいいんだよ」

そういうものかもしれないけど……。まあいいか。水餃子美味しいし。


「おっ!? なんだかまた外が騒がしいな。もしかしてダークか? 」

キャーキャー外から聞こえるので、おそらくそうだろう。

最後の水餃子を口に含んだ俺は、コック帽とエプロンを外す。

「また行くのか!? 」

「ええ、義務ですので。ていうか、金髪さんこそ義務でしょ! 」

「あたしはいいよ。またしくじってへこんでも知らないぞ」

「今日はエプロン取り忘れていないので大丈夫ですよ」

「エプロンになんの関係があるんだよ」

戦うコックさんとか言われなくて済む絶大な効果があるんです!


休憩している金髪さんを置いて、俺はダークの元に向かった。

今日の仕事は簡単だった。

人だかりもできていなかったし、中華鍋も持っていなかった。

容赦なく攻撃魔法値1187のダークフレイムを叩き込んでやるだけだ。


漏れ出したダークを手の痣に吸収。これで6体目だ。


「お? 早い戻りだな」

俺が予想外に早く戻ったので、金髪は驚いていた。

「落ち込んでいないところを見ると、上手くいったのか? 」

「はい、いい感じに決まりました」

「それは良かった。ちゃんと休んでおけよ。お前が倒れたらあたし料理作れねーんだから」

「わかりました。また夜も気合入れていきますか」

「適当でいいんだよ。適当で」

「いいえ、店の評判を落とすわけにはいきませんので! 」

「真面目だねー」

それから夜の部も、二人でめちゃめちゃ働いた。

金髪さんは今日もやめるやめるとごねていた。

やめないで下さいと頼んだら、素直に了承してくれる。

やっぱり優しい人だ。


遅くはなったが、マーティンとマーチスに約束の餃子を焼いてやる。

これで彼らもマークびいきじゃないと納得してくれるだろう。


帰る頃には料理スキルがランクBの成長度010になっていた。

驚きの成長スピードである。それほど忙しいというわけだ。

店主への文句を次こそ言ってやる!




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